作品タイトル不明
153 嵐のようななんとやら、ですわね(1)
「馬車が来たぞ!」
「あの白い馬車は……!?」
村人には王子が来る話はしなかった。
けれど、王家の馬車は独特だ。白地に赤の紋様が描かれている。そこに金の装飾があったなら、どこの片田舎でもそれが王家の馬車であることは明白だ。
「……来ましたわね」
アセリアは、畑の中から顔を上げた。
いつもの格好だ。
指先で、ハルムからもらった赤いリボンがついていることを確認する。
ハルムもいつもの格好だけれど、まるでスイッチが入ったように無表情の執事の顔になった。
ハルムがその手を差し出してくる。
手に手を乗せて、アセリアは騒がしい方へと歩き出した。
懐かしい馬車が見える。
あの馬車に乗る日が来たら、その時はもう国を守る人間なのだと、諭されたことがある。
村人たちは道の脇に並び、帽子を取り、頭を下げている。
そう。それほどあからさまに王家の馬車なのだ。
それはつまり、公式の訪問であるという証拠だった。
公式訪問での用事とはなんだろうか。
公での処刑か、もしくは役人として連れ帰るかだろうか。
まさか、国公認の愛人ではないだろうとあたりをつける。
見たところ、馬車は三台。
騎馬隊などを連れている気配はないけれど、護衛騎士はいるので油断は出来ない。
馬車に誰が乗っているかわかりそうなほど近くまで来た時、馬車は「止まれ!」などという騒々し掛け声と共に仰々しく止まった。
中からまず出てきたのは、見知った老執事だ。
王子を育てたも同然の人。
けれどそういえば、あの方と言葉を交わしたこともございませんでしたわね。
それほど、王子とは仕事上だけの関係だったのだと、改めて思う。
開かれた扉の向こうから、紺色の高級な服を着た降りてくる。
薄茶色の髪。端正な顔立ち。ペンより重いものは持ったことがなさそうな細い手。
その青年こそが、シルメオン王国第一王子、エドウルフ・リアン・シルメオン、その人である。
かつて、わたくしの婚約者だった方。
眺めていると、突然、ハルムの背中で視界が遮られる。
……本当に、守ってくれますのね。
ハルムと共に頭を下げる。
下を向いていても足先が見えるほどのところで、エドウルフが立ち止まった。
「アセリア……?」
疑いながらもこれがアセリアなのだと認めると、エドウルフは口を開く。
「どうか顔を上げてほしい。君に話があって来たんだ」
その物言いに、周りの村民たちはざわついた。
あの人たちは、わたくしが誰なのか知らない。
けれど知らないのに、ここまでこれほどわたくしたちを受け入れてくれた。
とりあえずは顔を上げろと言われたので、顔を上げる。
ハルムが無表情のまま、じっとエドウルフを見た。
エドウルフはエドウルフで、横柄な態度でハルムの姿を検分するように無言でハルムを眺めた。
「執事、か。まだ、アセリアのそばに仕えているんだな」