軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話 泣けば許されると思ったなら、ずいぶん楽な人生でしたね

翌朝、私はアルヴェイン皇宮の一室で目を覚ました。

柔らかな寝台、静かな室内、規則正しい足音。窓の外には整えられた中庭があり、春の光が白い石畳を照らしている。

ひどく平和だった。

昨夜、眠りに落ちる前まで、自分でも信じられないほど身体が重かった。けれど今は少しだけ楽だ。医師が言っていた通り、私は慢性的な消耗を無理やり押し隠していただけらしい。

朝食の後、侍従が一通の報告書を持ってきた。

差出人は国境防衛総監。

内容は、ルーヴェル王国の混乱について。

王都外縁は一夜で半壊。

魔獣侵入による負傷者多数。

王城の防衛は保たれているものの、民衆の怒りが爆発。

新聖女ミリアは結界復旧に失敗し続け、王子レナードは責任を追及されている。

私は報告書を読み終え、静かに机へ置いた。

驚きはない。

ただ、一つだけ予想を上回っていたことがある。

「一日、もたなかったのね」

私が呟くと、そばで控えていた侍女が気まずそうに目を伏せた。こちらの国の者にとっても、あまりに愚かな崩壊劇だったのだろう。

昼前、皇帝から呼び出しがあった。

執務室へ赴くと、彼は山積みの書類を前にしながらも、無駄のない所作で顔を上げた。

「体調は」

「昨日よりは良いです」

「それなら結構」

皇帝は一枚の文書を机の端へ滑らせた。

「ルーヴェル王国から親書が届いた」

開かずとも分かる。

助けてくれ、だろう。

「内容は三つ。第一に、誤解があったことへの遺憾。第二に、あなたの帰国要請。第三に、聖女として国難に尽くす義務について」

「義務、ですか」

「都合の良い言葉だな」

私もそう思う。

必要なときは搾取のために使い、不要だと判断した瞬間に捨てる。だが困ったら義務だの責任だのを持ち出して縛り直そうとする。

壊れた玩具を、持ち主面して返せと言う子どもと同じだ。

「返答はいかがなさいますか」

私が尋ねると、皇帝は椅子に深くもたれた。

「客人であるあなたの意思を優先する。だが念のため言っておくと、我が国はあなたを引き渡さない」

「……ありがとうございます」

「当然だ。希少な人材保護は国家の基本だろう」

そこまで言ってから、皇帝は少しだけ声音を柔らげた。

「それに」

「はい」

「捨てられた側に、捨てた側を助ける義理はない」

私は一瞬、言葉に詰まった。

まっすぐすぎる。慰めではなく事実として告げられるからこそ、胸に刺さる。

「では、お断りします」

「理由は」

「私が戻っても、あの国はまた同じことをします。危機が去れば、必要なくなった私をまた切り捨てるでしょう」

「その通りだ」

「そして何より」

私は少し息を吐いた。

「私は、もうあの国を守りたいと思えません」

自分で口にして、ようやくはっきりした。

私はずっと義務感だけで支えていたのだ。愛国心ではない。王子のためでも、妹のためでもない。ただ、国に住む人々が困るからと、それだけで耐えてきた。

けれどその人々の多くも、昨日、あの広間で私を断罪する側に回った。

それが悪意でなくとも、結果は同じだ。

私は使い潰され、最後は無能と罵られて捨てられた。

ならもう、十分だろう。

「承知した」

皇帝はそれだけ言った。

午後、私は皇宮の庭園で少し歩く許可を得た。

長く祈りの間に閉じこもっていたせいか、日差しを浴びるだけで妙に落ち着かない。けれど風は穏やかで、花の香りもやさしい。

そこで私は、見覚えのある顔を目にした。

ルーヴェル王国の使者だ。

いや、使者というにはあまりに必死な顔をしている。数日前まで王子の側近として私を見下ろしていた男が、青ざめた顔でこちらに走ってきた。

「エレノア様!」

侍従たちがすぐに前へ出たが、私は手で制した。

「何の用ですか」

「どうか、お戻りください! 王都は今、大変なことになっております! レナード殿下も、ミリア様も、皆エレノア様のお力を必要として——」

「皆?」

私は首を傾げた。

「婚約破棄を告げたのも、国外追放を命じたのも、不要だと言ったのも、皆さんでしたよね」

「そ、それは誤解が」

「誤解ではありません。大広間で、何百人も見ていました」

男は額に汗を浮かべた。

「し、しかし、国民に罪は——」

「ありますよ」

私は遮った。

「少なくとも、無責任に人を断罪した罪はあります。証拠も見ず、都合の良い涙を信じて、私を泥棒だの無能だのと決めつけた」

「ですが、あの方々は事情を知らず……」

「知らないことを免罪符にする気ですか?」

男は黙った。

私は淡々と続ける。

「私が戻れば、結界は一時的に回復するでしょう。でもそのあと何が起こるか、分かりますか?」

「……」

