軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父公爵

王太子主導で両公爵家の縁談がまとまったその夜のこと。

ダイモス公爵は血相を変えて国王の執務室へ怒鳴り込んだ。

『陛下! お約束が違います! “外交のカードに使うかもしれないから、少なくとも二十歳までは婚約を整えるな。そのかわり必ずや良い縁談を勧めてやる” と仰ったではないですか! 五つも年下のフォボスの小倅が良い縁談の相手だと?』

気色ばんで詰め寄る公爵に、『いかにも』と国王は静かに返した。

公爵は不敬にも程がある恐ろしい形相で国王を睨み付ける。

国王からは一つ溜め息が返された。

『上の娘は心配ない。それより問う。何故その愛情の半分でも、真ん中の娘に与えてやらなんだ』

静かだが明らかに怒気を含んだ国王の問いに、公爵は身をすくませた。

『あ、あれが悪いのです! 女なんぞに産まれおって。男にさえ生まれてくれば、妻は陰口に怯えることもなかった。三人目を作ることもなかったし、さすれば妻は死ななかった!』

公爵は手を握りしめ、ブルブルと震えた。

『よく言うわ。女子の相続権を認める法が成った後も、 其方(そなた) の態度は変わらなかったであろうが。そもそも第二子のリリアが女だったのも、第三子の出産時に夫人が身罷ったのも、責は子作りした己れの方にあるのではないか』

国王の視線に公爵は恐怖する。

『本当は知っておったのだろう? 自分よりはるかに賢い娘だと』

怒りで真っ赤だった公爵の顔から、一気に血の気が引いた。

公爵は視線を彷徨わせ、『あー』とか『うー』とか意味のない言葉を発してみたが、国王の眼光から逃げられる訳もない。

とうとう諦めて答え始めたが、その声は往生際悪くボソボソとしていた。

『我が家門の直系には、何代かおきに化け物じみて賢い子供が生まれます。その子は決まって菫色の瞳をしていて、長じて必ず家門に害をもたらして来ました。これは当主のみに口伝で伝えられる事柄で、そのことを知らなければあの娘の賢さに気付くことはなかったでしょう。あの娘は、“勉強だけはよく出来るが、容姿は凡庸で、社交もまともに出来ない根暗な娘”という仮面をものの見事に被っていましたから。ですが菫色の瞳の意味を知る私には、あの娘が恐ろしくて仕方なかった。あの娘が絡むと何一つまともに思考出来なくなるのです。どうしても可愛いとは思えなかった』

ライバルの公爵との反目、学院時代の失恋、生まれたのは女児ばかり、政略で娶った妻とは心を通わせることが出来たが、その妻も若くして他界した。

それでも客観的にみれば誰より恵まれた人生なのだろうと公爵は思う。

だからリリアのことも愛そうと思ったのだ。

憎んだことはない。

けれど恨んだことがないとは言えないと公爵は思った。

何故に自分の代に、女として生まれて来たのかと。

せめて長男として生まれて来たなら、跡継ぎとして大事に出来たと思う。

あの娘が『次女』として生まれて来た時、どこかに幽閉しようか、それともいっそ事故に見せかけて殺してしまおうか、正直言って迷ったのだ。

しかし何も知らない妻の悲嘆を想像すると、結局公爵は黙って育てる選択肢を選んだ。

『それでも関わらないでいることが精一杯の愛情でした』

『愛情ねぇ…』

溜め息を吐きつつ向けられた国王の冷たい瞳に射抜かれて、『あぁ、見透かされている』とダイモス公爵は思った。

『リリアに感謝することだな。邪険にされて育った娘が敵対派閥に逃げ込んで、その稀有な有能さを発揮すればどうなるか、考えなくても分かるであろうに』

公爵にはもう返す言葉もない。

『姉の方の縁談だとて、嫁入り先の誰かに実家の破滅の手伝いを強要されない為の保険だろう? フォボス家側にしてみれば、次男が婿入りしている以上、リリアの才能を使ってダイモス家に引導を渡すことは出来ないからな』

公爵は驚いて、俯いていた顔を上げ国王を見つめた。

ここまでは読めていなかった。

リリアが“公爵家の出来損ない”の仮面を被っているのを良いことに、妻の死後最低限の衣食住だけ与え、それ以外は徹底的に居ないものとして扱って来た。

再び幽閉することも考えたが、自分の目の届かないところに追いやるのも不安だった。

『他に取り柄がないからガリ勉で首席にしがみついている』という演技を見破れるような者はいなかったから、うるさがたの親戚もリリアについては何も言わなかった。

そこまで放置されて育ったリリアが、ダイモス公爵家のためになるような何かをするなどと、公爵は露ほども思わなかったのだ。

『何か事が思い通りにいかない時、誰かのせいにするのは簡単よな。まして自分より立場の弱い人間が相手なら。はてさて、菫色の瞳の子供が家門に害をもたらすのはいったい誰の責なのか』

執務室の隅で控えている護衛が国王の合図を受けて、ダイモス公爵を退出させた。

『“リリアの賢さ”を知っているという事実をあのリリアに悟らせないくらいの有能さは持ち合わせているんだ。其方が己れの有能さを認めて、もう少しリリアに寄り添っていれば、今とは違った親子関係を築けていたであろうに』

国王の最後の言葉は、公爵には届かなかった。