軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 想いを胸に

「時間だ。今日はここまで。次回は人口減少地域の地域活性化の成功事例の講義を行う。ケースディスカッションもするからある程度は資料を調べておくように」

チャイムが鳴ると同時に講義を行っていた准教授がそう予告して教室を出て行った。

途端に教室は弛緩した空気とざわめきが戻ってくる。

「 皇(・) ぃ、午後も授業あるんだったら一緒にメシ行かねぇ? ちょっと卒論の内容で相談にのってほしいんだけど」

「ゴメン、午後はちょっと用事あるから自主休講なんだ。って言っても教授から頼まれたのもあるから出席にしてくれるらしいけど。来週なら時間作れるけど、それでも大丈夫?」

「ああ。もうテーマも決まってて資料も揃えたんだけど構成に悩んでるんだよ。まだ提出まで余裕あるから頼むわ。ってか、また大貫教授の無茶振りか? あの人、皇の人脈に頼り過ぎてねぇか?」

「あはは、僕も知り合いに会いに行ける口実もらってると思ってるから」

地域経済論のテキストをカバンにしまいながら、話しかけてきた友人に笑いかける。

「といっても、やっぱり凄ぇよな皇は。俺だったら大企業のCEOと直で話なんて機会があったとしても緊張してとてもできねぇわ」

「ん~、僕にとっては友達の親御さんだしね。それに今日はアメリカから孫に会いにジェイクさんが来てるから」

「……世界でも5指に入る大富豪と気軽に会えるお前が恐いわ」

そんな会話をしながら教室を出ると、廊下ではふたりの女性が陽斗を待っていた。

「陽斗さん、授業お疲れさまです」

「穂乃香さん、あ、えっと、ほ、穂乃香、お待たせ」

近くに友人が居るためかそれとも癖が出たのか、つい以前のように呼びかけ、穂乃香の不満そうな顔を見て慌てて言い直すと、彼女の口元が嬉しそうに綻ぶ。

「ぶぅ。陽斗、穂乃ちゃんしか目に入ってない」

「あっ、華音もお疲れさま。ふたりとも早いね、授業無かったの?」

私は不満だとばかりに唇を尖らせて口を挟んできたのは、こちらも陽斗の友人で、大学でも音楽科に在籍する羽島華音だ。

「わたくしの方は授業が早めに終わったのと、教室がすぐ近くだったので」

「ウチは自主休講。というか、練習棟でピアノ弾いてたらいつの間にか授業時間過ぎてた」

穂乃香の取った金融論は同じ階のふたつ隣の教室だったのですぐ来られたが、華音の方は相変わらずのマイペース具合で授業をサボったらしい。

今から単位は大丈夫なのかと心配するが、音楽科はコンクールの入賞なども単位として考慮されるので大丈夫、というのは本人談。

「まだ少し時間に余裕はありますが、このまま向かわれますか? それとも着替えに戻ります?」

「ん~、このままで大丈夫かな。途中で軽くなにか食べておこう。夜はジェイクさんたちと会食だし」

「そうですわね。華音さんも一緒に乗っていくでしょう?」

「当然。陽斗の独り占めはギルティ。ジャネちゃんや 光輝(こーちゃん) と会うのも久しぶり」

「 義祖父様(おじいさま) と桜子さんは別で向かわれるそうですわ」

「…………」

「ん? 丸山、どうかしたのか?」

自分との会話を終え、穂乃香たちと一緒に立ち去っていく友人の後ろ姿をぼんやり見送っていた丸山に、別の男が声を掛ける。

「いや、やっぱ四条院さんって綺麗だよなぁ。名家のご令嬢だし、見た目だけで無く性格も滅茶苦茶良いし。皇が羨ましいぜ」

「まぁなぁ。さすがに高嶺の花も良いところだけど気持ちはわかる。NTRでも狙ってみるか?」

「冗談でもマジやめろ。俺はまだ死にたくないぞ。だいたい、俺みたいな庶民に毛が生えた程度の家柄でそこそこの将来性しかない奴に四条院さんが振り向いてくれるわけねぇだろ。アイツは優秀だし性格だって良い。なにより、両家に認められた婚約者同士で、しかも 皇(・) だぜ?」

