作品タイトル不明
第二十五話 ティナの涙
ティナと会うようになってから、二週間が経った。
週に一度、どちらかの家で会って話した。わたしが制御の練習方法を伝えて、ティナが薬草の知識を教えてくれた。お互いに持っているものが違うので、話すたびに何かが増えた。
でもある日、様子が違った。
シルベルク家を訪ねたとき、居間に通されたが、ティナがいなかった。
「ティナはどこでしゅか」
シルベルク氏が少し困った顔をした。
「……二階の部屋に。少し、落ち込んでいて」
「何かありましゅたか」
「昨日、練習中に魔力が大きく漏れてしまって。棚の薬草を傷めてしまったんです。それで……自分を責めているようで」
わたしは少し考えた。
「会いに行っていいでしゅか」
「フィア様が来てくれると、ティナも元気になると思います。どうぞ」
二階の部屋の扉をノックした。
「ティナしゃん、フィアでしゅ」
しばらく間があってから、「……どうぞ」という声が聞こえた。
扉を開けると、ティナがベッドに座っていた。目が少し赤い。泣いていたのだろう。
「フィアちゃん」
「うん、来ましゅた」
わたしはティナの隣に座った。三歳なのでベッドに上がるのに少し苦労したが、なんとか座れた。
「薬草、傷めてしまいましゅたか」
「……うん。練習してたのに、急に大きくなっちゃって。お父さんの大事にしてた薬草で、一部、回復できないくらい傷んで」
「お父様は怒りましゅたか」
「怒らなかった。でも、それがもっと辛くて」
わたしは少し頷いた。
「怒ってくれた方が、楽なこともあるでしゅね」
「そう。怒らないから、余計に申し訳なくて」
「ティナしゃん、一つ聞いていいでしゅか」
「うん」
「練習中に何を考えていましゅたか」
「……失敗しないようにって思ってた。失敗したら大変だって、ずっと考えながら」
「それが原因でしゅ」
ティナが少し顔を上げた。
「え?」
「失敗を強く意識すると、感情がそこに向かうでしゅ。感情が向かうと、魔力が連動するでしゅ。結果として、失敗が引き寄せられましゅ」
「……自分で失敗を呼んでたってこと?」
「そうかもしれないでしゅ。前世でも同じことがありましゅた。重大な作業をするとき、失敗したらどうしようと考えすぎると、かえって手が震えたでしゅ」
「どうしてたの?」
「作業の手順だけを考えるようにしていましゅた。結果ではなく、今やることだけでしゅ」
ティナがしばらく黙った。
「……今やることだけ」
「そうでしゅ。失敗するかどうかは、後から分かることでしゅ。今は、今できることをやるだけでしゅ」
「それ、フィアちゃんはちゃんとできてる?」
「……できないときもあるでしゅ。猫を見るとだめでしゅ」
ティナが少し笑った。
「猫だけは特別カテゴリ」
「そうでしゅ。だからティナしゃんも、特別に難しいことがあっていいでしゅ。全部うまくいく必要はないでしゅ」
「……うん」
「それと」
「うん」
「今日の失敗は、どこまで状況を把握していましゅか」
「え?」
「薬草がどのくらい傷んだか。回復できる部分はどのくらいか。そういう数字でしゅ」
「……全体の一割くらいかな。完全に傷んだのはその中でも一部で」
「では九割は無事でしゅ」
「……そうなるね」
「失敗した一割より、無事だった九割を見るでしゅ。それが今日の実績でしゅ」
ティナはしばらくわたしを見ていた。
それから、目が少し和らいだ。
「……フィアちゃんって、なんか、カウンセラーみたい」
「カウンセラーとは何でしゅか」
「悩みを聞いてくれる人」
「そうでしゅか。前世では、そういう役割ではなかったでしゅが」
「なんの役割だったの」
「壊れたものを直す人でしゅ」
「……あ、なんか今、ピンときた」
「何がでしゅか」
「フィアちゃんが落ち込んでる私に話しかけてきた理由。壊れたものを直そうとしてくれてるんだ」
わたしは少し考えた。
「……そうかもしれないでしゅ。前世のくせでしゅ」
「ありがとう」
「お礼はまだ早いでしゅ。直ったかどうかはこれからでしゅ」
「でも、だいぶ楽になった」
「よかったでしゅ」
ティナが窓の外を見た。夕暮れの空が見える。
「また練習しようかな」
「今日はやめた方がいいでしゅ」
「なんで?」
「感情が落ち着いていないときに練習すると、また同じことが起きやすいでしゅ。今日は休んで、明日から再開するでしゅ」
「……そういうこと、ちゃんと分かってるんだね」
「前世のくせでしゅ。システムの障害対応も、疲弊した状態でやると二次障害を起こしやすいでしゅ」
「システムって何?」
「……機械でしゅ。今は関係ないでしゅ」
ティナが少し笑った。
「フィアちゃんは面白い。変な言葉をよく使う」
「前世のくせでしゅ」
「それが口癖だね」
帰り際、シルベルク氏がわたしに言った。
「フィア様、ティナが元気になりました。ありがとうございます」
「わたしはただ話しただけでしゅ」
「それが大事なんです。……あの子、同じ境遇の子がいなくて、孤独だったんです。うまくいかないときに話せる相手がいると、全然違います」
「シルベルクさんでは、だめでしゅか」
「私も話しますが……親と子は、少し違いますから」
わたしは少し考えた。
「そうでしゅね」
「フィア様も、何か困ったことがあれば、ティナに話してください。あの子も役に立てることがあると思いますので」
「うん、そうしましゅ」
帰り道、お父様がわたしを見た。
「ティナ、元気になっていたな」
「うん。泣いていましゅた」
「どんな話をした」
「失敗した一割より、無事だった九割を見るように言いましゅた」
お父様が少し止まった。
「……それは、お前に言い聞かせることでもあるな」
「そうでしゅか」
「庭を森にしたとき、ずっと申し訳なさそうにしていたから」
「……そうでしゅね」
「フィアも、自分に言い聞かせながら話していたのか」
「半分はそうかもしれないでしゅ」
お父様が少し笑った。
「正直だな」
「嘘をついても意味がないでしゅ」
「そうだな」
夕暮れの石畳を歩きながら、わたしは少し考えた。
ティナを元気づけながら、自分も少し楽になっていた。
(誰かの役に立つと、自分も整うでしゅ)
前世でも、そういうことがあった。障害対応で後輩を助けると、自分も頭が整理される。
今日も同じだった。
ノートに記録を書いた。
ティナ、練習中に失敗。精神的なサポートを実施。結果、状態改善。有効なアプローチを確認。
最後に一行足した。
人の役に立つと、自分も少し前に進む気がしましゅ。