軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第209話 陽斗の功績?

「それではよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ。可能な限り早く人員を選抜しますので」

パタン。

「……………………ふぅ~~!」

部屋を出て行った背中を見送り、3人の男たちが揃って大きな溜め息を吐いた。

テーブルに残されたカップなどを片付けていた30代くらいの女性が不思議そうな顔で男たちに目を向けると、彼らは顔を見合わせて揃って苦笑を浮かべる。

「私たちが緊張していたのが不思議かね?」

「えっと、はい。誰を前にしてもいつも泰然としておられるので」

ことさら肩の力を抜くようにおどけた口調で訊ねられ、女性は戸惑いつつも言葉を選んでそう返す。

普段威厳を保つためにという名目で偉そうな態度を取っていたのは自覚があったのか、彼女の言葉の行間に込められた内心を察して困ったように少々淋しくなっている頭を掻く。

「彼は皇氏の秘書、というか代理人のような方なのだが、昔はかなりのやり手で知られていてね。穏やかそうな見た目と口調なんだが、いつの間にか良いようにやり込められてしまう、魔術師なんて呼ばれていた人だ」

「常に微笑みを絶やさないのに視線を向けられると何故か緊張してしまうな」

「だが、和田さんが出向いてくるということはそれだけ皇氏が今回の件に真剣ということだろう。協力しないわけにはいかない」

男たちの説明に、女性は納得したように頷くと、トレーに乗せた人数分のカップと共に部屋を出ていった。

残った3人は改めて今後のことを話し合うことにする。

「要請を受けることは決定として、人選だが下手な人員は送れないぞ」

「内容を考えると、語学力は当然として、ある程度以上の知識とニーズを引き出せるだけの営業力が必要でしょう」

「後は費用の問題だが」

「……人件費に関してはこちらで持ちましょう。転籍ではなく出向という形であれば向こうの事務負担も軽減されるでしょうし、この案件、場合によっては国を挙げての事業になる可能性があります」

「皇氏の声掛かりとなれば大手商社も動くだろうし、すでに地銀や信金は融資対象となる小規模事業者の調査を始めているらしい。個別での収益確保は小さなものにしかならないだろうが、国内企業の保護は今や産業界だけの問題ではないからいち早く参入して効果を上げることができれば企業価値も高く評価される」

「しばらくすれば経産省も動くでしょうね。アメリカやドイツの轍を踏むわけにいきませんから」

次々に方針が決まっていく。

そしてそれはこの会社だけではなく、重斗すら想定した以上の大きな流れになっていく。

「おはよ~っす!」

「あ、宝田、おひさ」

「宝田さん、今日から復学ですの?」

「いや、休んでただけだから!」

教室に入ってきた宝田の顔を見るなり同級生たちが朗らかに挨拶をしてきて、彼も嬉しそうに笑いながら挨拶を返していく。

「宝田くん、おはよう!」

「おはようございます。先日はお世話になりました。ご両親にもよろしくお伝えください」

陽斗と穂乃香も、宝田の姿を見ると笑みを浮かべて出迎える。

「あ、ども。それより西蓮寺」

「うん? どうかし、ふぎゃ?!」

穂乃香に小さく一礼して、宝田が表情を真剣なものに変えて陽斗を見下ろす。

陽斗が首をかしげると、宝田がおもむろに陽斗を抱きしめて持ち上げた。

「西蓮寺、ありがとう! まさかここ最近ずっと父さんたちが頭を悩ませていたのがあっさりと解決するなんて思わなかった」

「ふぶぶぶ、た、たか、むぐっ」

「宝田、落ち着けって! 陽斗の足が浮いてるから!」

陽斗を抱き上げたままブンブンと振り回す宝田に、同じく出迎えようとしていた千場と多田宮が慌てて駆け寄ってきて止める。

「陽斗さん、大丈夫ですか?」

「う、うん。ちょっとビックリしたけど」

振り回されたせいでフラフラしている陽斗を心配して穂乃香が声を掛けるが、別に乱暴されたわけでもないので笑って首を振る。

「でも、別に僕はお礼を言われるようなことは何もしてないんだけど」

陽斗が不思議そうにそう言うと、千場たちに宥められて落ち着きを取り戻した宝田はとんでもないとばかりに何度も首を左右に振った。

「実はさ、西蓮寺たちが来た翌日に、これまで取り引きのなかった企業から引き合いがあって新製品の部品を任せてもらえることになったんだよ」

「え? どうして? お祖父ちゃん、何も言ってなかったけど」

初耳のことに陽斗が驚きの声を上げる。

「多分、陽斗さん、つまり皇の後継者が宝田さんの会社を訪問したことが知られたのでしょう。いくつかの部品工場も行きましたし、そこから伝わったのかもしれませんね。特に口止めをしたわけではありませんから」

穂乃香が少し考えてから言い添えるも、陽斗はそれがどう繋がるかわからず表情にクエスチョンマークを浮かべている。

「あー、つまり、皇氏が関心を持っている会社だから今の内に関係を持っておけって感じか?」

「将来性とかの期待もあるのかもな。っていうか、皇さんの影響力凄すぎるな」

千場と多田宮の方はなんとなく理解できたようで、そんな感想を漏らす。

陽斗もそれを聞いて、なるほどと改めて祖父のすごさを実感していた。

「おかげで内製化を進める予定も取りやめて、どころか試作とか色々忙しくなりそうってことで今まで以上に取引先に仕事をお願いすることになったから万々歳になった」

宝田家の経営する会社はBtoB(企業同士の取り引き)専門の電装・電子機器部品の中堅会社だ。

部品供給や下請け作業を委託している会社の数は20社以上あり、多くが小規模零細企業だ。

新しい取り引きが始まったというだけでまだ実際に生産が始まったわけではないのだが、売上の見込みが立つという見通しがあれば銀行や信用金庫からの繋ぎ融資を受けることも可能になる。

