作品タイトル不明
第210話 晩餐会
すっかり肌寒くなってきた季節。
とはいえ、皇邸の中は廊下も含めて十分に空調が効いていて薄着でも過ごしやすく、ほとんど季節感はない。
とはいえ、専属のシェフが腕を振るった夕食は旬の食材がふんだんに使われていて、冬の訪れを目と舌で感じさせてくれていた。
「……それで、荒三門くんが張り切っちゃって」
「ははは、あの奇天烈な装飾はそのせいだったのか。いや、楽しかったぞ。先生方とも話をしたが、最近は大人顔負けの堅実な運営で、それはそれで頼もしかったが若いのだからもっと冒険しても良いと思っていたそうだからな」
重斗の部屋のリビングで、陽斗が少し前に行われた黎星祭での裏事情を楽しそうに話し、孫LOVEの祖父は満面の笑みでそれを聞いている。
陽斗も重斗も、こうした語らいを大切にしているのだが、このところ陽斗が提案した事業の準備などで重斗が忙しくしていて、数週間ぶりに訪れた機会を全力で楽しんでいる。
最初の頃は陽斗が学園で起きたことや授業で学んだことなどを話し、重斗はそれを聞いているばかりだったのだが、陽斗が重斗の跡を継ぐことを意識しだしてからは、陽斗から重斗に質問したり、重斗が過去の失敗談や経験などを話すことが多くなった。
陽斗はその話を真剣に聞き、笑い、本気で恐がったりする。
重斗にとって至福の時間であろう。
しばらく談笑を続け、そろそろ就寝しようかという雰囲気になった頃、部屋のドアがノックされ、和田が手に封書を携えて入って来た。
「旦那様、錦小路家のご当主からです」
「ほう、珍しいな。どれ」
受け取った重斗が封を開き入っていた便箋とカードを見る。
「なるほど、面白いな」
便箋から目を離すことなく重斗が言う。
その顔はどこか獲物を狙う狩人のような鋭さを持っていた。
「 黄(ホアン) 大人(ターレン) 、ようこそおいでくださいました」
国際線到着口のロビーで壮年の男、劉が出迎えたのは腰が曲がり杖をついた老人だ。
「ふん。役立たずどもが不甲斐ないせいでこのような場所まで来ることになるとはな。相変わらず陰気で息が詰まりそうな国だ」
不満げに鼻を鳴らし、不快そうに顔をしかめる老人に、劉が恐縮しきった様子で頭を下げる。
「ひ、ひとまずホテルまでご案内します」
「うむ。詳しい話は車で聞こう」
老人が応じると、劉はホッとしたように先導して、出口のすぐ前に待機していた高級ミニバンに老人を誘導する。
黄老人は杖をついているとは思えないほどしっかりとした足取りで車の最後部に乗り込むと、劉はその前の席に座ってドアを閉めた。
「それで? 計画が遅れている理由はなんだ」
黄の問いに、劉は眉を顰めて口を開く。
「ご報告したとおり、最初の躓きは御子神の動きが露見したことです。ですが、それに続くように桐生グループや実質的に経営権を掌握した企業がいくつも摘発されて潰されました。そして目を付けた小規模会社の買収も民間企業や経産省の支援が始まったことで難航しています」
「裏で糸を引いているのは皇か」
「間違いなく。それに、あの老人の後継者となる子供もなかなか厄介でして」
「報告は聞いている。だが所詮未成年の子供だろう。何をそれほど手こずっているのか」
黄の不満そうな言葉に劉は反論することなく神妙に頭を下げる。
(あの子供の異常さは実際に見ない限り理解してはもらえないでしょうね)
劉にしてみれば、これまで長い月日を掛けて準備していた取り組みが頓挫した事件にはことごとく皇の孫が絡んでいる。
事前に兆候などはなかったし、企みが露見するような下手も打っていないにもかかわらず、上手く運んでいると思った矢先に狙ったように現れて、一番の急所に手を打たれてしまっているのだ。
もちろん実際に対応をしているのは重斗の方であり、陽斗は偶然その場に居合わせて、良かれと思って行動しているに過ぎないのだが、それがことごとく劉たちの企みを覆す結果をもたらせている。
まるでそれは神にでも導かれるように。
ほどなく劉と黄を乗せた車が都内のホテルに到着する。
もちろん事前に予約されているのは最上級のスイートだ。
黄に手を貸しながらフロントに来た劉が予約していることを伝えると、フロントの男性が白い封書を差し出した。
「黄様にお渡しするようにとお預かりしております」
「!?」
劉がこのホテルを予約したのは黄から連絡を受けた昨日の事だ。
予約客の個人情報なのでそうそうに流出することは考えにくいし、しかも、予約は劉の名前でしている。
「ふん。劉、それを寄越せ」
唖然としている劉の前に置かれた封書を黄がいささか乱暴に手に取り、開く。
