軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第208話 新たな中小企業支援策

都内にあるオフィスビル。

豪奢なデスクにふんぞり返った男が数人の男女に向かって怒鳴り声を上げている。

「どういうことだ! 金を返すから契約を見直したいだと? お前らはそう言われてハイそうですかと引き下がってきたってのか!」

顔を赤くして青筋を立て、まるで昭和時代の悪徳商事のごとく威圧的に声を荒らげる※姿に、デスクの前に見せしめのように立たされた男女は能面のように表情を消して顔を俯かせ、ただ嵐が過ぎるのを待っているようだった。

「すみません」

「すみませんじゃねぇんだよ! 理由を聞いてるんだ理由を!」

「その、公的支援を受けられるようになったからと。それと、やはり取引先の決定権を委託するのには抵抗があるようで」

「私の担当先も、融資の担保に特許技術を含めたくないらしくて。繋ぎ融資の目処もあるということで」

次々に断られた理由を話すも、男はさらに激高して机の上のものを手で叩き落とす。

電話機やファイル、飲み物が入ったグラスが床に落ち、派手な音を立てて周囲を汚した。

「慈善事業をやってんじゃねぇんだ! 相手の都合を簡単に聞いてどうすんだよ! 一度は色良い返事をしてきてるんだ、脅してでも契約を結んでこい! 他の奴もだ! 結んだ契約を破棄したりしないように引き締めてこい!」

「……はい」

「……わかりました」

感情的に怒鳴るばかりで具体的な方法などに一切言及することなく言い捨てる上司に、オフィスの者達は憮然として言葉少なに一応の返事すると自分たちのデスクに戻っていった。

「あまりスタッフを怒鳴ったりするものではありませんよ。かえって効率が下がってしまいますから」

「あん?」

不意に投げかけられた声に、先程まで怒り心頭だった男は面倒そうにそちらに顔を向け、慌てて立ち上がった。

「り、劉さん! 申し訳ありません」

尊大な態度は一瞬で消え失せ、米つきバッタのように素早く頭を下げる男に、劉と呼ばれた男は冷笑を浮かべる。

「どうやらあまり上手くいっていないようですねぇ」

「も、もうしわけありません。つい最近までは良い感じだったんですが」

劉の指摘に男は恐縮して身体を縮こませる。

どうやら立場に大きな開きがあるようで男は終始劉の顔色を窺っている。

「仕方ありませんね。どうも経産省が中小企業支援に本腰を入れると噂になっているようで、銀行も小規模企業への融資枠を拡大しているとか」

「そんな馬鹿な……」

男が呆然と呟くが、劉の方も苦々しげな表情を見せている。

日本の製造業は構造的な問題点が多い。

高度成長期に多くの職人が独立して起業し、全国で小規模事業が乱立したが事業者同士の統合はほとんど起こらず、企業価値のある内に売却するのではなく、どうしようもなくなってから廃業を選ぶ経営者が多かった。

結果として、規模の小さな町工場が全企業の大部分を占めているのに製造業に占める利益の割合は大企業に集中し、小規模事業者は設備投資もままならず衰退の一途を辿っているのが現状だ。

男の会社はそういった小規模事業の中で、特許を持っていたり高い技術力を持っている企業に融資を持ちかけ、核心となる特許や技術をとりあげて、外資系の会社に売り渡すという事業をおこなっているのだ。

ヤミ金と企業ゴロを合体させたようなやり方で利益を得ているだけに、金になる技術を持っていない事業者は相手にしていない。

そしてどうやらそれをやらせているのはこの劉という男のようだ。

「不自然なほど急な方針転換なのですが、与党内で特に動きがあったわけでは無いようですし、どうも大臣すら把握していない動きです。むしろ省庁よりも民間の銀行、特に地方銀行や信用金庫が中心になって技術を持つ小規模事業者に融資しているようですね」

「ど、どうすれば」

「それくらいは自分で考えてほしいものですが。まぁ、地道に引っかかってくれる会社を探すしかありませんね」

突き放すような劉の言葉に男はガックリと肩を落とした。

時は陽斗たちが宝田の実家を訪れた日の夜に遡る。

「なかなか面白いことを考えたようだな」

帰宅して夕食を終えた後、陽斗は重斗と向き合っていた。

宝田の家やその取引先工場を見て感じたことを基に陽斗なりに考えを纏めて帰りの車中で穂乃香や和田、彩音に話した内容はすでに重斗の耳に入っているようだ。

爺馬鹿の重斗としては陽斗が自分の事業を理解し、その後に続こうとしていることはもちろん、自分なりに考えて社会に貢献しようとしている心根が嬉しいようで陽斗の話を笑顔で聞いていた。

「えっと、きっとただの支援とかだと長くは続かないと思って。でも、小さい会社だと取引先を増やしたりするのが難しいから、どうしても既存の取引先に依存しなきゃ行けないんじゃないかな。だからそういった会社の代わりに営業をする会社があれば良いかもしれないって考えたの」

「ふむ。だが、そういった営業は商社の分野だろう。陽斗は中小企業専門の商社を作れば良いと思うのか?」

「そう、なのかな? でも、商社って企業から商品を仕入れて販売したりするのが仕事だと思ってて、僕が考えたのは製造する会社とその製品を買いたい会社の仲介をして、その取引利益の何%かを手数料にするのと、こうこうこういう製品が欲しいって会社の要望を聞いて、それを作れる小規模事業者を公募? して取り引きを成立させるみたいな感じ」

