作品タイトル不明
馴染みのもの
「んん……?」
サーミャは鼻先をひくつかせ、僅かに顔を顰めた。
「どうした、サーミャ?」
「いや……なんか、変な匂いがする。森のずっと奥の方に行くとたまにする、ちょっと気持ち悪い匂いというか……」
「匂い、ですか。これは……澱んだ魔力?」
サーミャの言葉に、魔力に敏感なリディも同意するように眉を寄せた。
その反応を見て、布に手をかけていたニルダが小さく頷く。
「獣人やエルフは感覚が鋭いな。すまんが、澱んだ魔力、というやつが少しばかり残っている。私がここから魔力を補給できるほどですらないから、影響はないはずだ」
「澱んだ魔力……」
俺が言ってリディを見ると、彼女は頷いた。まあ、サーミャが言ってから確認してはじめてわかった、という程度だろうし、大丈夫なのだろう。
そして、ニルダが結び目をさらに緩めようとした瞬間だった。
わずかに開いた布の隙間から、鈍い輝きを放つ金属の一部がチラリと覗いた。ほんの一部、全体像はまだ全く分からない。
だが、俺の目は、その金属の表面に留められていた「ある一点」に釘付けになった。
それは寸分の狂いもない、完璧な正六角形。
俺が見たのは間違いなく「ナット」だった。手打ちで叩き出した歪さは微塵もない。下に噛み合うボルトのネジ山のピッチも、見えていないがおそらくノギスで測ったように均一なのだろう。
そして、その周囲の金属肌も、旋盤で削り出したかのような滑らかな切削痕を残している。
この世界における現在の鍛冶技術でおよそ作れるものではない。前の世界の工業規格で作られたかのような、完璧な工業製品。布を開けずとも、俺のチートと元の世界の知識は、その異常性を一瞬で理解した。
俺の背筋に、冷たいものが走る。
この世界で、こんなものを作れる人間が、俺の他にもいることの証左に他ならない。
いや、600年前の遺物だというなら、「いた」のだろう。圧倒的な現代知識と、それを具現化できる神がかった力。その力を使って、歴史に干渉することを厭わなかったのだろう先人が。
もし俺がその気になれば、同じようなものが作れるのかもしれない。力を持った転生者が、世界を思い通りに動かそうとする誘惑。英雄として無双する生き方。
だが、俺はそっちの道を選ぶ気は全くない。
俺は湧き上がる感情を静かに呑み込み、すっと手を伸ばしてニルダの動きを止めた。
「待った。ニルダ、開けるのはそこまでにしてくれ」
「む? なぜだ」
「大丈夫なのかも知れないが、もう少し様子を見てからにしたいんだ」
俺がそう言うと、ヘレンやリケたちも僅かに警戒の表情を浮かべていた。ニルダは周囲を見渡し、「ふむ」と納得したように手を離した。
「確かに、魔界の気配に慣れぬ者には毒やもしれぬ。配慮が足りなかった、すまぬ」
「いや、こっちこそすまない。だが、見てみるのは引き受けよう。明日あたりにでも俺一人でじっくり調べさせてもらうよ」
「うむ、頼んだぞ」
俺は布に包まれたままの重い遺物を持ち上げると、一旦工房へと運び込み、一時的に納品物を入れておく箱の中へと納めた。布越しでも分かるその硬質な重みは、歴史の影に消えた「同郷の者」の残した重い業のようにも感じられた。