作品タイトル不明
150 その吐息一つで
ギクシャクとした夜を過ごした。
言葉は少なく。
小さなミスが多かった。
アセリアは見た目でわかるほど顔を火照らせて、なんとか平静を装っていた。
夜中になれば、脳裏にあの時のアセリアの顔ばかりが浮かんだ。
その日はアセリアの寝息は聞こえなかったけれど、そのことさえも何かのきっかけになりそうで、頭から追い払った。
ベッドの上の布団の膨らみさえ、なんだか意識してしまい、冷や汗をかいた。
やってしまった……というよりは、正直、なんとか踏みとどまった、というほうがしっくりくる。
踏みとどまり続けなくては。
執事として。
けど。
正直、またあんな顔をされたら、どうなるかわからない。
慰めたかったんだけどな。
何があったのかついぞわからなかったが、聞き出す前に爆弾を落としてしまったがために、それもわからず仕舞いだ。
翌朝は、なんとか洗濯や朝食の用意で心を落ち着かせる。
いつもと同じことをして、少しずつ落ち着く。
朝食で正面に座るアセリアは、目が合いそうになるとふいっと顔を逸らした。
かわいい。
口付けも、ダメだろ、と思う。
ダメだっただろ、と思う。
とは、思う。
「じゃあ、髪を梳かしますね」
「……ええ」
思うけれど、アセリアが頬を染めるので、何がダメなのかわからなくなった。
もし嫌われていないのでなければ。
考える。
執事という立場が、何なのか。
俺は、アセリアの何なのか。
一体何を、与えられるというのか。
目の前のアセリアのキラキラと輝く金髪。
手で掬うと、なめらかで手からこぼれていくみたいだ。
その髪を手で掬い直し、毛先から髪を梳かしていく。
いい香りがするけれど、踏みとどまらなければ。
俺はアセリアを傷つけたいわけではないのだから。
息の仕方を整える。息の仕方が、これで合っていればだが。
櫛を入れていくと、
「……っ!」
と、吐息が聞こえた。
その吐息に、心臓が跳ね上がる。
そっとアセリアの様子を覗くと、首筋まで真っ赤になっていた。
アセリア……?
止まりそうになった息を整える。
手が正しい動きをするよう、細心の注意を払う。
見なかったことにした。
真っ赤になった首筋も。
緊張で張り詰めた肩も。
震えるような頬の線も。
そんな反応はずるいだろ。
甘すぎる。
味を知ってしまうと、見る度に味を思い描いてしまうリンゴみたいに。
これを我慢しないといけないというのだから、もうすっかりハルムには、家の中が甘い地獄にしか見えなかった。
髪を梳かす。
震えそうな手で。
いつもよりゆっくりと。
いつもより丁寧に。
本当にどうして、この家には部屋が一つしかないんだよ。