作品タイトル不明
王太子
その穏やかな性格を表現するように、茶系統の色合いで統一された王太子の応接室は、置かれた家具も柔らかいフォルムのもので一見質素にも見えたが、よくよく見れば精緻な彫刻が施された名工による一品ばかりだった。
呼び集められたのは合わせて 8名。
フォボス公爵家側は、公爵・公爵夫人・嫡男チャールズ(22)・次男ローランド(14)。
ダイモス公爵家側は、公爵・嫡女ヴィヴィアン(19)・次女リリア(17)・三女マリゴールド(12)。
ダイモス公爵夫人は、三女出産の折に他界している。
それぞれ緊張の面持ちを隠せない公爵家の面々に向かい、王太子はいつもと変わらぬにこやかな笑みを浮かべて話を始めた。
『これは国王陛下からの命であるからね、忠義で知られる御両家のことだ、異存は無いと思う。 しかし組合せに関しては、陛下からの御下知はなかった。ならば私の裁量範囲と考える。何か希望はあるかね?』
既に両家の子女の経歴や為人などを調べ上げ、内心ではある程度の目安は付けていたが、王太子は寛容さを示しながら両家の面々を順に眺めた。
が、しかしというか案の定というか、それに応える者はなかった。
『では、フォボス公爵家の嫡男チャールズ卿へ、ダイモス公爵家次女リリア嬢に腰入れして貰おう。異存は無いね?』
ふぅと大きく溜め息を一つ吐いてから、王太子は徐に自らの決定を告げた。
見回せば両公爵も頷いた。
『決まりだね』
王太子はそう言って、チャールズへと視線を向けた。
端正な容姿で、文武は両道。
性格も穏和で、人付き合いも良い。
非常にモテるが、浮いた噂一つ無い。
欠点が無いのが欠点だと揶揄われる人物だ。
『畏まりました。謹んでお受け致します』
流石に笑みは浮かべなかったが、チャールズは静かに答えた。
続けて視線がリリアに向けられた。
焦茶の髪に菫色の瞳、どちらかといえば痩せぎすな体型で、容姿に優れた両家の中である意味浮いている。
無口で俯きがちな性格は、大人しいといえば聞こえは良いが、根暗とか陰湿とかダイモス公爵家の出来損ないとか陰口をたたかれることが多い。
ドレスも地味めなものが多いため、蔑ろにされて育った中間子の典型と見られている。
リリアは俯き膝の上で固く手を握りしめていたが、王太子の視線を感じると顔を上げ真っ直ぐ王太子の目を見返した。
思いがけず強い眼差しに、一瞬王太子は怯んでしまう。
偉大な国王の陰、穏やかな口調と常に浮かべる優しげな微笑みで人畜無害を装う王太子が、実は誰よりもバランス感覚に長けた老練な政治家であることを知るものは少ない。
なにせあのカリスマの権化の下で、三十数年王太子の職を勤めて来たのだ。
王太子の中でのリリアの評価は、可もなく不可もなしだった。
フォボス公爵家の期待の星と言われる青年と、ダイモス公爵家の出来損ないと言われる少女、この二人には 5歳も歳の差があり、接点など一切なさそうなのに、不思議なことに昔から常に不仲説が付き纏う。
王太子の中でこの二人が縁組の第一候補だったから、今日この部屋に入ってからの様子もそれとなく見ていたが、チャールズもリリアも相手の顔を見ることは一度とてなかった。
それでも不仲説の真偽はさておいて、実家で放置されいずれどこぞの貴族の後妻にでもされるのならば、例えお飾りの妻であろうともニ大公爵家の次期当主の妻になるというのは、そう悪い話でもないように思えたのだ。
王命による結婚なのだから、そうそう酷い扱いはされないだろうと王太子は思っていた。
何か読み違えたか?
