作品タイトル不明
第二十二話 制御の訓練
翌日から、わたしは練習の量を増やした。
理由は単純だ。時間がある。でも多くはない。翁が再び動く前に、制御の精度をもう一段上げておきたい。
朝の魔力石の練習を、以前の三十分から一時間に延ばした。夕方のジルとの練習も、内容を変えた。
今まで主にやっていたのは「出力を絞る」練習だ。魔力を内側に抑えて、漏れ出ないようにする。
でもこれからは、もう一つ加えることにした。
「ジル、今日から新しい練習をしたいんでしゅ」
「なんでしょう」
「魔力を、意図的に少しだけ出す練習でしゅ」
ジルが少し首を傾けた。
「今まで抑える練習をしてきましたが、なぜ出す練習を?」
「翁が来たとき、全部抑えることしかできなかったでしゅ。でも、もし完全に制御できれば、外から見て『普通の家の子』に見せることができるかもしれないでしゅ」
ジルが少し黙った。
(魔力がゼロの子は、それはそれで不自然だ。この家系の子なら、ある程度の魔力は持っているのが当然だ。問題なのは多すぎることであって、ゼロに見せることじゃない)
「つまり、フィア様は……魔力の量を、意図的に調整したい、ということですか」
「そうでしゅ。多すぎず、少なすぎず、ちょうどいい量に見せるでしゅ」
ジルはしばらく考えてから、静かに言った。
「……それは、かなり高度な制御です」
「難しいでしゅか」
「難しいですが……フィア様なら、できるかもしれません」
「やってみましゅ」
ジルのため息が聞こえた。今日一回目だ。
「……分かりました。一緒に考えましょう」
新しい練習は、最初は難しかった。
今まで「抑える」一方向だったのが、「適切な量を出す」という双方向の制御になる。前世でいえば、システムの出力を完全停止させるだけでなく、必要なトラフィック量に調整する作業だ。
最初の数回は、ゼロか最大値かの二択になってしまった。
「フィア様、もう少し中間を意識してください」
「わかっているんでしゅが、むずかしいでしゅ」
「ゆっくりでいいです」
ジルの声は穏やかだった。
わたしは目を閉じて、魔力の感覚に集中した。
体の内側に、温かいものがある。これが魔力だ。今まで、これを全部押し込もうとしていた。
今日は違う。
少しだけ、開放口を作る。水道の蛇口を少しだけひねるように。
石が、ふわりと光った。
普通の魔力石を持った子どもが光らせる程度の、ごく自然な明るさだ。
「……できました」
ジルの声が少し違った。驚いている。
「最初からこれだけできるとは思いませんでした」
「まだ安定していないでしゅ。集中してないとすぐ崩れましゅ」
「それでも、一回でここまで来るのは」
「練習しましゅ。毎日やれば、安定するでしゅ」
ジルがため息をついた。今日二回目だ。
「……フィア様、一つ聞いてよいですか」
「うん」
「その練習方針は、ご自分で考えたのですか」
「うん。昨日の夜に考えたでしゅ」
「旦那様には話しましたか」
「まだでしゅ。今夜話すつもりでしゅ」
「そうですか」
ジルは少し遠くを見た。
「フィア様は、毎日少しずつ先のことを考えていますね」
「そうでしゅか」
「はい。一歩先、二歩先を見ている」
「前世のくせでしゅ。システムは、問題が起きてから対処するより、起きる前に準備した方がいいでしゅ」
「……なるほど」
「ジル」
「はい」
「ジルはずっと、このおやしきにいましゅか」
「はい、ずっと」
「お父様が当主になる前からでしゅか」
「はい。旦那様のお父上、先代の当主の代からお仕えしています」
「そうでしゅか。ならジルは、この家のことをたくさん知っていましゅね」
「……そうですね」
「ジルが知っていることで、わたしが知っておいた方がいいことがありましゅか」
ジルが少し止まった。
「……それはどういう意味ですか」
「翁がまた来る前に、知っておくべきことがあれば、教えてほしいでしゅ。鍵のかかった本は読みましゅた。お父様からも昔話を聞きましゅた。でもジルが知っていることは、まだあるかもしれないでしゅ」
ジルはしばらく黙っていた。
「……フィア様は、情報の集め方が上手ですね」
「前世の仕事のやり方でしゅ」
「そうですか」
ジルは窓の外を見た。
「一つだけ、お伝えすることがあります」
「なんでしゅか」
「ヴェルター家には、過去に二度、フィア様のような力を持つ子が生まれたことがあります」
「にど、でしゅか。一度じゃなくて?」
「はい。一人は二百年前の話で、旦那様も話されたかと思います。もう一人は、百年ほど前です」
「百年前の子は、どうなりましゅたか」
「……その子は、王家に連れていかれる前に、姿を消しました」
「にげましゅたか」
「そう言われています。その後どうなったかは、記録に残っていません」
わたしは少し考えた。
「逃げた子のことは、どこかに書いてありましゅか」
「鍵のかかった本の、一番古いページに、少しだけ」
「今度、また見せてもらえましゅか」
「旦那様に確認してからになりますが、おそらく大丈夫だと思います」
「ありがとうでしゅ、ジル」
ジルが立ち上がりながら言った。
「フィア様」
「うん」
「今日の練習、よくできました。それと」
「それと?」
「情報収集も、よくできました」
「それはほめてくれているでしゅか」
「はい。素直に」
わたしは少し笑った。
花が少し光った。
(あ、漏れた)
「失礼しましゅた」
「……大丈夫です。今日はため息が二回で済みました」
「明日は一回にしましゅ」
「期待しています」
ジルが部屋を出た。
その夜、お父様に報告した。
新しい練習の方針を説明した。魔力量を意図的に調整して、外から「普通の子」に見せる練習だ。
お父様はしばらく黙って聞いていた。
「……どこでそのアイデアを思いついた」
「昨日の夜に考えたでしゅ。翁が来たとき、完全にゼロにしか見せられなかったでしゅ。でもこの家の子なら、ゼロも不自然でしゅ。適切な量に見せる方が、より自然でしゅ」
「……正しい判断だ」
「うん。それと」
「なんだ」
「ジルから、百年前のことを聞きましゅた。逃げた子がいたでしゅ」
お父様が少し止まった。
「……ジルが話したか」
「はい。鍵のかかった本に、少し書いてあると。また見せてもらえましゅか」
「……構わない」
「ありがとうでしゅ」
お父様はわたしを見た。
「フィア、今日一日で、練習方針を変えて、ジルから新しい情報を引き出して、俺に報告した」
「はい」
「三歳にしては、動きすぎだ」
「前世のくせでしゅ」
「そうか」
お父様が少し笑った。
「まあ、頼りにしている」
「うん。わたしも、お父様を頼りにしていましゅ」
「お互い様だな」
「そうでしゅ」
お父様が部屋を出た。
わたしはノートを開いた。
今日の記録。新しい練習方針開始。意図的な出力調整、初回成功。ジルから百年前の子の情報を取得。鍵のかかった本に記録あり。近日中に確認予定。
最後に一行足した。
毎日、少しずつ前に進んでいましゅ。
窓の外で、庭の花が月明かりに揺れていた。
今日は、制御して揺らさなかった。
ため息も二回だった。
明日は一回を目指す。
数字は、正直だ。