作品タイトル不明
148 それは脅威か恩恵か(3)
まったく。余計なことを。
色々とモヤモヤしつつ、ズカズカと家へ戻る。
夜が差し迫っている。
暗くなり切る前に家へ戻らないと、今はランプを持っていない。
会話が長くなってしまい、思ったより時間を食った。
まあ、アセリアを守ること以上に大切なことなんかないけれど。
ギ。
扉がいつもの音を立てて開く。
そこで、足元に、コン、と何かが当たって、なんだかいつもと違う空気を感じた。
「…………?」
ニンジン?
瞬間的にドキリとする。
アセリアに何かあったんじゃないかと、慌てて中に入った。
けれど。
中は、思った以上に普通だった。
いつものように煮立った鍋からは、バターの匂いがした。
いつもの丸いパンが用意してある。
そして、アセリアもそこにちゃんと存在していた。
ほっと息を吐く。
「ただいま、帰りました」
「おかえりなさい」
返事が返ってくる。
けど何だ?この違和感。
いつもの笑顔はどうしたんだ?
いやなものを感じる。
どうしてこちらを向かない?
アセリアはどんなときだって、顔を上げて挨拶してくれるのに。
テーブルのそばでパンの準備を始めたアセリアに、一歩近付く。
「お嬢様」
声はいつもより、緊張の色を帯びる。
何もなければいい。何もなければ。
けれど、その声に飛び上がるようにこちらを向いたアセリアの様子は、やはりおかしかった。
力のない顔。
ランプに照らされた頬には、涙が流れた跡が見て取れた。
え…………?
どうして、そんな顔をしてる?
王子が来るわけはない。突然は来れない。じゃあ畑で何かあったのだろうか。こんなに長い時間、離れるんじゃなかった。
こんなアセリアを、一人にさせてしまうなんて。
「どうかしましたか?」
出来るだけ、優しい響きになるように、声に力を入れる。
尋ねると、アセリアの瞳から力が抜けた。
ああ、泣いていただろうに、また泣きそうだ。
どうして。
慰めた方がいいかと。また、頭でも撫でていいのかと。
抱きしめたいとそう思いながら、また一歩、アセリアに近付く。
ランプの灯りの中で、アセリアの瞳が揺れる。
アセリアが、ハルムのシャツをぎゅっと掴んだ。
縋るように。
アセリア……?
ハルムは少しだけ息を吸う。
抱きしめれば抱きしめられる距離。
吸い込まれるほど近い瞳。
腰を支えるように、背中に手を滑らせる。
涙で濡れた髪。
今まで泣いていたような、熱くなった頬。
ハルムの顔にアセリアの吐息がかかった。
衝動に駆られて、手が強張る。
このまま……。
いや、何考えてるんだ。
こんな時に。
けれど手の汗は引かず。
その手を離すことは出来なかった。
離すことは出来ないのに。
アセリアの瞳が、ふっと伏せられたから。
ハルムは最後の一歩を踏み込む。
背中の手に力を入れる。
もう一方の手で髪を撫でるように頭を支えると。
ハルムはその唇で、アセリアの唇に触れた。