王太子が目を眇めてリリアを見た時、意を決したようにリリアが言葉を紡いだ。
『勿論、国王陛下並びに王太子殿下のご配慮による結婚は、大変名誉なことだと思っております。ですが嫁入りをするにあたり、心残りなことがございます。どうか一つだけ、私の願いを聞いては頂けないでしょうか?』
そういえばこの娘は、貴族学院の 3年間 一度も首席を譲ったことはなかったなと、調査書の内容を王太子は思い出していた。
『申してみよ』
鷹揚な体で王太子が問うた。
『有難う存じます。心配なのは、未だ婚約者のいない姉ヴィヴィアンのことでございます』
リリアがそう言うと、ダイモス公爵から息を飲む音が聞こえた。
『ヴィヴィアンは次期ダイモス公爵家の当主だ。 お前の代わりに嫁に出す訳にはいかん!』
王太子の御前にも関わらず声を上げた父公爵に、リリアはビクリと身体を震わせた。
けれども覚悟を決めるように一瞬ギュッと目を瞑ってから、リリアは父親を無視して王太子へ話を続けた。
そもそもつい今しがた『決定』という王太子のお言葉があったばかりだ。
リリアがフォボス公爵家へ嫁ぐことに変更はあり得ない。
『姉は幼い頃から、次期公爵家当主の仕事に加え、亡き母の代わりに公爵夫人の仕事もこなし、私達妹の面倒も見てくださいました。姉には感謝しかありません。そして私は、確かに微力ではありますが姉の仕事を手伝って参りました。私が嫁げば、残る姉の細い肩に掛かる重責はいかばかりのものでしょう』
『私に、そなたの姉の婚約者も見繕えと?』
リリアは小さく頷くと、言葉を続けた。
『出来ますれば、フォボス公爵家御次男ローランド様を』
『な?!』
今度は両公爵が揃って声を上げた。
王太子の御前で不敬極まりない。
全くこいつらは〜と両公爵の無作法さにイラッとしながらも、無視して王太子はリリアに意識を集中させる。
『姉君は御年 19だったな。そこへ 14歳の未成年を婿入りさせよと?』
王太子はリリアから視線を外さず、問い掛けた。
15歳が成人である。
リリアの姉ヴィヴィアンは、豊かな金髪と泣きぼくろが男心を唆るナイスバディな女神と讃えられる美女だ。
かたやローランドの方は、まだまだ伸び盛りの紅顔の美少年、ちょっと甘えたな性格で、お姉様方の心をキュンキュンさせている。
『年齢的には、妹のマリゴールドのほうが似合いかも知れません』
チラリと隣に視線を向ければ、ふわふわピンク髪の天使マリゴールドが、いつものお日様のような笑顔ではなく、蒼白な顔で少し震えながら座っていた。
『ですが、チャールズ様と私、姉とローランド様の子供が、それぞれ次の次の代の両家の当主となれば、その時の両家の当主は従兄弟同士。両家の和睦を望まれる国王陛下の御心に適うと思いますの』
これぞ名案とばかりにリリアは続ける。
『それに女の私と違いこれから政務に関わっていくローランド様には、中途半端にフォボス公爵家のやり方を学んでからダイモス公爵家へ入るより、最初からダイモス公爵家において次期当主の配偶者としての教育を受けられた方がご負担も少ないのではと思ってしまうのですが、それこそ女の浅知恵でしょうか…』
リリアは小首を傾げてみせた。
成る程と王太子は思う。
リリアの話の内容にではなく、彼女の心情に思い至って。
つまりは自分一人が敵地で苦労することなど容認出来ないと言うことなのだろうと、王太子はリリアの心情を推測する。
確かに幾ら気に食わない家から嫁いで来た嫁といえど、虐げる気にはならないだろう。
虐げれば自分の次男なり弟なりが同じ目に合うのだから。
逆も然りで、どうしたって嫁を大事にせざるを得ない。
それにおそらく『死なば諸共』なのだと王太子は考える。
自分が望まぬ家へ嫁ぐ代わりに、残る家族もまた望まぬ婿を迎えれば良いと。
年齢的に釣り合う相手と次期当主、どちらに婿入りさせるか考えた時、フォボス公爵夫妻なら後者を取るであろうことまで計算したか…。
嫁入り先での自身の身の保険と、実家への僅かばかりの意趣返し。
成る程、成る程…と王太子は思った。
『遠い先だが、従兄弟同士が良い意味で競い合い高め合ってくれるのなら重畳。ヴィヴィアン嬢は如何か?』
王太子は今度はヴィヴィアンに視線を向けた。
『殿下の御心のままに』
ヴィヴィアンは優雅に微笑んでみせた。
王太子は続いてローランドに向き直る。
ローランドは助けてと言わんばかりにキョロキョロと両親の顔を見るが、公爵は眉間に皺を寄せ、夫人は扇で顔を隠して、どちらも何ら言葉を発さない。
眉を下げ困りきった表情を浮かべながらも、ローランドは王太子にその未だ幼さの残る可愛い顔を向けた。
『はい。まだまだ未熟者ですが、ご期待に沿えるよう頑張ります。宜しくご指導お願いします』
ローランドがそう答えると、親世代の間にホッとした空気が流れた。
それでも不満気な表情を隠しきれてはいなかったが…。
ローランドは静かに立ち上がると、ヴィヴィアンの前へ歩み寄り膝をついた。
『ヴィヴィアン様、一生貴女だけを愛し、なにものからも守ることを誓います。どうか子供の戯言と思わず、僕…、私の真心をお受け取りください』
ヴィヴィアンは、一瞬大きく目を見開いてから、小さく笑みを浮かべた。
『はい』
返事は短かった。
耳の先が赤かった。
『先を越されたな』
次に声を出したのはチャールズだった。
チャールズは席は立たずに、真っ直ぐリリアを見つめて言った。
『君も次期フォボス公爵夫人として、しっかり学んでくれたまえ』
『はい』
リリアの答えも短かった。
王太子は何も言わなかった。