作品タイトル不明
第三十一話 王都
王都に着いたのは、出発から二日後の昼過ぎだった。
馬車が城門をくぐった瞬間、音が変わった。
石畳の音、人々の声、馬の嘶き、荷車の軋み、鐘の音。全部が重なって、耳に飛び込んでくる。
窓から外を覗いたわたしは、少し固まった。
(おおきいでしゅ)
前世の東京を知っているので、都市というものは知っていた。でも馬車から見る王都は、前世とは違う種類の大きさだ。
石造りの建物が並んでいる。幅の広い通り。色とりどりの看板。人、人、人。
「フィア、大丈夫か」
お父様が言った。
「大丈夫でしゅ。ただ、処理が追いつかないでしゅ」
「処理?」
「情報が多すぎて、整理が間に合わないでしゅ」
ルードが少し笑った。
「言ったじゃないか、十倍以上あるって」
「分かっていましゅたが、体感が違いましゅた」
馬車が大通りを進んだ。人々がヴェルター家の紋章を見て道を開ける。
わたしはそれを見ながら、少し考えた。
(王都では、家の紋章がそのまま力を示しているでしゅ。ヴェルター家の名前が通じているでしゅ)
これは情報だ。
王都邸に着いた。
ヴェルター家の王都邸は、町屋敷よりこじんまりしているが、手入れが行き届いていた。管理人のベルタという五十代の女性が出迎えてくれた。
「旦那様、ようこそいらっしゃいました。フィア様も」
「久しぶりだな、ベルタ」
「はい。随分とご立派になられて」
ベルタがわたしを見た。わたしは挨拶をした。
「フィアでしゅ。よろしくでしゅ」
「まあ、お可愛らしい」
「ありがとうでしゅ。ベルタしゃん、一つ聞いていいでしゅか」
「なんでしょう」
「ヴォルフ侯爵をご存じでしゅか」
ベルタが少し目を丸くした。お父様も驚いた顔をしていた。
「……存じております。先代の旦那様が、ヴォルフ侯爵のお父上と親交がおありで」
「そうでしゅか。では、ヴォルフ侯爵と連絡が取れるつてはありましゅか」
「……あるかもしれません。先代の縁で、時々ご挨拶させていただいていますので」
「お願いできましゅか。明日の王宮の前に、一度お会いしたいでしゅ」
ベルタがお父様を見た。お父様が少し考えてから、うなずいた。
「頼めるか、ベルタ」
「……やってみます」
(想定外のつながりが出てきましゅた)
前世でも、思わぬところでつながりが出てくることがあった。組織の中には、表に見えないつながりが必ずある。
夕方、ベルタが戻ってきた。
「ヴォルフ侯爵から、今夜でよければお会いするとのご返事をいただきました」
「早いでしゅ」
「ヴォルフ侯爵は行動が早い方で。ヴェルター家から連絡が来たと聞いて、すぐに返事をくださったそうです」
「ありがとうでしゅ、ベルタしゃん」
「フィア様のお陰です。わたしでは思いつかなかった」
夜、ヴォルフ侯爵が王都邸に来た。
六十代の男性で、白髪の紳士だった。目が鋭いが、温かみもある。お父様と握手をしてから、わたしを見た。
「これがフィア様ですか」
「フィアでしゅ。よろしくでしゅ、ヴォルフ侯爵」
ヴォルフ侯爵が少し目を細めた。
「随分と落ち着いたお嬢さんですね。三歳とは思えない」
「三歳でしゅが、事情があるでしゅ」
「事情?」
「いつかお話しするかもしれないでしゅ。今日は別の用件でしゅ」
「そうですね。明日の調査のことでしょう」
「はい。ヴォルフ侯爵が調査に反対していると聞きましゅた」
「……ずいぶんよく調べておられる」
「情報は大事でしゅ。なぜ反対しているでしゅか」
ヴォルフ侯爵が少し笑った。
「直接的なお子さんですね。お父上に似ていない」
「お母様に似ているそうでしゅ」
「そうですか。……反対している理由を聞きますか」
「はい」
「歴史的に、根拠のない魔力狩りは多くの不幸を生んできました。今回の調査は、確証のない進言を根拠にしています。それは法的にも倫理的にも問題があると私は考えています」
「そうでしゅ。それでヴォルフ侯爵は、明日の鑑定に同席していただけましゅか」
ヴォルフ侯爵がお父様を見た。
「ヴェルター卿、これは?」
「フィアの提案です。監視の目があることで、調査が正当な手続きに沿って行われることを確保したいと思っています」
「……なるほど。フィア様、一つ聞いてよいですか」
「うん」
「明日の調査で、あなたは何を見せるつもりですか」
わたしは少し考えた。
「普通の子でしゅ」
「普通の?」
「ヴェルター家の三歳の女の子でしゅ。それ以上でも以下でもないでしゅ」
「……もし、それ以上だと判明した場合は」
「その場合は、その後のことをお父様が交渉するでしゅ。でも、わたしが普通に見えるなら、交渉の余地が生まれるでしゅ」
ヴォルフ侯爵がしばらくわたしを見た。
「……フィア様、本当に三歳ですか」
「三歳でしゅ。体は」
「体は?」
「中身は、少し違うかもしれないでしゅ」
ヴォルフ侯爵が大きく笑った。
「正直なお子さんだ。気に入りました」
「ありがとうでしゅ」
「明日、同席しましょう。これは私の判断でもあります。フィア様だけでなく、今後の王国の在り方にも関わる問題ですから」
「ありがとうでしゅ、ヴォルフ侯爵」
「こちらこそ。……ヴェルター卿、良いお嬢さんをお持ちですね」
「おかげさまで」とお父様が言った。でも声が少し震えていた。
(お父様、感動しているでしゅか)
わたしはそっとお父様の手を握った。
お父様の手が、少し力を増した。
(よかったでしゅ。ヴォルフ侯爵、同席してくれましゅ)
前世でいえば、交渉の場に中立の立場の重要人物が入ることは、大きなアドバンテージだ。
ノートに記録する代わりに、今日は頭の中だけで記録した。
王都に着いた。ヴォルフ侯爵と接触成功。明日の鑑定への同席確認。
そして一行足した。
思ったより、うまく動いているでしゅ。