作品タイトル不明
第三十話 王都に行く準備
来月の調査を前に、状況が変わった。
シルベルクから新しい情報が来た。王家が調査に来るのではなく、こちらが王都に出向いてほしいという要求に変わったのだ。
「……王宮に呼ばれた、ということですか」
お父様がシルベルクに確認した。
「はい。グレンドル翁からの提案らしいです。屋敷に来ても感知が難しければ、王宮内の鑑定室で正式に行う方が確実という判断のようで」
「断れますか」
「……断れないことはありません。ただ」
「断ると」
「王宮の方から来ることになります。今度は人数も増えると思われます」
お父様が少し考えてから、わたしを見た。
「フィア、どう思う」
「王都に行きましゅ」
「……早い判断だな」
「考えるまでもないでしゅ。向こうが来るより、こちらから行く方が、準備ができるでしゅ。日程も、移動中の時間も、こちらが管理できましゅ」
「確かにそうだが、王宮の鑑定室というのは、翁にとってより有利な環境だぞ」
「分かっていましゅ。でも、ここで押しつけられる形で来られるより、自分たちで選んで行く方がいいでしゅ。主体性の問題でしゅ」
シルベルクが言った。
「フィア様の言う通りだと思います。受け身でいると、こちらに選択肢がなくなります」
「……分かった。日程を調整して、王都に行こう」
出発は翌週に決まった。
家族全員で行く。お父様、ルード、ジル、そしてわたし。
シルベルクとティナは残る。その間も情報収集を続けてもらうためだ。
「帰ってきたら、全部話してね」
出発前日、ティナがわたしに言った。
「うん、話しましゅ」
「怖い?」
「少しでしゅ。でも、準備したでしゅ」
「うん。フィアちゃんなら大丈夫だと思う」
「なぜでしゅか」
「なんとなく。根拠はないけど」
わたしは少し考えた。
「根拠のない信頼でしゅか」
「うん。でも、友達だから」
(友達だから、か)
前世では、そういう言葉を言われたことがなかった。
「ありがとうでしゅ、ティナしゃん」
「行ってらっしゃい」
「行ってきましゅ」
翌朝、馬車に乗った。
屋敷を出るとき、ジルが最後に扉を閉めた。いつものことなのに、今日は少し重みがあった。
馬車が動き出した。
お父様が隣に座っている。ルードが向かいに座っている。ジルは御者台だ。
「フィア、今日の状態は」
「良好でしゅ」
「魔力の制御は」
「問題ないでしゅ」
「猫が出てきても」
「……対処できましゅ。たぶん」
「たぶん、か」
「九割でしゅ」
「十分だ」
ルードが窓の外を見ながら言った。
「初めて王都に行くな、フィアは」
「うん。人が多いでしゅか」
「この町の十倍以上はある」
「そうでしゅか。データの規模が違うでしゅ」
「データ?」
「情報でしゅ。処理しきれないかもしれないでしゅ」
「……王都で情報処理をしようとするな」
「してしまいましゅ。くせでしゅ」
ルードが少し笑った。
「まあ、フィアらしいな」
馬車が町を出た。街道が続いている。
わたしは窓から外を見た。
野原が続いている。空が広い。
(前世では、出張というものがあったでしゅ。でも飛行機に乗るのとは全然違う感覚でしゅ)
馬車はゆっくり走る。時間がかかる。でも、この時間も準備に使えた。
「お父様、王宮に着いたら、まず何をしましゅか」
「まずヴェルター家の王都邸に落ち着いてから、翌日に王宮に出向く予定だ」
「王都邸があるんでしゅか」
「ヴェルター家は代々、王都にも屋敷を持っている。普段は管理人が一人いるだけだが」
「そうでしゅか。翁には、どのように話しましゅか」
「まず私が話す。フィアを連れてきた理由を話して、こちらの条件を出す」
「条件は決まりましゅたか」
「三つ考えた。一つ目は、フィアを王宮に留め置かないこと。二つ目は、今日の鑑定結果を書面で教えること。三つ目は、今後の対応についてヴェルター家と協議すること」
「いいでしゅ。それに一つ加えさせてくれましゅか」
「なんだ」
「ヴォルフ侯爵に同席してもらえるか確認するでしゅ」
お父様が少し驚いた顔をした。
「……ヴォルフ侯爵を?」
「反対勢力が同席すれば、翁も強引なことはしにくいでしゅ。それと、ヴォルフ侯爵と直接顔を繋げておくと、将来的に役に立つでしゅ」
「シルベルクのつてでは、まだヴォルフ侯爵への接触は成功していないが」
「直接頼みましゅ。王都に行くなら、そのつてを探すでしゅ。王都邸の管理人に聞けば、何かつながりがあるかもしれないでしゅ」
ルードが言った。
「なんでも繋ごうとするな」
「情報とつながりは、多い方がいいでしゅ。前世のくせでしゅ」
「前世の仕事は何だったんだ、本当に」
「壊れたものを直す人でしゅ。ネットワークを管理していましゅた」
「ネットワーク……つながり、か。なるほどな」
馬車が街道を進んだ。
お父様が外を見ながら、静かに言った。
「フィア」
「うん」
「よく準備してくれた」
「お父様も、シルベルクしゃんも、ジルも、ルードも、みんなが準備したでしゅ」
「そうだな」
「だから大丈夫でしゅ」
「そうだな」
馬車が走り続けた。
空が広かった。
わたしは窓から外を見た。
(いよいよでしゅ)
でも、不思議と落ち着いていた。
準備してきた。練習してきた。ちーむがある。
それだけで、十分だった。
ノートを頭の中で開いた。
今日の記録。王都へ出発。全員同行。目的:交渉と鑑定。追加目標:ヴォルフ侯爵との接触。
最後に一行足した。
行ってきましゅ。