作品タイトル不明
105.模擬試合へのお誘いを受けました
「魔術を用いた模擬試合への参加、ですか?」
ボドレー長官の提案を確認してみる。
「難しいでししょうか? もちろん、万が一にもレティーシア様が怪我をしないよう、対策はしっかり取らせていただくつもりです」
「模擬試合の形式は、どういったものを考えていますか?」
「うちの魔術師では、レティーシア様と1対1では相手にならず、訓練の意味が無いかもしれません。なのでこちらからは二名を出し、『旗取り』形式での模擬試合をお願いしたいです」
よくある模擬試合の形式だ。
対戦者は30メートルほど離れ向かい合い、陣地の横にそれぞれ1本ずつ旗を立てかけておく。
その場から動かず魔術を打ち合い、先に旗を落とした方が勝ちだった。
……懐かしいなぁ。
昔はお兄様たちにしごか……訓練の一環で、模擬試合もよくやっていた。
たまには模擬試合の一つでもして、勘を鈍らせないでおこう。
「……わかりました。念のため模擬試合の対戦場を見てから、受けるか考えさせていただきますね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ボドレー長官から説明を受けながら、魔術局の建物の外へ案内されていく。
やってきたのは、最初にリディウスとあった場所の近くだ。
地面が平らにならされた、模擬試合用の空き地のようだった。
「こちらが、結界を発生させる紋章具になります」
空き地の両端には、一辺1メートルほどの箱型の紋章具が据えられていた。
結界は一般的に、透明な光の壁、バリアのようなものを生み出す術式だ。
防御力が高く視界が遮られず便利だが、光属性の魔術はあまり研究が進んでいなかった。
数人を短時間覆う結界を発生させるのでさえ、大きな紋章具が必要になってくるわけだけど……
「この結界を作り出す紋章具、だいぶ小型ですね。かなり上等な、値段が張るものなんじゃないですか? ここの魔術局の方が制作されたんですよね?」
「リディウスが設計したものですよ。あやつは魔術以外はからっきしですが、魔術の腕は確かですからな」
すごいな。これもリディウスさん作なんだ。
ふつうは軽自動車くらいある紋章具をここまで小さくする、かなりの技術力のようだった。
「強度の方はどうですか?」
「中位の魔術であれば、直撃しても2発は耐えられる設計になっていますぞ」
模擬試合中、直接試合相手に攻撃するのは反則だ。
しかし魔術を使う以上、余波や流れ弾の危険性が存在している。
リディウスさん作の紋章具で結界を張っておけば、安心安全というわけだった。
「説明ありがとうございます。それでは準備してきますね」
ボドレー長官に礼を言い、空地の端へと向かっていく。
結界の範囲は、紋章具を中心に3メートル四方ほど。
結界の範囲外すぐ横に器具を使って、人の背丈ほどの旗を設置するようだ。
「旗はこことここにあって、私はあのあたりに立って、相手が立つのはあそこで……」
対戦場を見晴らし、位置取りを確認していく。
こうしていると、より懐かしくなってくる。
祖国にいた頃に、お兄様たちと行っていた魔術の訓練。
結界なしの、なんでも有り形式の模擬試合がほとんどだ。
炎やら雷やらかまいたちやら……がんがん飛び交う魔術が目に焼き付いている。
一歩間違えば致命傷というか、実際に髪が焦げたことが何度もあるというか……。
「集中集中、っと……」
頭を振り、意識を現在の模擬試合へと引き戻す。
やめやめ。思い出に浸るのはやめておこう。
お兄様達との訓練をうっかり思い出すと、今夜の夢で出てきそうだ。
……お兄様その1とその2はとてもスパルタだ。
もし、模擬試合とはいえ悲惨な結果になり知られたらマズイので、全力で目の前の模擬試合へ向かうことにした。
「レティーシア様、そちらも準備はよろしいですか?」
空き地の反対側から大声が投げかけられた。
対戦相手であるオルトさんだ。
オルトさんは困り顔の印象が強いけど、魔術局の若手魔術師の中では1、2番。
つまりこの国の魔術師の中で、かなり上位の人間だった。
もう一人の対戦相手、ベレアスさんも魔術の研鑽を積んだ、実力のある中年男性だと聞かされている。
二人とも魔術局所属の同僚であるため、連携もばっちりなのかもしれない。
「はい。こちら準備できました。結界を起動させますね」
紋章具の所定の位置に、丸い魔石をはめ込んだ。
微かに紋章具が震えると、音も無く光の壁が四方に立ち上がっていく。
私は光の壁の後ろに陣取り、更にすぐ後ろにはルシアンが立っている。
いつもよりだいぶ近い距離。
結界の範囲は限られているためだった。
「うーん、やっぱり、この距離感も懐かしいわね」
色々と昔を思い出す一日だった。
主従としては少し近すぎる距離だけど、昔お兄様達との模擬試合の時はよく、ルシアンがすぐ近くに控えていたのだ。
今更恥ずかしくなるような間柄ではないけど、久しぶりの距離感に懐かしくなってくる。
「……お兄様がたとの訓練は大変でしたが、私は嫌いではありませんでしたよ」
同じようにルシアンも昔を思い出したのか、小声で呟いている。
「こうしてごく間近で、レティーシアお嬢様のために働けるのは楽しかったですよ」
ルシアンの呟きを背中に受けつつ、対戦相手のオルトさんたちに視線を向けた。
私たち両者の様子を確認し、審判役のボドレー長官が右腕を上げる。
「5、4、3、2、1――――はじめっ‼」
号令と共に試合開始。
まずは手始めに、得意な火属性の魔術を撃つことにする。
『放ち駆ける矢。燃えよ赤く赤く。駆け飛びて空へ‼』
詠唱は切り詰め三小節。
放つは中位魔術、第六階梯の術式『緋の矢じり』だ。
炎が矢となって放たれ、相手の旗へ飛んでいく。
――――が、着弾する寸前、オルトさんの生み出した水壁に阻まれてしまった。
狙いは正確だったけど、さすがに一発じゃ旗を落とせないようだ。
「詠唱早っ⁉ 何今の怖いですね⁉」
オルトさんが叫びつつも、素早く呪文を詠唱している。
呪文の単語から術式を推察し対応。
水属性・第五階梯の術式だ。
こちらの旗を狙い飛んできた水弾を、炎の矢できっちりと叩き落していく。
旗の無事を確認しつつ、ベレアスさんへと視線を飛ばした。
「ゴーレム……!」
私がオルトさんへ対応している間に、ベレアスさんが魔術を行使していたようだ。
地属性・大七階梯の術式、短時間だけ自由に動く、土人形を生み出す魔術だった。
人間と同じほどの大きさで寸胴。動きが遅い代わりに、頑丈なのが特徴だった。
ベレアスさんとオルトさん、それにゴーレム。
どう対処すべきか、考えを巡らしていく。
負けてもペナルティは無い模擬試合だけど……。
やる以上は勝つべし、と。 お兄様達に叩きこまれているのだった