「すべて落ち着いたら、また私が悪者にされます。『国を危機に陥れたのはエレノアだが、寛大にも許してやった』という形で。違いますか」

男は、否定できなかった。

それが答えだ。

「お帰りください」

「エレノア様、どうか!」

「嫌です」

はっきり言うと、男は絶望したような顔になった。

そこへ、さらに別の足音が近づく。

私は振り返り、思わず目を細めた。

ミリアだった。

王宮から抜け出してきたのか、豪奢だったはずのドレスは汚れ、髪も乱れている。目は泣き腫らし、顔色は土のように悪い。

それでもこちらを見る目には、まだ甘えが残っていた。

「お姉様……!」

ミリアはよろめきながら駆け寄ってくる。

「来てくれたのね、よかった……私、怖くて、もうどうしたらいいか……!」

「止まりなさい」

私の声に、ミリアの足が止まる。

たぶん初めてだろう。私が、甘やかさない声を出したのは。

「お姉様、お願い……! 私、あんなことになるなんて思わなくて……少しだけ、私が認められたかっただけなの……! だから、ちょっとだけ、手柄を借りただけで——」

「借りた?」

私は思わず笑った。

「盗んだのでしょう」

「で、でも、私だって頑張ってたの! ずっとお姉様のそばで見てて、覚えようとして……!」

「見ていただけで、何も分かっていなかった」

「そんな言い方しないでよ!」

ミリアが叫ぶ。

「お姉様ばっかり、昔から期待されて! 私が少しでも褒められたら、みんなすぐお姉様お姉様って! だから私だって、一回くらい主役になりたかったの!」

ああ、そう。

結局そこなのだ。

国でも、責任でも、民でもない。

ただ、自分が気持ちよくなりたかっただけ。

「主役になりたかったから、私の仕事を奪って、嘘をついて、私を追放させたのね」

「だってお姉様は、なくても平気そうだったじゃない!」

「平気なわけないでしょう」

初めて、少しだけ声が強くなった。

「毎日吐くまで魔力を流していたのよ。眠れない夜も、倒れた朝もあった。それでもあなたや国のために黙って支え続けた」

ミリアの目が揺れる。

「でもあなたは、それを見て『楽をしている』と言った」

「……っ」

「泣けば許されると思ったのなら、ずいぶん楽な人生だったのね」

ミリアの顔から血の気が引いた。

「お姉様、そんな……」

「私は、もうあなたのお姉様ではありません」

血のつながりが消えるわけではない。

けれど、守る責任は終わった。

「帰って」

「いやよ……! だって私には、お姉様が——」

「私はあなたの保険ではないわ」

その瞬間、ミリアは崩れ落ちた。

子どものように泣き喚き、地面に手をついて何かを言っていたけれど、私はもう聞かなかった。

少し離れた場所で、その様子を黙って見ていた人物がいる。

皇帝だった。

「……失礼しました」

私が頭を下げると、彼は静かに首を振る。

「いい。必要なことだ」

そして侍従たちに目配せし、ミリアと使者を下がらせた。二人は半ば引きずられるように庭園から消えていく。

泣き声も、懇願も、やがて聞こえなくなった。

庭園に沈黙が戻る。

「少しは、楽になったか」

皇帝が問う。

私は考え、正直に答えた。

「……まだ分かりません」

「そうだろうな」

「でも、戻りたいとは思いませんでした」

「それで十分だ」

しばらく、風だけが吹いた。

*****

それから十日ほどが過ぎた。

私は皇宮での生活に少しずつ慣れ始めていた。食事もきちんと取れるようになり、医師からは「ようやく人心地ついた顔色になった」と言われた。

鏡に映る自分の顔は、王国にいた頃よりもいくらかましだった。頬のこけた印象が薄れ、目の下の影も軽くなっている。侍女には髪の艶まで戻ってきたと喜ばれたが、自分ではまだ落ち着かない。

ただ、一つだけはっきり分かることがあった。

以前の私は、あまりにも擦り減っていたのだ。

そんなある日の午後、侍従がやや困った顔で部屋を訪れた。

「エレノア様。ルーヴェル王国より、三度目の使者が」

「またですか」

「……今回は、第一王子レナード殿下ご本人です」

思わず、紅茶のカップを置いた。

本人が来た。

そこまで追い詰められているのか。それとも、まだ自分が出向けばどうにかなると思っているのか。

おそらく両方だろう。

「お通しになるのですか?」

侍従が慎重に尋ねる。

少し考えた末、私は頷いた。

「会います」

逃げる必要はない。今の私は、もうあの人に怯える立場ではない。

面会の場として用意されたのは、皇宮内の応接間だった。広すぎず狭すぎず、客人に礼は尽くすが、特別扱いはしない部屋だ。

窓際に立っていたレナードは、私が入る音に振り返った。

一瞬、その顔が強張る。

それが少し可笑しかった。

王国にいた頃の私は、いつも青白く、疲れ切っていたのだろう。今の私はまだ万全ではないが、それでも血色は戻り、姿勢もまっすぐだ。髪も整えられ、簡素ながら質の良いドレスをまとっている。

