軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第211話 傀儡師

陽斗が穂乃香、重斗、桜子と共に控え室を出ると、すぐ近くにあった大きな扉が開かれていて、高桑が手で中に入るように促した。

会場は正面に演壇が設けられ、10人掛けの円卓がいくつも並べられている。

円卓の上はナプキンやカトラリーが並べられ、それぞれの場所に招待客のためのネームプレートが置かれている。

高桑の先導で通り過ぎた陽斗の目に入るネームプレートに書かれた名前は、最近読み始めた経済誌で何度も見た名前ばかりで、落ち着いていた陽斗の緊張がぶり返してくる。

「こちらです。招待したお客様が揃うまでもう少しだけお待ちください」

「うむ。ありがとう」

「あ、ありがとうございます」

重斗に続いて陽斗も礼を言うと、高桑は穏やかな笑みを浮かべて小さく頷いてから離れていった。

同じテーブルに四条院夫妻と天宮夫妻も座る。

「改めて招待客を見ると錦小路家の影響力のすごさを感じますね」

「我々もそれなりの企業を率いていますが、さすがにこれほどの規模で人を集められるほどではありませんから。皇氏であれば可能でしょうが」

彰彦の言葉に、蓮次も苦笑気味に応じる。

重斗はこういった大々的な催しを好まないのを知っているのであくまでたとえ話だったが。

そうこうしているうちに徐々に会場の席が埋まっていく。

入ってくる人たちはほとんどが年嵩の男女で、壮年と呼べる歳の人はごくわずか。陽斗と穂乃香のような若い人はほとんど居ない。

招待客の多くは日本人のようで、西洋人らしき人も数人見られる。

席の大部分が埋まった頃、会場の扉が閉じられ演壇に錦小路家の当主、正隆が姿を現した。

「お待たせしました。今宵は私ども錦小路家が主催する晩餐会に足を運んでいただき、心より感謝を申し上げます」

正隆はそこで一度言葉を切り、意味ありげにわずかな笑みを見せる。

「さて、本日は特別なお客様をお招きしております。皆様、拍手でお迎えください」

その言葉と同時に、再び大扉が開かれる。

「 黄偉(ホアン・ウェイ) 様、 劉浩然(リュウ・ハオラン) 様、どうぞ!」

呼び出しの声と共に会場に入ってきたのは杖をついた老人と壮年の男の二人。

招待客たちが一斉に拍手を鳴らすなか、ごく自然な仕草で足を進める黄と、やや腰が引けた様子の劉。

やがて演壇の正面の円卓、つまり陽斗たちの座る席の対面側までふたりが歩いてくる。

『つまらん虚仮威しだな』

黄が不機嫌そうに中国語で吐き捨てる。

「そう思うのかね」

ピクリ。

誰に聞かせるというつもりもなかったのだろう。重斗が日本語で言葉を返すと、黄はさらに眉間に皺を寄せる。

『小物を集めて儂を囲み、晒し者にでもした気になって悦に入る。小日本の考えそうなことだ』

「ククク、その日本の技術がなければ電化製品一台、車一台すら作れず、なりふり構わず人の作った会社を盗もうとしている者の言葉とは思えんな。お国が自慢する半導体や造船の基幹部品を作っているのはどこだ? 製造装置を作っているのは? 自覚があるから他国の企業を買い漁っているのだろう」

黄と重斗の間に一触即発の空気が流れる。

会話をしているふたりだが、黄は中国語、重斗は日本語で、それぞれ相手の言語は聞き取れているが互いにまったく譲る様子はない。

『若造が、儂を甘く見すぎではないか?』

「甘くなど見ておらんよ。実際、中国の影響力は大きい。世界中に広がる華僑の資金力も、個人で太刀打ちできるものではないのでな」

あくまで驚異なのは国とネットワークであって黄個人ではないと暗に仄めかしながら応じる重斗に、老人は面白くなさそうに鼻を鳴らす。

重斗と黄の会話が途切れたのを見計らったかのように、そのタイミングで正隆が再び演壇に上がった。

「ご歓談の中ではありますが、今宵はいくつかの講演をお願いしている方がおります。お食事が揃うまでの間、どうか御傾聴ください」

そう言って演壇を降りた正隆と入れ替わりに、初老の男性が立った。

経済誌やメディアでもたびたび取りあげられる経済界の重鎮と呼ばれる男性だったが、話はそれほど長くなく、内容も経済界という大きな話はせず、身近な家庭の話などをユーモアを交えて、招待客から笑い声も漏れる。