陽斗と穂乃香は大学の入学と時を同じくして正式に婚約した。

もちろんまだ学生であり、大々的に発表されたわけではないが、それ以降、社交界に出席する時は常にお互いをパートナーとして同伴し、関係を訊ねられた時は隠すことなく認めていたため、3年以上経った今では財界で知らない者はない。

そしてもうひとつ。

婚約と同じ日に、陽斗は祖父である重斗と養子縁組を行い、名前が皇 陽斗に変わった。

もちろん陽斗にとって両親の姓である『西蓮寺』も思い入れのある大切なものだ。

だが、同時に、祖父重斗の跡を継ぐという目標において『皇』の姓は大きい意味を持つ。なにより、重斗の血筋は今や陽斗と桜子しかおらず、このままでは将来、皇という家名が消えて重斗の足跡が薄れてしまうかもしれない。

後押しになったのは、戸籍や身分証明書に 旧氏(きゅううじ) が併記できるようになったことだ。これならば陽斗は皇と西蓮寺、どちらの姓も名乗ることができる。

そもそもが養子縁組という制度は、実親との縁を切って養親と新たな親子関係を作るわけではなく、実親に加えて養親と親子になる、つまり親が増えるというものだ。

血脈も戸籍も縁も、陽斗と決して切れることはない。

陽斗にとって皇の姓を名乗ることは両親との繋がりはそのままに、重斗や桜子との繋がりをより太くするための手段となる。

「それに、総額がいくらになるか想像もつかないような財産なんて、並大抵の人間が扱えるわけがないぜ。ホントに神様ってのが居るのかもしれないと思うことがあるよ。アイツを見てるとさ」

「かもな。なんにしても、俺たちみたいな庶民は皇と知り合いになれただけで十分すぎるほどの幸運だよな。甘えるつもりも利用するつもりもないけど、どうにもならないくらい困った時には話くらい聞いてくれるかもしれない。って思えるだけで十分だろ」

「ガン保険みたいだな」

「実際御利益があるだろ? 皇と同じ大学同じ学部で就活落ちた奴誰も居ないんだぜ。それに、皇と四条院さんに充てられて学内のカップル成立率が過去最高ってメディア研究会が統計出してたし」

