作品タイトル不明
馴染みの客
リケと火床に向かい、心地よい汗を流しながら鋼を打つ。素直な手応えに感覚を合わせ、そこそこの数の製品が出来上がった頃、工房の外から賑やかな声と足音が近づいてきた。
「ただいま! 今日はすっげえ大物だったぞ!」
「うーん、アタイもあれくらい当てられるようにならなきゃな」
サーミャの弾むような声と、それに返すヘレンの声だ。
工房の外へと迎えに出ると、2人の後ろにはディアナ、リディ、アンネの姿も見える。
「お帰り。そいつは明日の解体が楽しみだな」
「おう! エイゾウが帰ってきた祝いだ!」
得意げに胸を張るサーミャを労う。俺たちはちょうど区切りも良いところだったので、今日の仕事は終いにした。
飛び込みで何かやってこない限りは、急ぐ必要もないからな。
そうして夕食時。テラスの食卓で娘達も一緒に食事を摂っていると、ふいにサーミャの耳がピクリと動き、森の一角へと顔を向けた。
「……誰か来る。まだかなり距離があるけど、こっちに向かってるな」
サーミャの低い声に、ヘレンも食事の手を止めて目を細め、ごく自然な動作で近くに置いてあった剣をつかみ取った。
「真っ直ぐここを目指してるな」
二人の言葉に、俺も立ち上がって森の方へ視線を向ける。リケはいざとなればクロスボウを取るためだろう、家に続く扉の方へ移動する。ディアナやリディ、アンネも油断なく警戒の姿勢をとった。
それからしばらく待っていると、やがて森の木々の間から、こちらへ向かって歩いてくる一つの人影が姿を現す。
深く被ったフードの隙間から、銀色の髪が覗いている。褐色の肌に、尖った耳。左右のこめかみからは一対のカールした角が伸びており、左頬には独特の文様があった。
その姿には見覚えがある。以前、うちの工房にやってきて変わった形状の――いや、俺とカレンには馴染みのある――武器、日本刀を依頼した魔族の女性、ニルダだ。
「久しいな」
「ニルダじゃないか。久しぶりだな。今日はどうしたんだ?」
警戒を解き、彼女の挨拶に俺が応じると、横にいたヘレンが少し目を細めてニルダを見た。
「アンタ確か……魔界の辺境で会ったよな?」
「ああ、お前はあの時の傭兵か」
2人の間に少しだけピリッとした空気が流れる。ヘレンとニルダは以前、魔界の辺境地域で剣を交えたことがある。その時はヘレンが勝利し、ニルダは使っていた武器を失ったのだった。
ニルダは腰に差した愛刀の柄にそっと手を添え、ふっと口元を緩めた。
「お前に言われてここに来て、それでこの剣を打ってもらった。良い切っ掛けだった。まずは礼を言う。そして、これを手にした今ならお前にも勝てるかもな」
「いい剣だな。でも、アタイの剣だってエイゾウが打ってくれたんだから、負ける気はしないが?」
「こらこら、うちの庭で物騒な話をするな。立ち話もなんだし、こっちへ来い」
バチバチと火花を散らし始めた2人を宥めつつ、俺はニルダを促した。
ニルダは素直に荷物をテラスの片隅におろすと、食卓の椅子に腰を落ち着けた。
「飯は?」
「今日の分はもう食べた」
「じゃ、こっちを」
いつの間に淹れたのか、リディがスッと差し出してくれた茶をニルダに勧めると、彼女は素直に受け取り礼を言うと、どこで身に着けたものか優雅な仕草で一口啜り、卓の上に置いて、ほうと一息ついた。
そして、真剣な目で俺の方を見ると言った。
「今日ここへ来た理由は2つある。1つは、この愛刀の手入れを頼みたい。使い続けたゆえ、はっきりそれと分かる刃こぼれこそないが、少しばかり違和感が出てきていてな」
「なるほど。後で見ておこう。それで、もう1つは?」
ニルダはテラスの片隅へいくと、先ほどまで背負っていた荷袋の中から、厳重に布で包まれた「何か」を取り出し、テーブルの上へと静かに置いた。
ずしり、と木製のテーブルが重い音を立てる。
「我が部隊が、魔界の辺縁地域を偵察していた折に見つけた物だ。600年前の大戦の時代に作られたものではないかと、そう私は聞いているのだが」
「600年前の……」
「うむ。だが、我らではこれが何のために作られたのか、そもそも何をするものなのか、皆目見当がつかぬ。そこで、お前なら、これが何か分かるのではないかと思い、持参したのだ」
ニルダが布の結び目に手をかける。
ただの鍛冶屋に戻ったばかりの俺の日常に、今度は600年前の歴史の遺物が持ち込まれようとしていた。
「いいだろう。見せてくれ」
俺が頷くと同時に、傍らに立っていたサーミャの長い耳が、ピクリと不自然に跳ねた。