少なくとも、あのとき広間で一方的に断罪された“みすぼらしい裏方女”には見えないはずだった。

「……久しいな、エレノア」

先に口を開いたのはレナードだった。

その声音には、妙な気取りが残っていた。ひどく疲れているくせに、まだ自分が上位者であるかのように振る舞おうとしている。

「ご無沙汰しております、レナード殿下」

私が礼儀通りに返すと、彼はわずかに顎を上げた。

「私が直々に来てやったのだ。少しは恐縮したらどうだ」

……やはり、そう来たか。

「恐縮です、と申し上げればよろしいのですか?」

私が静かに聞くと、レナードは眉をひそめた。皮肉だと気づいたらしい。

「相変わらず可愛げのない女だ」

「王宮で不要とされた女ですので」

「そのことだが」

レナードは咳払いを一つし、こちらへ歩み寄った。

「……多少、言い過ぎた点は認めよう」

多少。

私は心の中だけで笑う。

「婚約破棄、聖女罷免、国外追放。ずいぶん盛大な“多少”でしたね」

「お前にも原因はあっただろう。もっと上手く立ち回れなかったのか? ミリアを刺激せず、私にきちんと説明していれば、あの場であそこまで話はこじれなかった」

出た。

謝っているようで、責任をこちらにも混ぜてくる。

しかも、自分の判断の誤りを認める気はない。ただ「お前が上手くやれば防げた」と言っているだけだ。

「つまり殿下は、ご自分の誤りではなく、私の説明不足が問題だったと?」

「そう極端に言うな。私も誤解していたのは事実だ。だが、お前は昔から黙って抱え込む癖があった。だからこうなった」

「……そうですか」

「だが今は非常時だ」

レナードは、そこで声色を変えた。

柔らかく見せようとして、失敗している声だ。

「もう過去の行き違いを責めている場合ではない。王都は混乱している。民も苦しんでいる。聖女として、国のために尽くす義務がお前にはある」

「追放した聖女に、ですか」

「一時の感情で言ったことを、いつまでも根に持つな」

私は、しばらく黙って彼を見た。

この人は本当に分かっていないのだ。

何が問題だったのかも、なぜここまで事態が悪化したのかも。

彼にとって私はまだ、使えば動く駒なのだろう。

「殿下は、帰還命令の信書をお持ちになったとか」

「ああ」

レナードはようやく本題に入れたと思ったのか、少し勢いを取り戻した。

「国王陛下の名において、お前に帰国を命じる。結界の修復、浄化陣の再構築、聖堂機能の回復を直ちに行え。これは王命だ」

そう言って封書を差し出してくる。

私は受け取らなかった。

「受け取れ」

「嫌です」

即答すると、レナードの表情が崩れた。

「……何?」

「嫌です、と申し上げました」

「王命だぞ!?」

「私はルーヴェル王国の聖女ではありません。殿下ご自身が、あの場でそう宣言なさいました」

「それは形式上の——」

「国外追放までしておいて、形式上、ですか」

レナードは言葉に詰まった。

私は一歩も引かずに続ける。

「私は不要で、無能で、妹の成果を奪う女だったはずです。そのような女に、いまさら何をお命じになるのですか?」

「状況が変わったのだ!」

「殿下のお立場が悪くなっただけでしょう」

空気が止まる。

図星だったのだろう。レナードの顔色がさっと変わった。