製造事業者と需要事業者との仲介という面で言えば、やはり商社が担う事業となる。

特定の分野に特化した商社が多いが、三菱商事や丸紅など世界的にはあまりない総合商社というものもある。

ただ、類似の事業者が多すぎるし、品質は別にして生産能力が高くなくスケールメリットが得られないことから小規模事業者を相手にしてくれる商社は少ないのが現状だ。

当然、小規模事業者を対象とする場合は収益性はかなり低く見積もらなければならないが、陽斗の提案で面白いのは製品の公募制だ。

基本的に製造事業者は扱っている製品の分野に関しての知識は得ようと努力するが、他業種や別系統の製造品の知識は浅く、それらを扱うメーカーがどんな製品を欲しがっているのかを知る機会は滅多にない。

だが、例えばネジならば、ほぼ分野を問わず多くの製造物に使われているし、スイッチやセンサーの部品も必ずしも家電製品だけが必要なわけではない。

そういった部品のマッチングは各地の商工会議所が仲介する場合もあるが対象とするエリアは狭く、人員の問題もあってそれほど効果を上げているわけではない。

機密保持には留意しなければならないが、海外の企業も含めたニーズの吸い上げができれば大きな事業の柱になる可能性がある。

それと陽斗の考えで重斗が興味を引かれたのがもうひとつ。

「小規模事業者の工場共有か」

重斗は唸りながら考えを巡らす。

「う、うん。工場で話を聞いてて、設備や建物の老朽化があってもなかなか修理や立て直しは難しいって。きっと資金力の無い小さな工場だと、建物や大きな設備が壊れたら廃業しなきゃいけないところもあるんじゃないかって」

そこで陽斗が考えたのが、ある程度大きな工場を作って、その中を区切って小規模事業者に貸し出すという案だった。

工場というのは規模にかかわらず共通する設備が多い。

建屋はもちろんだが、空調設備や照明、コンプレッサー、洗浄用水道設備、工業用地下水、電力設備など、多くの業種に共通して使用される設備は、導入やメンテナンス、更新などで多額の資金が必要となる。

それらを用意して、月々あるいは年契約で使用料を徴収することで費用を賄うというものだ。

発想としてはオフィスビルやレンタルオフィスなどと同じで、入居する事業者は複数でひとつの設備を共有するため個々の負担は軽くなり、規定の金額に設備の保全費用も含まれるため先々の突発的な費用を心配しなくても済むようになる。

加えて、複数の企業が同じ建屋に入ることで交流が活発になり、新しいビジネスチャンスが生まれる土壌ができるということだ。

こういった取り組み自体をすでにおこなっている企業もないわけではない。

近年になって設備や人材を複数業者でシェアしようという取り組みは世界中で始まっていて、陽斗の提案はそこまで斬新なものとは言えない。

ただ、課題も多く、情報の漏洩や繁忙時期の重なりなどで設備に過剰な負荷が掛かったり、不公平感が出るなどの問題も起きやすい。

それに、初期投資が大きいため、結局は大手企業が用意した箱に下請け企業を入れるということに落ち着いてしまうケースがほとんどで、今はまだ実験的な運用の域を出ない。

陽斗の提案も同じ課題を抱えているのだが、決定的に違う点もある。

それは、先に挙げた小規模事業者を対象とした営業専門会社と生産品公募のシステムに工場の共有を組み合わせること。

そしてなにより、重斗や陽斗は十分な資金を有していて、人脈にも事欠かないという面だ。

「近年、日本の中小企業を買収したり、融資の条件として特許や技術の提供を求める海外企業が増えてきている。技術流出や産業の空洞化などのリスクは高くなっていて国としても対策が議論され始めている。特に小規模事業者の支援は喫緊の課題だ。とはいえ、元請け企業にぶら下がっているだけの意欲も技術の研鑽もない企業まで助けていてはキリがない」

前述したように国内の小規模事業者の数は59万社近い。その全てを保護することなど個人はおろか国であっても不可能だろう。

ある程度の選別はどうしても必要だし、他国に流出したり、廃業によって技術が失われてしまうようなことは防がなければならない。

「でも、すぐになんとかする方法は思いつかなくて。宝田くんの家の取引先の役にはたたないよね」

さすがに陽斗の頭にはまだ国全体の産業や経済にまで思いを巡らせる考えはない。

社会から受けてきた恩恵の質も量も、それを還元するほど大きくないのだからその必要すらまだ無いのだ。

だからここから先は重斗の仕事であろう。

「陽斗、ひとつ教えておこう。世の中の出来事というのは、実際に目に見える形になるよりもずっと前にすでに動き始めているものなのだ」

「え? あ、うん」

重斗は陽斗が理解できていないことを知りつつ、いずれ分かる時が来ると笑みを浮かべる。

「まずごく少数の人が動く。次は金が。そのために必要なのは情報というありふれたものだ。その情報をどれだけ信憑性を持たせられるかが重要なのだ。金が動き始めれば残りも動かざるを得なくなる。誰しも損はしたくないのだからな」

どことなく抽象的な、それでいて経済の核心を端的に表した言葉。

(それに、このところ目障りな動きを活発化してきている連中に対する効果的な牽制になるだろうからな)

陽斗に聞かせる必要は無いと判断した重斗は心の中だけで青写真を描く。

その表情は彼の若い頃を彷彿とさせる覇気に満ちたものだった。