作品タイトル不明
147 それは脅威か恩恵か(2)
その日から、ミルドリックに王都の状況を聞く時間を設けた。
あまりアセリアに聞かせたい話ではない。
少なくとも、噂話の域を出ない今の時点では。
あんな手酷い振られ方をして、また王子の名前なんて聞いたら、アセリアがどう思うか。
いや、俺は怖いのかもしれない。
王子が会いに来るなんて話をして、一瞬でもアセリアの目が輝いたりしたら。
「じゃあ、あのドレスをこの村で売ったことがバレたのか」
「そういうこと。商人はよくやったわ。何人もの商人を介して、ドレスをサジェッサまで持っていったんだもの。ただ、その中の商人の一人が迂闊だっただけ」
「ギルラインが後ろにいるってことは、王子派には騎馬隊がついてるな」
「それは間違いないと思うわ」
「とりあえずルーシエンの諜報部がいないことがせめてもの救いか」
「そりゃあ、娘と破談になったんですもの。公爵家として王家になめられるわけにはいかないでしょうね。けど、」
ミルドリックが口ごもったところで、ハルムは顔を上げた。
サラサラとした川の流れる音だけが、聞こえる。
「けど?」
「王子と新しい婚約者との評判が、上がってきてるの。公爵が折れる日も来るかもしれない」
「そ、っか」
遠く山を見る。
切り立った、ドラゴンがいると子供たちが騒ぐ山だ。
「いっそ逃げるか。お嬢様と二人で。あの山の向こうまで行けば、すぐに国境だ」
そんな理想を語ると、ミルドリックがクスクスと笑った。
「ハルムお兄様は動かない方がいいと思うわ」
「そんなわけにはいかないんだ」
「甘えっ子なのね」
「うるさいよ」
ミルドリックの、下からの揶揄うような目。
そりゃあ、アセリアの執事だから離れることはないが、甘えているわけではない。
「そんな心配しなくても、何も起こらないことだってあるでしょ」
「俺だってそう思いたい。けど……何かあったらどうしてくれるんだ?」
あらゆることを想定して、全てに対策しておかなくては落ち着かない。
何もなければそれがいいんだ。
それなら、アセリアは俺のそばにいるってことなんだから。
「だからって、村から逃げたところで、先はないじゃないの」
「わかってる」
もちろんそうだった。
ドレスまで見つけ出した王子の配下にいる人間が、人間二人を見つけ出せないわけはない。
ミルドリックが、口を閉ざす。
じ……っと考え込むような素振りを見せた後、小さく呟いた。
「なんだかおかしいわ」
何か別の可能性があったのかと、ミルドリックを睨みつける。
「どうした?」
「お兄様よ」
「俺が?」
「真剣すぎるわ」
眉を寄せる。
そりゃあ、真剣に決まっている。アセリアの人生がかかっているのだから。
「仕事に本気なのは昔からだけれど、主人のためにそこまでする人だったかしら」
ハルムが何かを口にする前に、ミルドリックは一人、黒目をくるりと回してみせる。
「もしかして」
ミルドリックの視線がハルムに固定された。
「愛?」
その瞬間、ぼわっとハルムの体温がわかりやすく上昇したのだ。