「……誰にそんなことを吹き込まれた」

「吹き込まれなくても分かります。三度も帰還要請が届く時点で十分です」

「私は、国を救うために来たのだ!」

「いいえ。ご自分の地位を救うためです」

レナードの唇が歪んだ。

「お前は、少し隣国に拾われた程度で、ずいぶん偉くなったものだな」

「拾われたのではなく、評価されたのです」

「何だと?」

「殿下と違って、こちらの方々は、誰が何をしていたかをきちんと見ておいでですから」

その一言が効いたのか、レナードはついに取り繕いをやめた。

「ふざけるな!」

怒声が部屋に響く。

「お前は私の婚約者だったんだぞ! 私に尽くし、王家に仕えるのが務めだろうが! 少し寛大に迎えに来てやっただけで、何を増長している!」

……やっと本音が出た。

謝罪でも説得でもない。

“迎えに来てやった”のだ。

やはり最後まで、自分が上から許してやる側だと思っている。

「寛大、ですか」

私は静かに笑った。

「婚約破棄し、国外追放し、全責任を押しつけた相手に対して、よくそんな言葉が使えますね」

「お前にも非はあったと言っているだろう!」

「ええ。ありました」

私はまっすぐレナードを見た。

「殿下のような方を信じて支え続けたことです」

「……!」

「妹だからと庇い続け、王家だからと耐え続けたことです。私はずいぶん愚かでした。でも、その愚かさもあの日で終わりました」

レナードが何か言い返そうとした、そのとき。

「その先は、我が皇宮で叫ぶ内容ではないな」

低く、冷えた声が部屋の入口から落ちた。

振り返るまでもなく分かる。皇帝だ。

レナードの肩がびくりと跳ねる。

いつからそこにいたのか、皇帝は近衛を二人従えたまま、無駄のない足取りで室内へ入ってきた。

「アルヴェイン皇国の保護下にある客人へ、恫喝まがいの帰還強要。ルーヴェル王国は、ずいぶん切羽詰まっているようだ」

「こ、これは我が国の内政問題で——」

「客人の意思を無視した時点で、内政では済まない」

皇帝は一瞥だけでレナードを黙らせた。

「しかも王命とやらを持ち出しておきながら、その実、責任の所在を曖昧にし、本人へ押しつけ直すための方便にしか見えん」

レナードの額に汗がにじむ。

「誤解です……!」

「誤解?」

皇帝の声音は淡々としていたが、そのぶん容赦がなかった。

「婚約破棄、聖女罷免、国外追放。この三つを公の場で執行しておいて、都合が悪くなったら“誤解だった”“迎えに来てやった”か。随分と安い誠意だ」

レナードは完全に押されていた。

それでもなお、最後の矜持なのか見栄なのか、私へ向き直る。

「エレノア、今ならまだ間に合う。戻れば、お前の名誉も回復してやれる」

「要りません」

「聖女の座も返す!」

「要りません」

「私とのことも、考え直してやらないでもない!」

「絶対にお断りします」

今度こそ、レナードは凍りついた。

その表情を見て、私ははっきり理解する。

この人は、本当にまだ通じると思っていたのだ。

少し押せば。

少し恩を着せれば。

少し譲歩したように見せれば。

私がまた、黙って従うと。

「殿下」

私は最後に、静かにはっきりと言った。

「私を捨てたのは、あなたです」

「……」

「なのに今さら、“戻る機会を与えてやる”ような顔をなさらないでください。滑稽です」

