作品タイトル不明
167 そのステップに誘われて
盛り上がっている広場では、楽器の音が響いた。
王宮で見たことのある楽器は、世の中の楽器の一部でしかないと実感する。
王宮で見た覚えのある弦楽器もあるのに、なんだか音が違う気がする。
アセリアは心を奪われた。
ランプの灯りの中で、音楽が流れていく。
近くの小さな子供たちが、ピョコンと立ち上がる。
その子供たちも音楽に感銘を受けた仲間のようで、手を繋いできゃあきゃあ言っている。
そこから派生するように、そこから波紋が広がるように、周りの人々が立ち上がる。
「あははは」
「いいじゃん、俺らも」
笑い声が音楽と重なる。
たくさんのクッションが空を舞い、中央に場所が空けられた。
わいわいと村人たちがステップを踏む。
「な、なんですの?」
ハルムの方を向いたけれど、少し驚いているだけで、アセリアほど戸惑っているわけではないようだ。
まだ、ダンスの時間ではありませんですわよね?
いいえ、そもそもダンスの時間なんてあっただろうか。
こんな形の祭りが存在するなんて。
ハルムと顔を見合わせ、苦笑する。
「アセリアちゃん発見!」
「アセリアちゃーん!」
ふいに、子供たちの声が聞こえた。ソフテたちだ。
両手をソフテとミルデに掴まれ、手を引かれる。
「踊ろ!」
「え、ええ」
戸惑いつつも、その誘いが嬉しかった。
これまでたくさんのダンスの誘いを受けたけれど、ここまで熱烈なものはない。
一歩を踏み出す。
その瞬間、サッと音が聴こえなくなった。
「あ、申し訳ありませんわ。やらなくてはならないことがあって」
「あ、うん。また後でね!」
わかってしまったのだ。
ステップの一歩を踏んだところで。
わたくしは、正確なダンスのステップしか踏めないのですわね。
足を踏み出したところで、次の正確な足運びをしてしまう。
子供の頃から身体に染み込んでいる、正確なステップ。
自分だけの自由なステップなんて、踏めない。
取り残される。
周りを見渡す。
取り残される。
村の人たちが、タパッタパッという軽快なタップ音と共に広場を思いのままに動き回る。
わたくしは、あの中には入れないのですわね。
その時だった。
後ろから、アセリアの手を、誰かがさらっていく。
手が、引かれる。
見上げると、ハルムの後ろ頭が目に入った。
「…………ハルム?」
力弱くその名を呟く。
ハルムが、アセリアの手を、引く。
抱きしめられるみたいに、アセリアはハルムの胸に、ポン、とぶつかる。
見上げると、ハルムがこちらを見下ろしていた。
耳元でハルムが面白そうに呟く。
「踊りましょう」
「ええ。でもわたくし……っ」
「おや、お嬢様はダンスが下手なんですか?」
言いながら、ハルムがステップを踏む。
「そんなことはありませんわ。けど……っ」
「お嬢様なら、音楽に合わせた速さで踊れるんじゃないですか?」
ドキリとする。
「……そうですわ」
下を向いて、ハルムに合わせて綺麗なステップを踏んだ。
正確なワルツ。
ああ、そうですわ。
なんでもいいということは、これでもいいんですわね。
顔を上げると、ハルムの笑顔が見えた。
「お嬢様は、ダンスがお得意ですもんね」
「ええ、そうですわっ」