作品タイトル不明
あべこべ
熱すると硬くなり、鎚の打撃を弾き返す未知の鉱石。鍛冶屋の常識が通用しない相手に、俺は思わず苦笑交じりに呟いた。
「……となれば、冷やしてみるしかないな」
俺はヤットコで赤々と輝く石を掴み、金床の脇に用意してあった冷却用の巨大な水桶へと放り込んだ。
普通であれば、ジュウという音と、石の周囲の水が瞬間的に沸騰するゴボゴボという音が大きく響くのだが、今回はそのどちらとも言えなかった。
ジュ……ドン!!
鼓膜を震わせるような爆音と共に、桶の水全体が一気に、大量の白い蒸気が爆発したように工房内へ立ち昇った。
ちょっと迂闊だったな。水蒸気爆発とまでは言わないにせよ、その2つ手前くらいの勢いはあった。どうやら、ため込んだ熱を一気に吐き出す性質もあるらしい。
今回は問題なかったが、これは気をつけないと一気にドカンといく可能性も十分ありそうだ。
「ひゃっ!?」
俺の後ろでカテリナさんが驚きの声を上げ、アネットさんが咄嗟に彼女を庇うように前に出る気配がした。
やがて蒸気が晴れると、水桶の底には元の星空のような輝きを取り戻した黒い石が沈んでいた。ヤットコで掴み上げ、十分な時間をおいてから表面に触れてみる。熱はすっかり抜け落ち、元のほんのりと温かい程度の感触に戻っている。
「さあて、どうかな」
俺は指でグッと力をこめてみた。
赤熱状態では微塵も動かず、鎚をも弾き返した石が、指による持続的な圧力に合わせて、まるで硬めの粘土のようにぐにゃりと歪んだ。
俺は深く息を吐いた。どうやら仮説は間違っていないようである。
つまり、この未知の鉱石から武器や道具を作るには、これまでやってきた鍛冶の基本である「火で熱してから叩く」という手順を逆転させなければならないのだ。
「常温の状態で形を作り、その後に熱を加えて硬化させる……常識外れにも程があるな」
言葉にするのは簡単だが、実践するとなると勝手が違いすぎる。鎚による打撃は無効化されてしまうため、万力やテコの原理を使って、少しずつ押し潰すように成形していくしかない。
俺は早速、試作に取り掛かった。まず、万力を駆使して手頃な大きさに石を「千切り」、それをじんわりと圧力をかけ、薄く引き伸ばしていく。
カーン、カーンという鋼を叩くときの音は一切しない。ギギギ……という万力の軋む音だけが工房内に響く、なんとも奇妙な鍛冶仕事だ。
だが、鎚を使わず、指先の力加減だけで、黒い石が徐々に刃物の姿へと変わっていくのは、職人として独特の面白さがあった。
小一時間ほどの格闘の末、俺は手のひらサイズの歪な小刀を完成させた。
見た目は黒曜石のナイフのようにも見えるが、表面にはあの特有の星屑のような輝きがある。
問題はここからだ。
俺は完成した小刀の腹を、指で強く押し込んでみた。ぐにゃり。刃はあっけなく湾曲してしまう。
「形は作れたが、これじゃあ使い物にならないなあ」
俺がぼやくと、様子を見に近づいてきたアネットさんが、曲がった刃先を見て眉を顰めた。
「刀身が曲がってしまっては、鎧を突くどころか肉さえ切れません。やはり硬さを維持できなければ、武器にはならないということですか」
「そういうことです」
俺は手の中の小刀を掲げながら答えた。
この素材の真骨頂は、熱を飽和させた時のあの硬度だ。
だが、剣を振るう度にいちいち炉の中に放り込むわけにはいかない。
使用者が自身の魔力を流し込んで熱に変換し、刀身を強制的に赤熱させるとか? それとも、一度熱を与えた後に何らかの特殊な『焼き入れ』や薬品処理を施すことで、性質を硬いまま固定できるのか?
「エイゾウさん、何か良い手立てはあるんですか?」
カテリナさんが心配そうに尋ねてくる。
「まだ分かりません。ですが、素材の性質が分かれば、必ずどこかに正解の道はあります」
俺はそう言ってはみたが、腕を組んで首を捻るしかなかった。