作品タイトル不明
第二十八話 王家の封筒
シミュレーションを始めて五日目の朝、封筒が届いた。
王家の紋章が入った、厚手の白い封筒だ。
朝食の席で、ジルがお父様に渡した。お父様が受け取った瞬間、眉間の皺が一本増えた。四本になった。過去最多だ。
(最高アラートでしゅ)
わたしはパンを一口かじりながら、お父様が封筒を開けるのを見た。
中から紙が出てきた。お父様が読んだ。
読んでいる間、顔色が少しずつ変わった。険しいというより、何かを確認しているような、静かな顔だった。
読み終えてから、テーブルに置いた。
「フィア、ルード、少し話がある」
ルードがすぐに顔を上げた。わたしも正面を向いた。
「王家から正式な書状が届いた。グレンドル翁が来月、再度調査に来ることが正式に通告された。それと」
お父様が少し間を置いた。
「フィアに会いたいと書いてある」
静寂が落ちた。
ルードの手が止まった。
わたしは少し考えた。
「会いたい、というのは、どういう意味でしゅか」
「翁が、この屋敷に高い魔力を持つ子がいる可能性があると進言した。王家はその確認のために、直接フィアに会うことを求めている」
「断れましゅか」
「……断れないことはない。ただ」
「断ると、何かあるでしゅか」
「断った場合、より強制的な手段を取られる可能性がある」
わたしはしばらく考えた。
(断って隠し続けるか、応じて正面から対処するか)
前世でいえば、避け続けるより、一度正面から向き合って条件交渉した方がいい場合もある。
「お父様、わたしが会うことを望んでいましゅか」
「……望んでいない。でも、現実的に考えれば」
「翁は来月来るでしゅ。前回より規模が大きいでしゅ。今のわたしの制御では、完全には隠しきれないかもしれないでしゅ」
「フィア」
「シミュレーションをしていますが、複数の魔法師が同時に鑑定した場合、どこかで感知される可能性があるでしゅ。そのとき、こちらが受け身の状態で発見されるより、自分から話す方がいいかもしれないでしゅ」
お父様が黙っていた。
ルードが口を開いた。
「……フィア、それは」
「自分から会いに行くということでしゅか」
「そういうことになるかもしれないでしゅ。でも」
「でも?」
「条件が必要でしゅ。ただ会うだけではないでしゅ。何を確認したいか、その後どうするつもりか、こちらの条件を出して交渉するでしゅ」
ルードがわたしを見た。
「三歳が交渉するのか」
「わたしが交渉するのではないでしゅ。お父様が交渉するでしゅ。わたしは横にいるだけでしゅ」
「横にいるだけ、ね」
「でも、横にいることで、お父様の立場が強くなるでしゅ。フィアがここにいる、そして問題なく生活しているという事実が、一番の交渉材料でしゅ」
お父様がまた黙った。
しばらくして、静かに言った。
「フィア、もう一度聞く。怖くないか」
「怖いでしゅ」
正直に答えた。
「今日は怖いと言えましゅ。でも、やらなければならないことは変わらないでしゅ。前世で学びましゅた。怖くても、手順通りにやれば、なんとかなることの方が多いでしゅ」
「手順、か」
「はい。情報を集めて、準備して、実行して、修正する。それだけでしゅ」
お父様はしばらくわたしを見ていた。
それから、大きく息を吐いた。
「……分かった。シルベルクに連絡を取る。ヴォルフ侯爵へのつてを急いで探す。来月の調査に向けて、今から動く」
「うん」
「ただし、最終的に会うかどうかは、準備が整ってから決める。今日すぐに返事はしない」
「それでいいでしゅ」
「フィア、一つだけ頼みがある」
「うん」
「今日のシミュレーション、少し負荷をかけて試してほしい。複数人が同時に鑑定する状況を想定して」
「わかりましゅ。ジルとお父様とルードで、三方向から同時に確認するでしゅか」
「ああ、そういう練習をしたい」
「やりましゅ」
朝食が終わった。
ルードが立ち上がりながら言った。
「フィア」
「うん」
「今日の練習、俺も本気でやる」
「ありがとうでしゅ」
「絶対に感知させない」
「うん。でも、完璧に隠すより、自然に見せる方が目標でしゅ」
「……そうか、そういうことか」
「翁が来たとき、何も感じないより、普通の子の魔力が感じられる方が自然でしゅ。そっちの方向で練習するでしゅ」
ルードが少し考えてから、うなずいた。
「なるほど。……やっぱりフィアは三歳じゃないな」
「体は三歳でしゅ」
「そうだな」
その日の午後、三人でシミュレーションをした。
お父様、ルード、ジルの三人が、それぞれ別の方向からわたしの魔力を感知しようとする。わたしは適切な量だけを見せる練習だ。
最初の二回は崩れた。三方向から同時に来ると、少し感情が揺れて、出力が乱れた。
「もう一度でしゅ」
「休むか」
「いいえ。もう一度でしゅ」
三回目。
一度止めた。呼吸を入れた。
三方向から来る感知を、頭の中でモニターした。
(こちらから。あちらから。上から)
出力を、普通の子のレベルに保った。
三人がわたしを確認した。
「……これは」
ジルが言った。
「自然な子の魔力に見えましゅか」
「……見えます。かなり自然です」
「お父様は」
「……俺には、特別な魔力があるとは分からなかった」
「ルードは」
「……同じだ。普通の魔力持ちの子に見える」
(成功でしゅ)
わたしは少し息を吐いた。
「でも、翁は違うかもしれないでしゅ。もっと精度を上げる必要があるでしゅ」
「十分だと思うが」
「十分ではないでしゅ。翁は国内最高の鑑定師でしゅ。わたしたちが普通に見えても、翁には分かるかもしれないでしゅ」
「じゃあ、どうする」
「もっと練習するでしゅ。来月まで、毎日でしゅ」
ジルのため息が聞こえた。今日一回目だ。
「……分かりました。毎日やりましょう」
「ありがとうでしゅ、ジル」
「ため息が増えそうですが」
「減らせるようにがんばりましゅ」
「期待しています」
その夜、わたしはノートを開いた。
今日の記録。王家から正式な書状。翁が来月来ることが確定。フィアに会いたいという要求あり。三人同時シミュレーション、三回目で成功。課題:翁レベルの鑑定に対応できる精度まで上げる。
最後に一行足した。
怖いけど、やれましゅ。
窓の外で庭が暗くなっていた。
月は出ていなかったが、星が見えた。
(来月、ちゃんと乗り越えるでしゅ)
そう思いながら、ノートを閉じた。