軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ただいま

金剛宮を出発した馬車は、石畳の帝都を抜け、一路国境へと向かう。来たときと同じく、遠くに山々が見え、小麦のものだろう、青々としたものがその麓まで広がっていた。

道中、同乗したヴィクトリアさんとは、帝都での滞在や今回の鍛冶仕事についての四方山話に花を咲かせた。宮殿という堅苦しい場所を離れた馬車の中では、彼女も幾分か肩の力が抜けたような穏やかな表情を見せていたのが印象的だった。

やがて馬車は帝国の国境へと到着した。

ヴィクトリアさんは馬車を降り、俺たちにお辞儀をする。

「私がお見送りできるのはここまでです。エイゾウ殿、皆さんも、道中お気をつけて」

「ヴィクトリアさんも。色々と便宜を図っていただき、本当に助かりました。国境までの同乗にも感謝します」

「いえ。……では、ご無事で」

馬車を降りたヴィクトリアさんと別れの挨拶を交わす。行きはよいよい、とはいうものの、出国の手続きは彼女の事前の手配と同行のおかげで、拍子抜けするほどスムーズなもので、ほぼほぼ顔パスみたいなものだった。

皇女殿下を1人残していくのも気が引けるが、どうも「手の者」があちこちにいるようなので、気にしなくていいとのことだ。

そうして関所を越えた馬車は帝国領に入る前と同じメンツで(恐らくは俺たちをそれとなく護衛してくれている人々も含めて)街道をひた走り、数日後、鬱蒼とした〝黒の森〟の入り口と到着した。

「それでは、私はここで」

最初は一旦都まで行ってマリウスに報告した後、〝黒の森〟に帰ってこようかと思ったのだが、任務は果たしたのだし、その時の報告はカテリナさんとアネットさんで十分できるから問題ない、と言われ、お言葉に甘えることにしたのだ。

「はい。お疲れ様でした」

「次は余り面倒ごとでないときにお目にかかりたいものです」

「ああ、それは本当にそうですね」

そう言って、3人笑い合い、2人が馬車で去って行くのを、俺は見送った。

馬車が見えなくなると、俺は〝黒の森〟へ足を踏み入れる。随分と懐かしい。

ここから我が家まで、馬車が通れる道自体は一応ある。だが、普通の馬はこの森が苦手なのだそうだ。

まあ、魔力が濃いし、危険な獣もウヨウヨいるし、となれば宜なるかな、と言ったところだが。

巨大な木々のアーチをくぐった瞬間、肌を撫でる空気が明らかに変わった。

帝都の大勢の人の熱気と石畳の埃が混じったような乾いた空気から、土と青葉が混じり合った、ひんやりと湿り気のある澄んだ空気へ。

硬い街道から、落ち葉の分厚く積もった柔らかな土の地面へ。ザクッ、ザクッとブーツが土を踏みしめる音が、耳に心地よく響き始めた。

ああ、帰ってきたんだなと思う。しかし、家まではまだもう少しある。本当にそれを実感するにはまだ早い。

ふと、革袋の中に収めた銀のメダリオンの重みを思い出した。

帝国における最上位の待遇。国家の力関係すら左右しかねない存在。言葉にすればとんでもない重圧だ。

だが、俺の根っこはどこまでいっても、ただの一介の鍛冶屋でしかない。帝都にいようが、この森にいようが、俺はただ鉄を打ち、誰かのために道具を作る。それ以上でも以下でもないのだ。

皇帝陛下も、俺が常に「ただの鍛冶屋」であろうとする性質を正確に見抜いていたのだろう。だからこそ、手厚く囲って鎖を繋ぐような真似はせず、俺を野に放つことを選んでくれた。その配慮のおかげで、俺はこうして何の後腐れもなく、自分の日常へと歩を進めることができている。

見渡す限りの深い緑と、幾重にも重なる木々の影を見つめる。一般的には強力な魔物が跋扈する恐ろしい森だが、住み慣れた俺と家族にとっては、この自然こそが何よりも落ち着く場所だ。

枝葉が風に揺れて擦れるざわめきや、遠くで鳴く名も知らぬ鳥のさえずり。それらを聞き、森の深く澄んだ空気を肺の奥深くまで吸い込んでいると、帝都での目まぐるしい日々が、まるで遠い日のことだったかのようにスッと頭から抜け落ちていくのを感じる。

やがて前方の木々が途切れ、ぽっかりと開けた見慣れた空間が視界に飛び込んできた。

そこには、見慣れた家と、それに隣接する工房が建っている。煙突からは細く白い煙が真っ直ぐに立ち昇っていた。

庭先に足を踏み入れた俺の気配に気づいたのか、家の扉が勢いよく開け放たれる。

「エイゾウ!」

最初に飛び出してきたのはサーミャだった。その後から満面の笑みを浮かべた家族も出てくる。

気がつけば、娘達も遊んでいたのを止めたのだろう、庭の方からこっちに向かってきていた。

そして、誰からともなく出てきたはずのその言葉は、一つになっていた。

『おかえり!』

それを聞いて、胸に温かいものが溢れるのを感じ、堪えながら返した。

「ただいま」