「……拝んでおくか?」

「……そうしよう」

友人たちはそう言って笑い合った。

『久しぶりだな、少年』

『ジェイクさんにアマンダさん、ご無沙汰してます。日本にようこそ』

皇家の警備班が羽田から送迎してきたジェイクを陽斗はホテルのロビーで出迎えた。

『フィアンセのお嬢さんと、おお! ピアニストの娘も会いに来てくれたのかい。嬉しいよ』

80代も半ばを超えているとは思えないほどの声の張りでジェイクは相好を崩す。

相変わらず車椅子に乗ってはいるが、初めて会った頃よりもむしろ元気になっているように見える。

そして彼の車椅子を押している3番目の妻であるアマンダ・リシュエルも穏やかな笑みを浮かべて陽斗たちに礼をした。

『私たちと会うよりも喜ぶのってどうなのよ』

『うふふ、ヤキモチ焼かないの。お父様、久しぶりね。元気そうでなによりだわ』

不満そうに文句を言いながら近づいて来たのはジャネットとその母、アンジェリーナだ。

言葉はともかく、久しぶりに祖父(父)と会えたのは嬉しいようで、すぐにそばによってハグを交わす。

『ふむ。ジャネットも相変わらずのようだな。コーキとは少しは進展しているのか?』

『も、もちろんよ。もうコーキは私にメロメロなんだから』

『嘘を吹き込むな嘘を。何度も言ってるが俺は婿入りするつもりはねぇ』

少し遅れてロビーに到着した光輝がジャネットの頭をコツンと叩く。

ふたりの関係は相変わらずのようだ。

『ピアノがあるな。スメラギが到着するにはもう少し掛かりそうだし、ミス・カノン、良かったら一曲弾いてくれるかな』

『もちろん♪』

ジェイクの提案にいそいそと華音がロビーに置いてあるピアノに向かった。

陽斗たちが最初にアメリカに行った時、華音もついてきていたのだが、その時に彼女の演奏を聴いて以来、すっかり気に入ってしまったらしくそれから何度か華音をアメリカに招いて自分とアマンダのためだけに演奏会を開いている。

華音の方も割の良いアルバイト感覚で楽しんでいるようなので陽斗と穂乃香も何も言わない。

ちなみに、黎星学園を卒業した後、彼女はちゃっかりと皇家の迎賓館に自分の部屋を確保して、そこから大学に通っている。

華音の手がゆっくりと鍵盤に降りる。

弾き始めたのは19世紀の作曲家フランツ・リストの愛の夢第3番。

複雑ではないが、それだけに情感をこめて演奏するのは難しい曲だが、華音はゆったりと、そして情熱的に深い愛を語りかけるように紡いでいく。

5分ほどの短い曲が終わり、今度はヨハン・パッヘルベルのカノン。

そして、その後はフェリックス・メンデルスゾーンのもっとも有名な曲が続く。

「もう。華音さんたら」

穂乃香が頬を赤く染める。

華音の意図は明らかで、奏でる曲は全て結婚式で流れるクラシック音楽ばかりだ。

「あはは、ちょっと恥ずかしいかも」

陽斗も困ったような、それでいて嬉しそうな顔で頬を掻いた。

『彼女もおふたりを応援しているのですよ』

『いつだったか、儂の家で食事を共にした時に言っていたな。諦めきれないからいっそのことさっさと結婚すれば良いのに、と』

ジェイクの言葉に陽斗と穂乃香は驚いて顔を見合わせる。

華音はいつも陽斗の愛人になりたいとか、穂乃香に飽きたらいつでもカモンなどと口にしていたので冗談だとばかり思っていたのだが、少なくとも陽斗に淡い想いを抱いていたのは確かなようだ。

陽斗と穂乃香は半年後、大学卒業と同時に結婚式を挙げる予定だ。

華音はそれを聞いても態度を変えることなく、これまで通りふたりに接している。

普段はぼんやりとしてつかみ所のない印象だが、華音の感受性は豊かだ。

そうでなければ若くしてあれほど情感をこめた演奏などできないだろう。

そんな彼女だからこそ、陽斗と穂乃香が心の奥深くで繋がり、互いに支えあっていることを感じて無理に割り込もうとしなかった。

「僕は、沢山の人から色んな想いをもらってる」

「……陽斗さん」

「お父さんもお母さんも、大沢社長、お祖父ちゃん、桜子叔母さん、華音、コーくんの両親、他にもいっぱい」

「みんなが言うんだ。幸せになれって」

「…………」

「とても返しきれないくらい沢山のものをくれた人たちに僕ができることってあるのかな」

「それはたったひとつだけ、ですわね」

「それは?」

「陽斗さんが幸せになること。亡くなった陽斗さんのご両親が心から望み、陽斗さんを大切に思っている義祖父様や桜子さん、友人の方々が願うのはそれだけですわ。もちろんわたくしも、華音さんも」

「もう十分に幸せだよ」

「まだまだですわ。わたくしがもっともっと陽斗さんを幸せにしますから」

「すっかり役目を奪われちゃったわね」

「そうだな。だがそれで良い。あの子に必要なのはこれから先もずっと寄り添ってくれる家族だ」

「あら? もう甘やかすのはやめるのかしら」

「そんなわけがないだろう。むしろ、気兼ねなくドンドン甘やかせるというものだ」

いつの間に合流したのか、重斗と桜子は寄り添うふたりを見つめて笑い合った。