作品タイトル不明
満腹
まずは旅の埃を落とし、休息してからだということになり、翌日。
「ふう……」
と俺は短く息を吐き出す。
宮殿(と言ってもかなり無骨で砦のような趣すらあるのだが)の端に設けられている鍛冶場。
そこで俺は上着を脱ぎ、使い慣れた分厚い革のエプロンを身につけた。
今は〝氷柱〟も懐にはなく、神様代わりに壁際の台へと丁寧に置いて、作業を見守ってもらうことにした。
帝国からはヴィクトリアさんが見学に来ていた。ルシアさんは本当に護衛としてきてくれていたらしい。
ヴィクトリアさんを含む見学者の皆さんには火の粉や熱風が届かない安全な距離まで下がってもらっている。
カテリナさんやアネットさんも、これから始まる未知の素材との対決を前に、少し緊張した面持ちでこちらを見守っていた。
まずは炉の温度を極限まで上げる作業だ。
俺は備え付けられた大型ふいごを踏み込んだ。ゴォォォォッという地鳴りのような音と共に、炉の中に積み上げられた炭が一気に燃え上がる。密閉性の高いアーチ状の天井が熱を逃がさず、炉の内部はまたたく間に白みを帯びた業火の渦となった。チートの手を借り、俺は炉の中の熱量と空気の流れを正確に把握していく。
「これくらいか」
炉の温度が最高潮に達したのを見計らい、俺は長いヤットコで「未知の鉱石」を掴み、炎の中心へと投じた。
その直後、集積地の炉で起きたのと同じ現象が始まった。
石の周囲の炎が不自然に歪み、熱がブラックホールに吸い込まれるように消えていく。
だが、ここは帝国の鍛冶場だ。俺はふいごを踏む足を止めず、額に浮かぶ汗を拭いもせずに風を送り込み続けた。
石が熱を喰らう速度と、炉が熱を生み出す速度の綱引き。
肌をジリジリと焼くような熱気に耐えつつ熱を生み続け、20分ほどの時間が経過しただろうか。
やがて、炉の中の炎の揺らぎがピタリと収まった。
「……吸収しきれなくなったかな?」
10分を過ぎたあたりで、もしかして底なしではと焦っていたのだが、どうやら石の吸熱限界を、ついに帝国の炉が上回ったらしい。
星空のような輝きを放っていた黒い石の表面が、徐々にオレンジ色に染まり、やがて金属らしい鮮やかな「赤熱」状態へと変化した。
熱が完全に飽和した。勝負はここからだ。
俺は赤熱した塊を火ばさみでしっかりと掴み出し、中央に鎮座する分厚い金床の上へと移した。
通常、鋼であれミスリルであれ、ここまで熱を通せば柔らかくなり、ハンマーで叩くことで自在に形を変えることができる。
あの石は常温の時、瞬間的な衝撃には異常な硬さを見せたが、ゆっくりとした圧力には粘土のように柔らかかった。
では、熱を帯びた状態ではどうなるのか。
俺は鍛冶用のハンマーを振り被り、まずは様子見に7割程度の力で、赤熱する石の表面を叩き据えた。
ガァァァンッ!!
鼓膜を劈くような甲高い金属音が工房内に響き渡り、火花が激しく散る。後方でカテリナさんが小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。
「おう……」
俺は思わず目を剥いた。ハンマーを握った右腕に、骨まで痺れるような強烈な反発が返ってきたのだ。金床の上にある石は、あれほどの打撃を受けたというのに、表面が数ミリすら凹んでいない。
急いで火ばさみを持ち直し、今度は常温の時に指でやったように、石の端をじわじわとハンマーで圧力をかけていく。
「なるほど、そうきたか」
俺は眉根を寄せてそう独りごちた。
石は全く、微塵も動かない。常温ではあれほど簡単に変形したというのに、今はカリオピウムでも相手にしているかのように、圧倒的な反発力でこちらの力を撥ね退けている。
つまり、こういうことだ。
普通の金属は熱を加えることで柔らかくなる。だが、この石は全く逆なのだ。
熱を限界まで吸い込ませて「赤熱」させた状態になると、打撃に対しても、持続的な圧力に対しても、一切の変形を許さない無敵の「硬さ」を維持し続ける。
「熱を帯びると、硬いままになる、とすると」
形は常温の時に作れば良い。それこそ粘土のように可塑性が高いのだから。
そして、吸熱させれば硬くなる。加工はこうしてできる、として。
「熱が下がったらどうなるか、だな」
皇帝陛下のお気に召すような結果になれば良いが。
痺れる右手を軽く振りながら、俺は赤々と輝く石を見つめ、そう考えた。