作品タイトル不明
107.くるみ鳥が隣を譲りません
「――――レティーシア様、どうなさったのですか?」
「……いえ、なんでもありませんわ」
クロードお兄様との麗しき泥まみれの日々から、私は現在へと意識を戻した。
ベレアスさんの方を見ると、沼にはまったゴーレムが、早くも形を崩し始めている。
ゴーレムを作成する地属性・第七階梯の魔術式『土くれの人形』は便利だが、ゴーレムは数分もすると土へ還ってしまう。
最近私が多用している『整錬』のように、長期間形を維持する物体を生成する魔術式は珍しいのだった。
「ベレアスさんのゴーレムの操作、とてもお上手でした。得意な魔術式なのですか?」
「えぇ、そうです。レティーシア様の鮮やかな魔術の手並みには及ばないかもしれませんが……これでも私は長年、戦闘用に魔術の研鑽を積んでいますからね」
「ベレアスさんは謙遜しすぎですよ。うちの魔術局の中だと、実践の腕はかなり上の方じゃないですか」
ベレアスさん、それにオルトさんも加わって、魔術についての会話をしていく。
「レティーシア様の魔術の腕は、さすが魔術大国のエルトリア王国出身というだけありますね。一定量以上の魔力を持ったエルトリア貴族子弟は皆、王立エルトリア学院で魔術の腕を磨くんですよね?」
王立エルトリア学院。
私が通っていた学院であり、婚約破棄を突き付けられた現場であり、前世の記憶を取り戻した場所だった。
「はい、その通りです。私もこちらに来る前に通っていましたし、わが家のお兄様たち3人も通っていました。学院で知識を蓄えたお兄様達によって、私も幼い頃から、魔術の訓練をつけてもらっていたんです」
「レティーシア様のお兄様たちですか……。上のお二方については、お名前を聞いた事があります。グラムウェル家の次男、ベルナルト様と言ったら、『雷の槍』の英雄として有名ですからね」
同じ魔術師として尊敬していますよ、と。
賞賛の言葉を向けるベレアスさんに、妹として微笑みを返しておく。
私のお兄様その2・ベルナルトお兄様。
火属性と風属性の複合術式である雷の魔術が得意で、軍人としてもとても優秀なため、それなり以上の有名人だった。
若くして英雄扱いされたりもしているけれど……性格がなかなかにアレである。
こう、外見はキラキラした少女漫画の登場人物みたいだけど、中身はバリバリの武闘派な少年漫画属性と言うか……。
職務には忠実だし真面目だけど、それはそれとしてかっ飛んだ人格の持ち主だった。
妹である私を鍛えるのも大好きで、祖国に居た頃はよく、ルシアンとクロードお兄様ともども、スパルタ特訓に巻き込まれていたからね……。
「いつか私もベルナルト様にお会いして、指南していただきたいものです。この魔術局の中で、私はそこそこの手練れですが、我がヴォルフヴァルト王国はエルトリア王国に比べ、魔術の戦闘運用は活発ではありませんからね。エルトリア王国でも高名なベルナルト様にお会いできれば、色々と勉強になると思います」
ベレアスさんの言葉はお世辞だけではなく、本心からの熱が感じられた。
向上心豊かで、魔術の腕を磨きたい性格のようだ。
「レティーシア様、そろそろこちらへよろしいでしょうか?」
声をかけてきた。ボドレー長官へと振り向いた。
「はい、なんでしょうか?」
「くるみ鳥の準備ができたそうです。あのくるみ鳥もレティーシア様に会いたいと、そろそろこちらへ―――――」
「ぴぴいっ‼」
ボドレー長官の声を遮り、黄色の毛玉がこちらへ突進してくる。
「ぴっ‼」
「わっ……‼ ふふ、くすぐったいですね」
もっふりと、上半身がくるみ鳥の羽毛で包まれている。
もふもふとした見た目通りの、どこまでも柔らかくほんのりと温かい、極上のくるまれ具合だった。
私との再会が待ちきれなくなって、突撃してきたようだ。
くるみ鳥の思うがまま、しばらくの間くるまれていると、やがて満足したのか、細い足を折りたたみ、ちょこんと隣で座り込んだのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
くるみ鳥の世話の仕方と注意点について、魔術局の魔術師から説明を受けた後。
その日はひとまず、離宮へと帰ることになった。
まだ色々と話すことやくるみ鳥の羽の件もあるので、今後も定期的に訪れる予定だ。
「……狭いですね」
帰りの馬車の中、ルシアンがぼそりと呟いた。
行きとは違い、くるみ鳥が増えているからだ。
「ぴよぴ?」
こっち見てどうしたのー?
と言うように、くるみ鳥がルシアンへと首を傾げた。
くるみ鳥は床に座り込み、頭を座面にあずけ馬車に揺られている。
王妃の私の馬車だけあり、それなりに内部は広いため、窮屈というほどでは無い気がした。
「……レティーシア様のお隣には、いつも私が座っていたのですが……」
「ぴよちゃん、くっついて離れなかったものね」
すぐ隣の座面に、頭をのせたくるみ鳥――――ぴよちゃんを右手で撫でてやる。
ぴよちゃん、もとい、『ぴよ』と名付けたのは私だ。
とっくに成鳥だったぴよちゃんだが、正式な名前は持っていなかった。
魔術局で飼われているくるみ鳥に対しては、懐かれた魔術師が名付け親になるのが習慣だ。
今まで、特定の懐いた相手のいなかったぴよちゃんは、『黄色いの』『食わず嫌い』『そこの毛玉』など、思い思いの呼ばれ方をしていたらしい。
「ぴよちゃんの名付け親になったんだもの、しっかり面倒みないとね」
ぴよぴよと鳴くからぴよちゃん。
わかりやすすぎるネーミングだけど、呼びやすいし見た目にもあっていると思う。
ぴよちゃんにも不満は無い……というか、それが自分の名前だと認識しているかまだ怪しいけど、今のところ問題は無さそうだった。