作品タイトル不明
第二十七話 王都の話
シルベルク氏が王都から戻ってきたのは、ある水曜日の夕方だった。
月に一度、王都の薬草問屋に卸しに行くのが彼のルーティンだ。今回は少し帰りが遅かった。翌朝、お父様のところに直接来た。
わたしはいつものように隣室から観察した。
今日のお父様は朝から少し緊張していた。眉間の皺が一本多い。胃の状態は黄色アラートといったところだ。
「シルベルク、どうでしたか」
「情報が取れました。いくつかあります」
「すべて聞かせてください」
シルベルクが手帳を開いた。
「まず一つ目。グレンドル翁が王宮に提出した追加報告書の内容が、ほぼ確認できました」
「どんな内容ですか」
「『ヴェルター家には、高度な魔力制御能力を持つ存在がいる可能性が高い。通常の感知手段では検出が困難なほど制御されている。これは偶然ではなく、意図的な訓練の結果と考えられる』と書いてあるそうです」
お父様が少し固まった。
「……意図的な訓練、と」
「はい。翁は、フィア様が制御の練習をしていることに気づいていると思われます」
「存在は特定されていないが、訓練されていることは分かっている、ということですか」
「そのようです」
わたしは隣室で、静かに息を吸った。
(翁は、わたしが練習していることまで読んでいた。さすがでしゅ)
前世でいえば、ベテランの監査官が証拠を掴んでいないが状況を的確に分析している状態だ。これは想定外ではないが、早い。
「二つ目です」
シルベルクが続けた。
「王宮内の議論が、再調査派で決着したようです。来月の中旬か下旬に、翁が再び来ることがほぼ確定しています」
「今回は規模は」
「前回の倍以上になるようです。翁に加えて、上位の魔力官が同行するという話で」
「上位の魔力官というのは」
「王宮付きの魔法師団から、精鋭が二名来るそうです。翁一人では感知が難しい場合に備えて」
お父様の眉間の皺が、また一本増えた。
(三本になりましゅた。緊急度が上がっていましゅ)
「三つ目です」
「まだあるのですか」
「はい。ただし、こちらは良い情報です」
シルベルクの声が少し変わった。
「王宮内に、この調査に反対している人間がいます。貴族院の長老格の方で、名前はヴォルフ侯爵というのですが」
「ヴォルフ侯爵は知っています。王家に近い立場ですが、独自の判断を持つ方だ」
「その方が、今回の調査について『確証のない魔力狩りは歴史的に問題が多い』と発言したそうです。王宮内で影響力のある方なので、調査の範囲が少し抑えられる可能性があります」
「どの程度、抑えられますか」
「確信は持てませんが……翁と魔法師の行動に、一定の制限がかかるかもしれません」
お父様がしばらく黙った。
「……ヴォルフ侯爵と、接触できますか」
「私の取引先のつてを辿れば、あるいは。ただし時間がかかります」
「来月の調査までに間に合いますか」
「……難しいかもしれません」
「分かりました。それは並行して動きましょう。まず今できることを」
「はい」
お父様とシルベルクが書類を確認しながら話し続けた。わたしは頭の中で整理した。
状況の整理。翁は制御の訓練まで把握している。来月に再調査、前回より規模が大きい。ただし反対勢力もいる。
(準備を急ぐ必要があるでしゅ)
その夜、お父様がわたしの部屋に来た。
「今日のシルベルクの話、聞いていたか」
「はい」
「……全部か」
「全部でしゅ」
「そうか」
お父様が椅子に座った。いつもより少し疲れた顔をしていた。
「フィア、翁があなたの訓練まで気づいていることを、どう思う」
「想定内でしゅ」
「想定内か」
「グレンドル翁は国内最高の鑑定師でしゅ。わたしが制御しているのに反応がない、というのは、それ自体が情報でしゅ。普通の子なら制御は不完全でしゅ。完全に近い制御は、訓練なしにはできないでしゅ」
「……そこまで考えていたのか」
「だから今の練習方針を変えたでしゅ。ゼロにするのではなく、適切な量を見せるでしゅ。そうすれば、普通の子と同じ反応になりましゅ」
「その方針は、今日の情報を聞いて、正解だったと分かったな」
「はい。でも、もう一段精度を上げる必要があるでしゅ」
「どうやって」
「来月の調査の前に、ジルとシミュレーションをしたいでしゅ。翁と魔法師が同時に来るとして、どういう状況になるかを想定して練習するでしゅ」
お父様がわたしを見た。
「……シミュレーション、か」
「前世でも、重大な作業の前には練習してから本番に臨みましゅた。本番と同じ状況を作って、手順を確認するでしゅ」
「ジルに頼めるか」
「明日、お願いしましゅ。お父様も、立ち会っていただけましゅか」
「もちろんだ」
「それと」
「なんだ」
「ヴォルフ侯爵のことでしゅが」
「ああ、シルベルクが言っていた」
「王宮内で反対している人でしゅ。今は接触が難しいでしゅが、名前を覚えておくといいでしゅ。将来、役に立つ可能性があるでしゅ」
「フィアも、そう思うか」
「反対勢力は大事でしゅ。味方とは呼べないでしゅが、同じ方向を向いている人間は、いつか使えましゅ」
お父様が少し笑った。
「……三歳とは思えない分析だ」
「前世のくせでしゅ」
「そうか。分かった、覚えておく」
お父様が立ち上がりながら言った。
「フィア、一つだけ言っておく」
「うん」
「来月の調査は、前回より厳しくなる。でも俺はお前を信じている」
「うん」
「お前の練習の成果を信じている。お前の判断を信じている」
「ありがとうでしゅ」
「怖かったら言え」
「こわくないでしゅ」
「本当か」
「……少しだけ、緊張するでしゅ。でも怖くはないでしゅ」
「そうか。俺も少し緊張している」
「お父様も、でしゅか」
「ああ。でも怖くはない」
わたしはお父様を見た。
「おそろいでしゅ」
お父様が笑った。
「そうだな、おそろいだ」
お父様が部屋を出た。
わたしはノートを開いた。
今日の記録。翁の追加報告書確認。訓練まで把握済み。来月再調査確定、規模拡大。ヴォルフ侯爵、反対勢力として確認。来月の調査に向けてシミュレーション実施予定。
最後に一行足した。
緊張してるでしゅ。でも、少しだけでしゅ。
書いてから、その正直さが少し恥ずかしかった。
でも消さなかった。
これも、記録でしゅ。