作品タイトル不明
184 番外編 暖炉の前で
淹れたばかりのお茶が温かい。
雪遊びで疲れた子供たちと一緒に、アセリアとハルムは村長の家に居た。
窓の外はまだ明るかったけれど、身体が冷えるのには十分な時間だった。
村長の家の一番大きな部屋では、暖炉があかあかと燃えている。
ドアのそばに、びしょ濡れのブーツを並べて置いた。
みんな、持ち寄ったタオルを踏み潰しながら、床に座り込んで身体をあたためた。
「座って」
アセリアが素足を晒していることにハルムは少し不機嫌そうだけれど、これはまあ仕方がない。
家の仕事がない日は、子供たちはよくここに居た。
冷えないようにここに居て、お年寄りたちの昔話を聞くのだ。
窓の外を雪を眺めながら、いつでもここで、冬が終わるのを待った。
子供たちが、あの尖った山にドラゴンがいると教わったのもこの場所だ。
「今日はジャム付きのパンだよ」
近所のお婆さんが差し入れを持ってきてくれる。
「わあ!」
子供たちが騒めいた。
「パンなんて食べていいの!?」
小さな子たちが、ワラワラとパンへ寄って行く。
「去年までは、冬にこんなに食べ物がなかったんだ。ありがたいことに、うちはそこまで雪は深くならないからさ、凍えて死ぬことは、……あんまりなかったんだけど。ご飯が食べれなくて危険だったことは、たくさんあるから」
そう教えてくれたのは、ハルムの横にいる、ハルムと蜂蜜取りをしていた少年だ。
「それなのに、わたくしたちを快く迎えてくれて。ありがたいことですわ」
村に突然二人も増えれば、食料のことだって不安になってもおかしくはないのに。
「若いやつは働き手になるから。それに……、あの時は二人、すごくいい見せ物だったよ」
確かに、どうみても貴族の二人がやってくれば、面白おかしく見ることだろう。確かに、最初の頃は特に好奇の目で見られたものだった。
パンで子供たちの口が塞がると、暖炉のそばに座ったお婆さんが、話を始めた。
「じゃあ、今日は何の話をしようかね」
静かな、火が爆ぜる音と、お婆さんの声だけが聞こえた。
膝に置いたカップから、まだ湯気が立ち昇る。
「じゃあ、遠いお国の山のお話!」
子供たちがリクエストすると、お婆さんがにっこりと笑った。
「そう、あれは遠い遠いお国のお話」
お婆さんの話が始まる。
なんて、柔らかで温かな声。
それでいて、聞きやすい。
アセリアは不思議に思う。こんな語りを聞いたことはなかった。
考えてみれば、これまでこんな物語を誰かから聞いたことなどなかった。
眠る時はいつだって一人だった。子守唄さえ、聞いたことはなかった。
聞いたことがあるものといえば、国王の演説や父の話ばかりだ。
物語に耳を澄ませる。
沁みますわね。
両手で包んだお茶を眺めた。
カップの中で、お茶が小さく揺れた。