その後にも数人が演壇に上がり、様々な話を披露していくが、招待客のほとんどは大手企業の創業家や経営者、著名人だ。

にもかかわらず、不自然なほど他国との関係や国際的な経済に関する話が出ていない。

わざわざ自分たちを招待したのに、一切そのことに触れることなく講談が進行していくことに劉の顔に困惑が浮かぶ。

黄のほうはというと、不機嫌そうな顔はそのままだが、ふてぶてしい態度とは裏腹に、ふとした拍子に居心地が悪そうに身じろぎを繰り返している。

「ふむ。君が色々と動き回っている人形かね。物好き、と言っては失礼だろうが」

ほんの30分ほどの講談が終わると同時に、スタッフがテーブルに料理を並べ始めると、重斗はこれまで一言も口を開くことなく老人に付き従っていた劉に顔を向けた。

「……ずいぶんと失礼な物言いだと思いますが?」

「そうかね? 隣の老人の別名である 幕后人(ムゥホゥレン) を日本語で言えば傀儡師。つまり人形使いだ。それに使われているのだから間違いではあるまい」

重斗の言葉に相手の感情への気遣いはまったくない。

冷たく、それでいて射貫くような視線を向けられ、これまで数多くの大企業経営者や政府高官との神経戦を経験している劉にして、背筋に冷たいものが流れる。

『可愛い部下を虐めるのは止めてもらおうか。それと、いつから日本人は食事中に騒々しく囀るようになったのだ?』

「ふむ。貴様の言い様は気に入らんが、確かに食事を疎かにするのは作ってくれた者に失礼だな」

重斗はそう言うと、並べられた食事に手を伸ばした。

「…………ところで」

無言のまま食事は進み、デザートが運ばれ始めたタイミングで、黄が口を開く。

「この場に似つかわしくない子供は誰なのか聞かせてもらいたいものだな」

老人が陽斗を顎で示しながら日本語で言う。

その言葉に、同じテーブルに着いてここまで黙って成り行きを見守っていた彰彦と蓮次の目が鋭くなる。

が、経験の浅い若者を威圧するかと思われた黄は、陽斗を睨むどころか、一瞬だけ視線を向けただけで重斗だけに目を向けていた。

「初めまして。皇重斗の孫、陽斗です」

「四条院彰彦の娘、穂乃香と申します」

黄に答えたのは重斗ではなく陽斗自身だ。

続けて穂乃香も丁寧な礼と共に名乗る。

「そうか。次に会う機会があるかわからんが、覚えておいてやろう」

意外にもそう返した黄は、自分の前に置かれたばかりのデザートを見ることもせず立ち上がる。

「なんだ、もう帰るのかね」

『ここに来たのは儂に喧嘩を売ろうとしている小物どもの顔を見るためだ。目的を果たしたからには留まるのも時間の無駄だ』

「それはなによりだ。 ま(・) た(・) な(・) 」

「ふん。貴様の顔などもう見たくないがな。いくぞ、劉」

「は、はい」

不機嫌そうに言い捨てると、杖など必要と思えないほどしっかりとした足取りで会場を出て行った。

「劉、計画を邪魔しているのはあの子供か?」

「っ、偶然だとは思いますが、目論見が上手くいかなかった件のほとんどにあの皇の孫が関わっているのは事実です」

黄にこれまでの失態を蒸し返され、劉は躊躇いながら頷く。

だが、続いて出た言葉には驚きを隠せなかった。

「あの子供、陽斗を殺せ。一日も早く、どれほどリスクが高くても、どれほど金が掛かろうとも、必ずだ!」