レナードの顔が、怒りとも羞恥ともつかない色に染まった。

皇帝が近衛へ視線を向ける。

「お帰り願え」

「はっ」

近衛が一歩前へ出ると、レナードは反射的に後ずさった。

「ま、待て! 私はルーヴェル王国第一王子だぞ!」

「でしたら、ご自身の国でそう名乗られるとよろしい」

皇帝は冷然と言った。

「ここでは、客人に縋りつくしかない無礼な男でしかない」

近衛に促され、レナードはよろめくように出口へ向かう。去り際に一度だけ振り返り、私を睨んだが、その目にもう以前の威圧感はなかった。

ただ、自分が失ったものの大きさをようやく理解し始めた男の、みっともない狼狽だけがあった。

扉が閉まり、部屋に静けさが戻る。

私はゆっくり息を吐く。

「……疲れましたか」

皇帝がそう問うので、私は少し考えてから答えた。

「いいえ」

本当に、そうだった。

「むしろ、終わったのだと思えました」

皇帝はわずかに頷いた。

「なら結構」

やがて皇帝が、いつもの実務的な口調で言う。

「ルーヴェル王国は、まもなくレナード王子の責任を公式に認めることになるだろう。民衆の怒りを抑えるには、誰かを切るしかない。最初に切られるのは王子だ」

「ミリアは」

「聖女詐称と王国防衛妨害の罪が問われる可能性が高い」

当然の帰結だった。

誰かを陥れ、奪い、泣いて許しを請うだけで、最後まで逃げ切れるほど現実は甘くない。

「あなたは今後、どうしたい」

皇帝の問いに、私は空を見上げた。

晴れていた。

雲ひとつない、眩しいくらいの青空だ。

「少し休んでから……この国で、今度はちゃんと役目を果たしたいです」

「義務感でか」

「いいえ」

私は首を振る。

「必要としてくれる場所で、必要なだけ」

それなら、たぶん続けられる。

皇帝はそれを聞き、わずかに目を細めた。

「ならば歓迎しよう、エレノア」

名前を、まっすぐ呼ばれる。

それだけのことが、こんなにも静かな救いになるとは思わなかった。

後日、ルーヴェル王国からの正式な帰還要請は三度届いたが、私はすべて断った。

レナードは王位継承権を剥奪され、責任を押しつけられたまま失脚した。

ミリアは聖女を詐称した罪で裁かれ、泣いても叫んでも誰も庇わなかったという。

私はアルヴェイン皇国で療養ののち、皇国聖務院の顧問として迎えられた。

王国にいた頃のように一人で背負わされることはない。人員は適切に配され、祈りの時間も休息の時間も確保され、成果は記録され、評価は正しく与えられる。

当たり前のことが、ここには当たり前にあった。

ある日の夕暮れ、皇宮の高台から街を見下ろしていた私は、ふと遠い祖国の方角へ目を向けた。

もう未練はない。

あの日、妹は泣きながら言った。

お姉様はいつも楽をしていてずるい、と。

だから私は、望み通り聖女の座を譲ったのだ。

結果どうなったかは、誰の目にも明らかだった。

座は譲れても、責任も、実力も、積み重ねたものも、簡単には譲れない。

それを思い知ったときには、もう遅い。

「……あら」

私は小さく笑う。

「どうして一日で国が崩壊しているの、なんて。今なら、私にも分かるわ」

最初から、あの国は私ひとりに寄りかかりすぎていたのだ。

壊れるべくして壊れた。

ただ、それだけのことだった。