「なるほどな。錦小路とかいう若造からの招待状だ。儂と劉、貴様もだ」
「錦小路、ですか。ですがどうしてこのタイミングで」
「さてな。察するに宣戦布告といったところだろう。面白いではないか」
そう言いながら笑みを見せた黄だったが、その目には隠しきれない怒りが滲んでいた。
「うぅぅ、僕、変じゃないかなぁ」
「大丈夫ですわよ。多少着慣れていなくても、若者であれば考慮してくれるものですから」
「まったく問題無いぞ。今回のために服も新調したし、よく似合っている」
「陽斗は居るだけで可愛いから良いの!」
ホテルの前で車を降りてからソワソワと落ち着きのない陽斗と、それをソッと支えながら微笑みを向ける穂乃香。とにかく陽斗のことなら全肯定の爺とその妹は言わずもがなだ。
とはいえ、陽斗が自分の姿を過剰に気にしているのにも理由がある。
最近はそれなりに企業や個人に招かれた重斗と一緒に社交の場に出ることが増えた陽斗だったが、そのほとんどはカジュアル、といっても普段着ではなくあくまでパーティーでいうそれだが、ドレスコードはあってもそこまで格式張ったものではなく、ほんの数度インフォーマル(略礼装)のものがあった程度だ。
だが今回陽斗たちが招かれたのはかなり本格的な晩餐会。
なので、重斗は燕尾服、陽斗はタキシードに身を包んでいる。
ただでさえ小柄な陽斗が、着慣れないタキシード姿なので忌憚なく言えば結婚式に参加する主賓の弟のような雰囲気である。
対して女性陣はというと、穂乃香は肩を出し背中の開いたもの。桜子は胸元が見える、どちらもイブニングドレスと呼ばれる装いだ。
堂々とした態度の3人に連れられ、陽斗は会場に向かう。
晩餐会のよくある形として、招待客は会場近くに用意された控え室で軽い飲み物を飲みながら時間まで他の客との交流を楽しむ。
立食パーティーなどと違い、途中で席を立つことのない晩餐会では指定された席の周囲としか会話をすることができない。
招待客の立場からすれば、できるだけ多くの人と交流するのも目的のひとつと言えるため、そういった場が用意されているわけだ。
控え室はいくつか用意されているようで、会場前のロビーに重斗たちが入るとホテルのスタッフが名前を確認してから案内してくれる。
通された部屋は学校の教室と同じくらいの広さで、入り口近くに飲み物を提供するカウンターがあり、壁に沿って椅子が並べられているだけの空間だ。
「やぁ、来たね。陽斗くん、久しぶり」
「重斗様と桜子様もご無沙汰しております」
「あっ、彰彦さん、と、遙香さん。えと、お久しぶりです」
「お父様! 母様も、やはり招待されていたのですね」
待ち構えていたかのようにすぐに近づいて来たのは、四条院家の当主夫妻である彰彦と遙香だ。
「私たちも居ますよ。皇さん、今晩は」
「初めてお目に掛かります。天宮家当主の家内でございます」
間を置くことなく声を掛けてきたのは壮史朗と京太郎の両親にして、天宮家が統括するAGIグループの会長でもある天宮蓮次と由美子だった。
陽斗と蓮次は京太郎のこともあり何度か顔を合わせているが、由美子とは初対面である。
兄弟を通じて互いのことを聞いているだけに複雑な心境があり、陽斗と由美子はぎこちなく挨拶を交わす。
「それにしても大胆なことを考えましたな。錦小路さんは」
「それだけ本気で当たろうというのだろう。招待客の顔ぶれだけでわかるというものだ」
「ふん。儂としては先を越されたような気分だがな」
彰彦、蓮次、重斗の3人は意味ありげに薄い笑みを交わす。
そんな彼らにさらに別の角度から声がかかる。
「錦小路家としても、危うく内部をかき回されるところでしたからね。総領の立場からも皇さんに全てお任せでは示しが付かないのですよ」
「あ、えっと、高桑さん、でしたよね」
「覚えていてくれて嬉しいよ、西蓮寺君。細かなことは気にせず、晩餐会を楽しんでほしいよ」
高桑と呼ばれたのは壮年の男性。
ずいぶん前に陽斗が初めて参加したパーティーでトラブルがあり、その謝罪のために訪れてきた皇邸で顔を合わせたことがある。
その時はかなり硬い表情を崩さなかったが、今は穏やかに微笑み、陽斗への親しみを感じさせている。
「錦小路の総領、正隆さんと御息女の琴乃さん、雅刀君は会場におります。私の息子も、ですが。皆様もそろそろどうぞ」
高桑が大仰な仕草で控え室の扉を開く。
「ふむ。それでは行くとするか」
「そうですね」
「はい」
重斗と彰彦、蓮次が手に持っていたグラスを置くと、それまで談笑していた他の人たちも静かに動き始めたのだった。