もちろんその見込みに確実性があるかは審査されるが、今回の場合は皇家が関わっている(と思われている)ためよほどのことがなければ覆る恐れはない。

「それだけじゃないぞ」

「天宮くん?!」

いつの間に教室に入ってきていたのか、壮史朗が苦笑しながら口を挟んできた。

「何かありましたの?」

「皇氏が中小企業を対象とした専門商社を立ち上げると財界で噂になってるらしい。すでに中堅商社のいくつかが人員を融通する話をしているそうだ。それに地銀と信金、商工会議所が技術のある中小企業支援を行うと発表したな」

「ずいぶんと動きが速いですわね」

「製造業の空洞化がこのところ問題になり始めているからな。海外、特に大陸系資本の企業買収も増えてる。皇家が以前から国内産業の保護に力を入れているのは知られているから西蓮寺を切っ掛けに動き始めたんだろう」

「ぼ、僕?」

大企業がサプライチェーンを海外に依存していることは以前から問題視されている。

まだ日本は多くの分野で生産能力が残っている方だが、アメリカやドイツなどはすでに自国の製品なのに自国で生産できないものがほとんどという笑えない状況だ。

某大統領が製造業を取り戻すなどと言って関税を武器に海外の生産拠点を自国に戻そうとしているようだが、現実には不可能だ。

製品を作るためには多くの資材と設備、技術者が必要なのだが、すでに工場も生産設備も国内になく、仮にそれらを用意したとしても実際に生産するために必要な技術者もいないからだ。

一度製造技術が失われると、それを取り戻すためには多くの時間と資金、人員が必要となることは、航空機の製造技術を失った日本が再び国産飛行機を製造するのに数十年という月日と莫大な開発費を掛けなければならなかったことで証明されている。

すでに半導体やディスプレイなどで日本でも空洞化が始まっているが、幸いなことにそれらの製造装置の大部分は国内で製造されているため完全な空洞化には至っていないが、何もしなければ多くの分野で加速度的に技術が海外に流出してしまうだろう。

「そろそろ耳の早い政治家や省庁も動き始めるだろうな。後押しになるか足を引っ張ろうとするかはわからないが」

皮肉気に壮史朗が言い、肩をすくめる。

「国益を考える人が多いことを期待しますわ。政治家は手遅れのような気もしますけれど」

壮史朗と穂乃香の会話に、陽斗は困ったような戸惑っているような顔で汗をかいているのだが、宝田たちはというと、思っていた以上に大きな話になっていることに驚いて口をポカンと開けたまま固まっていた。

「いや、なんていうか、スケールが違いすぎて……」

「千場、お前よく陽斗相手にイジメようなんて考えたよな」

「怒らせてたら今頃俺たち……」

「ちょっ、お、お前らだって!」

今更2年も前の事で言い争いに発展する3人組。

それをアワアワしながら陽斗が宥めている。

「……わかってるだろうな」

「ええ。思っていた以上に影響が大きくなりそうですわね。面白くないと考える者も少なくないかもしれませんわ」

「かも、じゃないぞ。ウチの親が言っていたが、このところ皇氏の関わった企業や団体の周辺を嗅ぎ回っている連中がいるようだ。四条院も気をつけた方が良い」

「承知していますわ」

最早陽斗の行動は本人に留まらず周囲を大きく巻き込んでいる。

祖父である重斗の後ろ盾があるとはいえ、不測の事態はいつでも起こり得る。

都内のタワーマンションの一室。

厳重なセキュリティーで定評のある超高級マンションで若い女性が2頭の大型犬をワシャワシャとモフりながら鼻歌を歌っている。

そんなリラックスした雰囲気の中、不意に部屋のドアが開かれる。

「琴乃さん、今良いかい?」

「見ての通り、暇に飽かせてルアンの毛繕いの真っ最中よ」

「毛繕いというよりクシャクシャにしてるだけっぽいけど?」

「ワフッ」

「クゥン」

雅刀の苦笑混じりの指摘に同意するように2頭が鳴く。

そして琴乃の手から逃れるように雅刀の後ろに避難してしまった。

「もう! アナタたちの飼い主は私なのに」

頬を膨らませる琴乃の頬を雅刀が撫で、数枚の書類を手渡した。

それを受け取り、書かれている内容を目にした彼女の口元が楽しげにつり上がる。

「そう。とうとう痺れを切らしたってことかしら」

「皇さんが仕掛けたからね。見事に釣られたんじゃないかな。どうする?」

「陽斗くんに手を出させるわけにいかないわね」

「確実に狙ってくるだろうね」

「かといって、横からかっ攫ったら重斗様に叱られるかもしれないし、側面支援ってところかしら。お父様と、それから、そうね、高桑さんに動いてもらおうかな。彼なら陽斗くんとも面識あるし」

どこか猛禽類を思わせる眼光を覗かせながら言う婚約者に、雅刀は薄く笑みを浮かべて頷いた。