作品タイトル不明
#. 永遠の制約、甘美な束縛 (4)
「……ということを、眠る前に考えていたような気がするけれど。もしかして賢者様、私の心を読めるの? だから私は今、ここに呼ばれたのかしら?」
晴れ渡るほどに青い空の下に広がる、豊かな野原。どこが果てとも知れぬ野原には、終わりが見えないほど多くの本棚が続いていた。
視界を埋め尽くす非現実的な世界を呆然と眺めながらプリシラが尋ねると、虹色の巨大な羊に背を預け、のんびりと本をめくっていた少年は、本に視線を固定したまま無頓着に言った。
「そんなわけがないだろう。心を読んだわけではないが、そろそろ私を頼る頃だと思って呼んだのだ」
「私が? あなたを?」
プリシラが目をパチクリさせて問い返すと、塔の賢者は大したことではないように答えた。
「私の勘違いだったか? それならそのまま戻ってもいい。出口の扉はあちらだ」
相変わらず本に視線を向けたまま手を挙げた賢者が、プリシラの後ろを指さした。反射的に振り返ると、そう遠くない場所に寝室の扉が見えた。わずかに開いた扉の向こうには、まだ深い闇が広がっている。
寝室へと続く扉と塔の賢者を交互に見ていたプリシラは、少年へと歩み寄りながら言葉を続けた。
「来るのが分かっていたなら、せめて顔くらいはちゃんと見せてほしいのだけれど?」
「心配するな。お前の顔は見飽きるほど見たから、見ずとも十分だ」
素早く少年の前へと歩み寄ったプリシラが、彼が読んでいるページの上に自分の手を置いた。露骨な邪魔をされて、ようやく少年の黄金色の瞳がプリシラへと向けられた。プリシラがにっこりと笑うと、塔の賢者は仕方がないという表情を浮かべて本を閉じた。
「幼いくせに、生意気な」
「あなたにそんなことを言われるなんて、本当に変な気分だわ」
プリシラの答えに、少年は彼女をじっと見つめてから、にやりと笑った。足を組み、羊により深く寄りかかった塔の賢者が尋ねた。
「いいだろう。その美しくもない顔を見ながら話をしてやろう」
「ひどいね。これでも貴族の令嬢よ。それなりに綺麗だとは言われる」
「おやおや、左様ですか。どうせお前は、私が綺麗だと言っても嬉しくないだろう? お前が綺麗だと思われたい相手は、世界に一人しかいないはずだからな」
「それは……」
「図星だな。だから、その男のためにここまで来たのだろう?」
本当に姿に似合わず、可愛げのない物言いをする。プリシラがぶつぶつと文句を言いながら賢者の前に腰を下ろすと、どこからか近づいてきた虹色の羊が、彼女の背中をもこもこと包み込んだ。吸い込まれそうなほどの柔らかさに、自然と背中が深く預けられる。
(わあ、これ、本当にふわふわね……)
リュエンもこの羊に寄りかかることができれば、きっと心地いいでしょうに。現実にもあるなら、絶対に連れて帰りたいほどの温もりにしばし浸った後、プリシラは胸に湧いた淡い感情をかき消し、塔の賢者を見つめながら尋ねた。
「私はリュエンと幸せになりたい。免罪のための行動でもなく、誰かの人生を代わりに生きたいわけでもない、私たちだけの、純然たる幸せを望んでいるの」
「それで?」
「けれど、すべてに蓋をして幸せになるには、まだ私たちに課せられた枷があまりにも多く、そして重すぎる」
ミラベルとの件、カイアード帝国との件、それだけではない。リュエンの暴走は、数多くの政界の人間が集まる席で起きた事件ではないか。ガエルの魔導兵が暴走した。
ということは、生き延びて亡命した他の魔導兵もまた、攻撃と非難の対象になりかねないだろう。
「賢者様。あなたの知恵を貸してくれる? 私たちが幸せになるために、過去を乗り越えて進むためには、何をすればいいの。私は、どうすればいいのかしら」
片付けるべきことは多いのに、持っているのは両手だけ。もう軍人ではないというのに国家の思惑に巻き込まれ、すでに終わった縁であるはずなのに引きずられていく。
このすべてを終わらせれば、その次には幸せが訪れるのだろうか。そうだとしても、罪悪感は消え去らないはずなのに。
「シラ。罪悪感というものは、なくそうとしてなくなるものではない。許しを他人に求めることはできんのだ」
「……分かっているわ。いくら免罪符を与えられたとしても、自分自身を許すことができなければ無意味よ。罪悪感は一生消えない。それでも」
これ以上、泣かないでほしい。永遠に償いながら生きなければならないことは分かっている。
けれど、罪の半分を背負うと決めたのだから、共に贖いながら進みたい。せめて、微笑むことができるようになってほしい。暗い夜を明かして訪れる朝のように。暗く、うらぶれただけの人生は送りたくないのだ。
うつむいたまま草の生い茂る地面を見つめていると、小さくて柔らかい手が彼女の頭の上に置かれた。思わず顔を上げると、塔の賢者が彼女の頭を優しく撫でていた。
「お前は本当に、痛々しいほどに健気だな」
「褒め言葉かしら?」
「もちろんだ」
「私は褒め言葉よりも、答えが欲しいのだけれど」
「お前はすでに答えを知っているだろう? お前が私に求めているのは、確信だけだ」
答えを知っている? 私が?
プリシラが不可解そうな顔で首をかしげると、賢者は微笑みながら頷いた。
「お前はすでに、自分たちが贖罪を果たすべき場所を用意してある。覚えていないのか? お前の獣を連れ戻すために、カイアードの皇帝へ告げた言葉を」
「何の……あ」
そうだ。そういえば、リュエンを連れて行く前にロードランと交渉したのだった。罪を償うその日まで、帝国の兵士として働くと。
「皇帝は賢明な男だ。プリシラ。お前たちは罪を犯した。だが、巨大な濁流に巻き込まれた哀れな被害者でもある。ならば、見せてやればいい。世界に。誰もに」
奪った命の分だけ誰かを救い、誰かを守り、認められることで。
「涙で明かす夜に胸を痛めている暇があるなら、前へと進むがいい。必死に進み、証明すればいいのだ。彼らは罪を犯したが、それでも幸せになる権利はあるのだと」
確かに、進むべき道はそれしかないのだろう。賢者の言う通り、すでに知っている答え。
けれど、誰かに言ってほしかった言葉。それを聞き、プリシラは賢者を見つめて尋ねた。
「賢者様。もう一つだけ聞かせて。賢者様は、私とリュエンが幸せになることを望んでくれている?」
「もちろんだとも。そして、お前の幸せを願っているのは私だけではない。死んだお前の戦友も、生きているお前の知人も。私たちは皆、お前たちの幸せを心から願っている」
「私たちは人殺しで、罪人なのに?」
「世界に、崇高で純潔なだけの人間など存在しない。このような世であればなおさらだ。重要なのは、罪を犯しながらもそれを贖い、返したいと願い、それでもなお進もうとする意志があるかないかだ。そして、お前にはそれがある」