軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

国王陛下

漸くこの日が来たと国王は思った。

自身の在位 50年を祝う大夜会が始まった。

やっとあの日の約束が果たせると、国王は小さく安堵の息を吐き出す。

『何かございましたか?』

開会の挨拶を済ませ、壇上の椅子に座る国王の隣に戻って来た王太子が、すかさず尋ねてきた。

立太子させてから三十数年、この息子には随分と助けられてきたと国王は思う。

いい面構えになったなと、国王は久しぶりにしげしげと息子の顔を眺めた。

『もしや公爵家の縁談の組み合わせに、何か問題がありましたでしょうか?』

眉間に皺を寄せて王太子が尋ねてくる。

『いや、見事な采配だ』

そう国王が答えると、王太子はホッとした顔を見せた。

自分とはタイプが違うだけで、王太子は相当有能な政治家であるし、本人もそれを自覚しているというのに、父親の前に出るとすっかり自信を失くしてしまう。

先日のダイモス公爵とのやり取りも思い出し、つくづく親子とは難しいものだと国王は思った。

オーケストラをバックに、婚約披露をした今夜の主役の 2組がファーストダンスを踊っている。

『フォボス公爵家の下の息子の方は、ダイモス公爵家の姉の方を何度か観劇に誘い出したようですね。趣味が合うようで、まずまずの滑り出しのようです』

国王はリリア達のダンスを見ながら、王太子からの報告を聞いていた。

『長男と次女の方も二度ほどお茶会を開いたそうですが、こちらは最初と最後の挨拶以外無言で茶を飲んでいたようです。長男の方は割となんでもそつなく熟すと評判の良い男ですから、もう少しなんとかしてくれるのではと期待していたのですが…。娘の方は評判通りといえば評判通りなのですかね、先日婚約を伝えた時の受け答えを思えば、お茶会の間ずっと俯いていたという報告に違和感がない訳ではないのですが…』

『ふむ』とだけ国王は相槌を返した。

王太子は続ける。

『あの日がむしろ興奮して異常な対応だったんですかねぇ』

『それを市井の言葉で、テンパっていると言うのだそうだ』

国王がまぜっ返すと、王太子は『ははは』と乾いた笑いを溢した。

『違和感といえば、ついさっき、夜会の入場の直前なのですが…』

国王は王太子の話を聞きながら、目の前で繰り広げられるファーストダンスを眺めていた。

チャールズは優雅で、ローランドにはまだ拙さが残る。

ヴィヴィアンは妖艶さの片鱗を見せ、リリアはチャールズのリードが良いからなんとか踊れている状態だった。

流石だなと国王は思った。

『あの娘、側から見ても可哀想になるくらいガチガチに緊張して震えていたんです。一声掛けてやろうかと後ろから見ていたのですが、エスコートしていた息子の方が、まるで励ますようにそっと娘の指先に触れたんです』

一瞬国王の眉が動いたことに王太子は気付かなかった。

『たまたま何か別の動きをして手がぶつかっただけかも知れませんが…。娘の方はパッと息子の方を見上げて、それからすぐ息子から飛び退くように離れて、慌てて周りを見回したんです。それで真後ろに立っていた私に気付きましてね、続いて息子の方も私に気が付いて、二人して幽霊にでも出くわしたような、そっくり同じギョッとした顔をしたんです。あの二人、仲が悪いと言われ』

『昔!』

突然国王は声を上げて、王太子の言葉を遮った。

傲岸不遜とか傍若無人とか評されることの多い国王ではあるが、他人の言葉を遮るような無作法はしたことがない。

王太子は驚いた顔をして、口をつぐみ国王を見つめた。

『昔、幼い恋人達の逢瀬を邪魔したことがある』

王太子は黙って父王の言葉を待った。

『10年以上昔の話だ。娘は父親に疎まれていてな、その少年だけが心の拠り所のようだった。だが政敵同士の息子と娘、幼いながらに離れ離れになる未来を分かっておった。どうにもならない切なさを小さな胸の奥に押し隠して、笑って見せた娘が哀れで、一つ賭けを持ち掛けた。私の在位 50年の夜会の“ファーストダンスが終わるまで” 二人がお互い嫌い合っていると周囲に思わせ続けることが出来たなら、私が二人の縁を結んでやると』

