作品タイトル不明
104.魔術の研究に一直線なようです
突如眠り始めたリディウスの体を、ルシアンが私から引きはがした。
手つきこそ丁重だが、長年のつきあいの私には、冷ややかな空気をまとっているのがよくわかる。
「くるみ鳥に続いて、またもやレティーシア様に抱き着こうとする輩が現れるとは……」
笑顔を浮かべたまま、何やら小声で呟くルシアン。
言っている内容は聞こえないが、文句をいっているのは間違いない。
ルシアンはリディウスを近くの椅子に寄り掛からせると、こちらへ向き直り頭を下げた。
「対応が遅れてしまい申し訳ありませんでした」
「十分よ。助かったわ。リディウスの挙動に敵意が感じられなかったからこそ、ルシアンもキースも、手を出さないでいてくれたのでしょう?」
敵意や殺気の有無について、騎士であるキースや、護衛としての訓練も受けているルシアンは敏感だ。
むやみに介入し騒ぎを起こさないよう、動きを控えていてくれたようだった。
「リディウス様には敵意も、それに下心の類も感じませんでしたからね……」
もし下心ありでレティーシア様に抱き着こうとしたら、縛って転がして埋めておくつもりでしたが、と。
私にしか聞こえない大きさの声で、ルシアンがぼそりと呟いた。
大げさな表現だが、冗談に違いないはずだ。……たぶん。
「レティーシア様、それにそちらの従者の方にも、リデイゥスが迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
ぺこぺこと、この場に居合わせたオルトさんが頭を下げている。
見ているこちらが申し訳なくなるくらいの謝りっぷりだ。
「気にしないでください。リディウスさん、確か三日三晩魔術式の研究を行っていたんですよね? 本人は新魔術式に夢中で気づいていなかったのかもしれませんが、眠気が貯まっていて当然ですわ」
「お優しいお言葉、助かります。……リディウスも自覚なく、眠気で限界で言動がおかしかったようです。研究一筋ですが、ふだんはもっとまとも……と言うほどではありませんが、今よりはほんの少し、常識的な振る舞いができる……できるはず、ですよね?」
オルトさんの言葉が、途中から疑問形になってしまった。
私に聞かれても答えられないが、とりあえずリディウスさんが、日常から色々とやらかしているのだけは伝わってきた。
オルトさんも毎日大変そうだなぁ、と。
そう思う発言なのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
寝落ちしたリディウスさんを、オルトさんが仮眠室まで運んでいく。
私はボルドー長官と二人、ひび割れた計測器を見やった。
「先ほど、リディウスさんが言っていたことですが……」
「おそらく、当たっているでしょうな。リディウスの紋章具を見る目はずば抜けていて、今まで私があった魔術師の中でも1、2を争う程です」
「……とても優秀な方なんですね」
どうもリディウスさん、才能と引き換えに常識を落っことしてきたタイプのようだ。
魔術や紋章具に関して圧倒的な才能の持ち主であるからこそ、非常識な行動も受け入れられているのかもしれない。
「リディウスが言っていた通り、計測器にひびが入った原因はおそらく、レティーシア様の魔力量が多すぎたからでしょうな」
「……こちらの計測器は、どれくらいの魔力量まで測れるのですか?」
「計測値としては1万まで。規格としては、1万5千までの魔力量を感知しても大丈夫な作りになっていたのですが……」
私の魔力量は、そのラインを越えてしまったようだ。
紋章具というのは精密機械に似ている。
規格以上の魔力量に触れた結果、金属板に刻まれた術式が誤作動を起こし、焼け付いてしまったような状態らしい。
「1万5千……。この目で見てなお、信じられない程の魔力量ですな」
ボドレー長官が、尊敬と驚きを浮かべた瞳でこちらを見てくる。
……私も驚いたよ。びっくりだったよ。
私の一番上のお兄様は、魔術強国である祖国エルトリア王国でも、上から十人に入るであろう魔力量の持ち主だ。
そんなお兄様でさえ、魔力量は7500ほど。
1万を超える魔力量の持ち主となると、大陸全土を探しても数えるほどになってくる。
魔力量が高いほど便利になるのは確かだけど、さすがに1万5千越えは高すぎだ。
「……失礼な質問になりますが、そちらの計測器が元から壊れていた、という可能性はありませんか?」
「まずありえませんな。この計測器の調整は、リディウスが行っています。魔術や紋章具に関してあいつが手を抜くとは思えませんし、こと紋章具に関して言えば、あいつは魔術長官である私よりも上手くやりますからな」
計測器の誤作動、という線も無いようだ。
規格外の魔力に、壊してしまった高価な計測器。
どうしてこうなった、と。
思わず内心、頭を抱えたくなってしまう。
「計測器を破壊してしまい、申し訳ありませんでした。計測器は弁償しますから、この件について公にせず、内密にお願いできませんか?」
「そのつもりですよ。元々レティーシア様の魔力量測定結果については、詮索しないという約束でしたからな。……リディウスのやらかしのあれやこれやについても、内密にしていただけるとありがたいです」
「わかりました。そうさせていただきますね」
お互い様、というやつだ。
良かった良かった。
もし私の魔力量が公表されたら、スローライフが光の速度で遠のいて行ってしまう。
……ボドレー長官と、それとリディウスさんにはバレてしまったが、そこは諦めることにする。
「計測器の弁償についても必要ありませんよ。元はこちらから測定を勧めた結果ですし、代わりにレティーシア様に預けるくるみ鳥の羽をいくらか多めに、融通していただけたら助かるな~などと思います」
「……こちらが4、そちらが6でどうでしょうか?」
「ありがたいですな」
ボドレー長官がほくほくとしている。
ちゃっかりしているな~と思うが、現金で賠償を求められないのはこちらも助かった。
出せない金額では無いけれど、くるみ鳥の羽の譲渡であれば、こちらの懐は痛まずありがたい。
「ありがたいついでに、もう一つ頼みごとがあるのですが、いいでしょうか?」
「……なんでしょうか?」
とりあえず聞いてみることにする。
「うちの魔術師たちの訓練、模擬試合に付き合って頂けないでしょうか?」