作品タイトル不明
第二十四話 ご挨拶
ティナの家を訪問したのは、初めて会ってから一週間後のことだった。
薬草屋は町の中ほどにあった。石造りの建物で、入り口の上に薬草の束が束ねて飾ってある。窓から甘くて少し苦い匂いがした。前世では嗅いだことのない匂いだが、なぜか落ち着く感じがした。
「いらっしゃいませ、フィア様」
扉を開けたのはシルベルク氏だった。今日は仕事着で、エプロンをしている。店の奥に薬草が並んでいて、乾燥させたものが棚に整然と収められていた。
(整理されていましゅ。管理がしっかりしている人でしゅ)
「お邪魔しましゅ」
お父様も一緒に来ていた。ルードは今日は訓練があるので屋敷に残っている。
奥からティナが駆け出してきた。
「フィアちゃん!」
「こんにちはでしゅ、ティナしゃん」
「待ってたよ。こっちこっち」
ティナに引っ張られて、店の奥の居間に通された。
居間は小さいが、温かみがある部屋だった。テーブルに花が飾ってあって、棚に本が並んでいる。
「ティナしゃんの部屋はどこでしゅか」
「二階。後で見せる」
「楽しみでしゅ」
お父様とシルベルク氏は別の部屋で話し始めた。子どもたちに席を外した形だ。
二人になると、ティナが少し声を落とした。
「フィアちゃん、一個聞いていい?」
「うん」
「……怖くないの? 王家のこと」
わたしは少し考えた。
「怖くはないでしゅ。でも、軽く考えてもいないでしゅ」
「どうして怖くないの。わたし、最初に聞かされたとき、すごく怖かった」
「家族がいるからでしゅ。お父様も、お兄様も、ジルも、みんながいましゅ。それに、できることが分かっているでしゅ」
「できること?」
「練習して、制御できるようにする。情報を集める。準備する。することがある限り、怖いより先にやることが出てくるでしゅ」
ティナがしばらくわたしを見た。
「……やっぱり、三歳じゃない何かがある気がする」
「事情があるでしゅ」
「うん、聞いた。いつか話してくれるって」
「うん。でも今は少しだけ。……おとなの記憶が、少しあるでしゅ」
「おとなの記憶?」
「うまく説明できないでしゅが、前に一度生きたことがある、みたいな感じでしゅ。そのときのことを覚えていましゅ」
ティナは少し黙った。
「……魔法みたいなこと?」
「そうかもしれないでしゅ」
「それで、落ち着いてるんだ」
「そうでしゅね」
「いいなあ」
ティナが少し羨ましそうな顔をした。
「わたしも落ち着きたい。怖いと魔力が出ちゃうから」
「怒ったときも、でしゅか」
「うん。怒ると一番出る。間違えて棚の薬草を全部床にばらまいたことがある」
「お父様の顔色は」
「最悪だった」
「眉間の皺は何本でしゅたか」
「……数えてなかった」
「次から数えるといいでしゅ。数えていると、少し冷静になれましゅ」
「何それ、すごい対処法」
「前世の仕事でおそわりましゅた。気になることを数字にすると、感情が落ち着くでしゅ」
ティナが少し笑った。
「フィアちゃんって、面白い子だね」
「面白いでしゅか」
「うん。三歳なのに。なんか、頼りになる感じ」
「わたしの方が年下でしゅ」
「でも、なんとなくそう感じる」
わたしは少し考えた。
「ティナしゃんの魔力の練習、今はどんなことをしているでしゅか」
「感情が出たとき、一度深呼吸するようにしてる。でもなかなか」
「一度止める、でしゅか。いい方法でしゅ」
「そうなの?」
「わたしもそれをやっていましゅ。一度止めて、呼吸を入れて、それから出力を調整するでしゅ。最初は難しかったでしゅが、慣れてきましゅた」
「出力を調整って、どういうこと?」
「ゼロにするんじゃなくて、ちょうどいい量にする、でしゅ。ゼロだと不自然でしゅから」
ティナが目を丸くした。
「そんな細かい調整ができるの?」
「最近できるようになりましゅた。まだ不安定でしゅが」
「教えてほしい」
「いいでしゅよ。でも、まずは一度止める練習が大事でしゅ。そこが安定してから次の段階でしゅ」
「分かった」
ティナはノートを取り出した。
「メモしていい?」
「どうぞでしゅ」
ティナが書き始めた。わたしが話したことを、真剣に書いている。
(この子は、ちゃんと取り組んでいましゅ)
前世で、仕事を教えるとき、ちゃんとメモを取る人は伸びる、と言われていた。ティナはそのタイプだ。
しばらくして、シルベルク氏が顔を出した。
「ティナ、フィア様を店の中も見せてあげなさい」
「うん」
ティナに案内されて、店の中を見て回った。
棚に並んだ薬草の名前を、ティナが一つずつ教えてくれた。咳に効くもの、熱に効くもの、傷に効くもの。覚えることが多くて、わたしはそれを頭の中でどんどん記録した。
「ティナしゃんは、薬草に詳しいでしゅね」
「お父さんに教えてもらって。将来はお父さんの仕事を手伝いたいと思ってる」
「いいでしゅね。自分のやりたいことがあるでしゅ」
「フィアちゃんは?」
「わたしは……まだはっきりとは決まっていないでしゅ。でも、やるべきことはわかっていましゅ」
「やるべきこと?」
「魔力を制御できるようになって、家族を守ることでしゅ。その先は、その後で考えましゅ」
「そっか」
ティナが薬草の棚をなでながら言った。
「わたし、フィアちゃんと話すと、なんか元気になる」
「そうでしゅか」
「うん。同じ境遇の子って、他にいないから。怖いのとか不安なの、分かってくれる気がして」
「わかるでしゅ」
「ありがとう」
「お礼を言うのはこっちでしゅ」
「どうして?」
「わたしも、同じ境遇の子と話したかったでしゅ。一人で練習してきたでしゅが、誰かと一緒の方が続けやすいでしゅ」
ティナが少し笑った。
「じゃあ、お互い様だね」
「そうでしゅ」
帰り際、お父様とシルベルク氏が話しているのが見えた。今日の話し合いで、何かが決まったらしく、二人とも少し明るい顔をしていた。
「フィア、そろそろ帰るぞ」
「うん」
ティナが玄関まで送ってきた。
「また来てね」
「うん、来ましゅ」
「練習、一緒に頑張ろう」
「頑張りましゅ」
「あと、猫の制御も」
「それは別枠でしゅ」
「特別カテゴリでしょ」
「……なんで覚えてるでしゅか」
「面白かったから」
ティナが笑いながら扉を閉めた。
帰り道、お父様が歩きながら言った。
「シルベルクと、情報を共有し合う約束をした」
「よかったでしゅ」
「お前もティナとうまくやれたようだな」
「うん。いい子でしゅ」
「友達ができたな」
「……そうでしゅね」
わたしは少し前を向いた。
夕暮れの石畳が橙色に染まっていた。
(前世では、仕事の関係しかなかったでしゅ。友達というものを、ちゃんと持ったことがなかった)
ティナとわたしは、似ているようで少し違う。でも、同じ場所に立っている。
(それで十分でしゅ)
わたしはノートを頭の中で開いた。
今日の記録。ティナの家を訪問。魔力制御の情報共有。薬草の知識を習得。シルベルク氏とお父様、情報共有の約束が成立。
最後に一行足した。
ちーむが、また少し広がりましゅた。