作品タイトル不明
185 番外編 魚を食べる冬の午後
「ゴルじいが出て来なくなったんだ」
あいかわらず積もった雪がキラキラと輝くある日、村の少年がそう言った。
「ゴルじい?」
アセリアが尋ねる。
「牧場側の茶色い家に住んでるじいさんだよ」
「ああ、ゴドリンさんですわね」
そこでアセリアは、キョトンとした少年と顔を見合わせた。
「ゴドリン?」
そこへ割って入ってきたのはハルムだ。
「ゴドリンさんはゴルじいって呼ばれてるんだよ」
「ああ、同一人物ですのね」
アセリアも少年も、お互い呼んでいる呼び名を知らなかったようだ。
「出てこなくなった、とは、お家から?」
「そうなんだ。突然。もう3日くらい顔見てなくて」
「それは心配ですわね」
ゴドリンさんは、少年たちと仲が良く、色々と教えている人物だ。蜂蜜の取り方を少年たちに教えたのもゴドリンさんだった。
もし、病気や怪我で動けなくなっているのなら大変だ。
「ちょっと訪ねてみましょう」
そんなわけで、アセリアとハルム、それに少年3人がゴドリンさんの家の前に立つことになった。
ドンドン。
少年の一人が扉を叩く。
扉は、アセリアとハルムの家の扉ほど酷くなかったけれど、蝶番が悲鳴をあげそうな気配があった。
「ゴルじい!」
少年が呼んだところで、返事はない。
「仕方がないな」
ハルムがため息を吐く。
「扉を斧で壊して、中を確認するか」
そう言った瞬間、ガチャリ、扉が開いた。
中から、ゴドリンさんが顔を出す。
元気そうだ。とりあえず、やつれている風ではない。
「ゴルじい!何やってんだよ!みんなで魚食べるって言ったじゃん!」
確かに、湖から買ってきた大量の魚は、殆ど干しておいてあった。
そして、冬の食料として保存して、時々みんなで食べている。
少年は手土産に、魚の干物を持ってきていた。
「魚、魚か」
ゴドリンさんが、少年が紐でぶら下げている魚を見て、俯いてしまう。
魚、お嫌いなのですかしら。
「リーフのお肉にしましょうか?まだたくさんありますわ」
それはちょっとした、提案だった。
けれど、
「いや、」
とゴドリンさんは言いかけて。
「うぅっ」
膝をついて泣き出してしまった。
「ゴ、ゴルじい!?」
「わ、わしは……、魚が好きなんだ」
「え?」
みんながゴドリンさんをじっと見つめた。
ゴドリンさんによると。
昔はよく、湖まで魚を釣りに行っていたらしい。子供の頃はよく、父親に連れられて。
けれど、いつの頃からか黒い橋が壊れ、湖まで行くことは叶わなくなってしまった。
村には、使える馬車はなくなった。
だれも、村の外に出ようとはしなくなった。
魚も、食べることは出来なくなった。
それが、思い出の味だというのに。
「こんな姿、見せらんねぇだろうが……。本当にありがとう……。また橋を作ってくれて。ありがとう…………」
そう言って、魚を見つめたゴドリンさんは、また泣いた。
アセリアの目の前が潤む。
この村の一員になれてよかったと、そう、思う。
落ち着いてから、みんなで外で並んで魚を食べた。
オーブンで炙った魚は、初めて魚を食べたような気がするくらい、温かな味がした。