水溜りに自ら飛び込んだ少女の泣き顔は、少年には泣き真似に見えていたようだが、国王には泣き真似に偽装した慟哭に見えた。

フォボス公爵家の息子とダイモス公爵家の娘が会っているという影からの報告を受け、ほんのささやかな好奇心で覗きに行ったばかりに、二人の別れの時を早めてしまった。

国の舵取りの為とはいえ、チェスの駒を操るように二人の公爵のいがみ合いを長年煽って来た我が身を、国王は吐き気がする程嫌悪した。

せめてもう少し融和をはかっていれば…。

この日とて好奇心で覗きに来るより、少年少女の逢瀬が続けられるように裏から手を回すことだって出来た筈だった。

せめて孤独な少女が、もう少し大きくなるまでは。

政敵同士、突然の王命、賭けの期限、触れた指先、驚愕の表情、突然遮られた言葉…。

おそらくそれらのキーワードから何かを導こうとしているのであろう。

王太子は右の耳たぶを引っ張っていた。

子供の頃から変わらぬ何かを熟考する時の癖だったなと国王はほんの少しだけ口の端を上げた。

『すまんな、話を遮ってしまった。で、何の話をしていたのだったか?』

惚けて国王が問うと、気付いてはいけない何かに思い至った様子の王太子が詰めていた息をゆっくり吐き出した。

その時ちょうどダンスの曲が終わり、本日の主役達が国王と王太子に挨拶にやって来た。

国王は目線で王太子に言葉を促した。

『知っての通り、これは王命による婚約である。其方らの気持ちがどうであれ、軽々に破棄も離婚も出来ぬと心得え、これからは仲良くせよ。周りの者達も、その心算で若き二組を導いてくれ。王国と其方らの未来に幸多からんことを』

王太子の言葉にニヤリと笑った国王は、続けて隅に控える侍従に手で指示を出す。

侍従は静々と近寄って来ると、その手に持った鉢植えをリリアの前に差し出した。

『王宮の庭の隅に立つ樫の木の苗木だ』

国王の言葉に、リリアとチャールズが同時にあっという顔をする。

『昔小さな女の子に突然声を掛けてしまったことがあってな。女の子は驚いて、転んでドレスを泥だらけにしてしまった。その時の詫びにもならんだろうが、結婚祝いに貰ってくれ』

あの日二人が座っていた大きな木の苗木だった。

リリアは震える手で鉢植えを受け取り、ポロポロと涙を溢した。

チャールズはリリアを支えるように後ろからそっと手を回した。

『王命』を使えば、あの日二人を婚約させることも出来ただろう。

だがいかんせん、あの頃の二人は幼な過ぎた。

国王は二人に嫌い合っているという演技をさせることで、時間を稼いだ。

周囲の思惑に翻弄されない知恵と経験を積ませるとともに、それぞれの親による派閥内での婚約を邪魔しつつ、男子限定相続を男女問わずの嫡出長子相続に変えるなどの法改正も行った。

そうして今、やっとここに立っている。

『そうか。そんなにその坊主が好きか?』

あの日と同じ問い掛けをすれば、

『はい。大好きです』

あの日と同じ答えと満開の笑顔が返って来た。

鉢植えを抱えたリリアを後ろから抱きしめたチャールズが『私も愛してる』と耳元で囁いた。

『そうか、そうか』

国王は満足気に微笑んだ。

展開に付いていけない両公爵家の者たちがオロオロしていたが、王太子が大きく手を打ち鳴らし始めると、他の貴族達が事態を把握出来ないまま王太子に続いた。

会場中に大きな拍手の輪が広がっていく。

『さぁ、もう一曲踊って来るが良い。もう出来損ないの演技でわざと下手に踊る必要もないであろう? 楽しんでおいで』

国王の声はどこまでも優しかった。