軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第212話 人形の末路

Side 藤堂英二

姿見に映し出された自分の姿を見て思わずニヤけそうになる。

ハイブランドのスーツに高級腕時計。

何年も前、たまに帰ってくる親父がしていたような格好だ。

周囲からは次期閣僚と言われ、ゆくゆくは首相間違いないとまで噂されていた親父は俺の憧れだった。

残念ながらその時の親父ほどの貫禄はまだないし、ここ数年の惨めな生活のせいで痩せてしまっていて若干の違和感は出てしまっている。

だけど、本来は今頃この程度の服や時計はいくらでも身につけられたはずだ。

少しばかり気が早いが、あと少しすれば俺は本来いたはずの場所に帰ることができる。

同時に、俺を今のような立場にたたき落としたアイツを地面に叩きつけ、俺の味わった屈辱を何倍にもして返すことができる。

俺は女を抱いた時のように興奮しているのを自覚し、気持ちを落ち着けるために腕の時計を見る。

午後5時20分。

まだ少し早いが、どうせ部屋に居ても落ち着かない。

駐車場まで降りて迎えを待つことにした。

「乗れ」

地下にある駐車場に降りてから数分待つと、俺の前にフルスモークのドイツ製高級SUVが停まり、運転席から無愛想な声で命令される。

一瞬イラッとするが、感情的になってせっかくのチャンスを潰すわけにはいかない。大人しく頷いて後部座席に乗り込む。

が、誰も居ないと思っていたのに後部座席にもうひとり乗っていたので驚いたが、よくよく見ると知っている相手だった。

「っ!? なんだ、センセーかよ。久しぶり」

「ああ」

かつての担任教師、青山センセーが俺の顔をほんの少し見てから小さな声で答えた。

前に青山と会ったのは俺がこのマンションに連れてこられた日だったから、もう一年近く経つ。

よく見ると、青山はその時よりさらに痩せて、頭も半分近く白髪になってしまっている。

俺と同じような高級スーツを着ているけど、正直、貧相でまったく似合っていない。

「……段取りは覚えているだろうな」

車が駐車場を出て、幹線道路に入ったタイミングで運転席の男がようやく口を開いた。

陰気な野郎で、偉そうな口調が気に入らないが、俺たちの雇い主の部下なので我慢するしかない。

「わかってるよ」

「大丈夫です」

俺と青山が返事をすると、男は感情の見えない顔で小さく頷く。

「……劉さん、だったっけ? あの人は一緒に来ないのか?」

「劉大人は忙しい。指示どおりに動けばおまえたちだけで問題無いはずだ」

「約束は守ってくれるんだろうな」

俺が念を押すように確認すると、男は信号待ちで停車した隙にダッシュボードから封筒を取りだして中身を見せた。

「今夜出発のロスアンゼルス行きの航空チケットと報酬が振り込まれた銀行カードだ。万が一失敗した時のために今渡すわけにはいかないが、すでに用意してあるから安心しろ。それと、現地での住居と車も用意しておいた。貴様等の名義にしてあるから仕事を終えた後は好きにするが良い。ただし、仕事のことは絶対に漏らすなよ」

「そっちが約束を守ってくれるなら俺も約束は守るさ」

劉と名乗った男が俺たちに提示した条件は、逃走の手助けとアメリカの永住権、それから1000万$の報酬だ。

いくら馬鹿でも引っかからないくらい胡散臭い話だ。

もちろん最初から信用したわけじゃない。

けど、連中にとって数十億程度の金は大したことはないらしく、俺と青山が住む高級マンションを用意し、前金として現金1億を渡された。

それから何故俺たちを選んだかと、計画が成功した時の連中の利益を説明されて納得した。

渡された金は俺の銀行口座に入れてあるし、もし連中が俺を切り捨てようとしてもこれまでの会話は録音してネット上のストレージに保存してある。

それに、何より、連中が排除したいと言っているのが、あのクソガキ。

俺がドン底までたたき落とされる切っ掛けになった井上だということが決め手だった。

劉という男の話では、アイツは実はかなりの資産家の孫だったらしく、今では豪邸に住んで名門学校に通っているということだ。

それを聞いて俺は吐き気が止まらなかった。

親父が逮捕され、お袋は親父と俺をさっさと見限って金目の物を持って逃げやがった。

俺は高校に行くこともできず、かといって今さら底辺の仕事なんてする気にならず、顔見知りを頼ったが、犯罪まがいの使いっ走りをさせられる羽目になった。

聞けば、親父が逮捕されたのも、井上の祖父とかいう奴が手を回したかららしい。

最初に会った時からアイツのことは気に入らなかった。

ボロボロのみすぼらしい制服を着て、家でろくに飯も食えていない。背中を丸めてビクビク怯えながら教室の隅に居るような奴だ。

なのに、どういうわけか何人ものクラスメイトや一部の教師からは妙に優しくされていた。

それにムカついた俺はアイツを徹底的に虐めた。

学校で俺や俺の親父に逆らえる奴なんて居なかったし、何人かの教師や生徒にとってもアイツは目障りだったらしく、俺が虐めだすとすぐに同調してきたのには笑った。

だが、今じゃ完全に立場は入れ替わり、アイツは名前も変わり、経済界でも名前が売れ始めているらしい。反対に俺は、胡散臭い連中に言われるがまま惨めな生活を強いられている。

しかしそれも今日までの話だ。

今夜の仕事が終われば別人名義のパスポートを使ってアメリカに行き、そこで報酬を元手に成り上がる。

10億の金があれば俺なら絶対に成功できるからな。

「着いたぞ。会場では絶対に目立つなよ。パーティーが始まったら隙を見て会場を出て、青い髪留めの給仕からバッグを受け取れ。着替えとナイフを入れてある」

「チッ! ちゃんと覚えてるよ。スマホの通話は繋げたまま、指示はイヤホンで、だろ?」

「……了解した」

目的地であるホテルが見えてくると、運転席の男がいちいち念を押してくる。

俺が食い気味に事前に言われていた内容を言い、青山は陰気な声で了承する。

コイツ、学校の時とは全然違う感じだけど、大丈夫なのかよ。幽霊かヤク中みたいで気味が悪いぜ。

ホテルの玄関前で俺と青山は車を降り、パーティー会場になっているホールに向かう。

会場は二階。

エレベーターがあるが、階段も二ヶ所、それとは別に非常階段もある。

これなら逃げる時に捕まるリスクは少ないだろう。

外に出さえすれば夜の都心はいくらでも身を隠すことができるからな。

会場に到着すると、すでに招待客の大部分が入っているらしく、事前に渡されていた招待状を見せるとあっけないほど簡単に中に入ることができた。

立食形式のパーティーらしく、直径1mくらいの円卓がいくつもあり、料理や飲み物は壁際に設置されたカウンターから給仕が配って回るようだ。

俺も親父に連れられて何度か企業や政治家が主催するパーティーには行ったことがあるが、久しぶり過ぎて少しばかり気後れしてしまう。

気持ちを落ち着かせようと周囲を見回す。

「っ! あの、ヤロウ」

会場の奥側に視線を向けた途端、見覚えがあるようで、別人のようにも見える小学生みたいな外見の男が目に入り、思わず息が詰まる。

井上、いや、今は別の名前だったか?

まぁ、そんなのはどうでも良い。

遠目でもわかるほど上質なタキシードを着て、隣には見たことのないくらいの美人が寄り添うように立っている。

そのすぐ側に、劉から要注意人物として写真を見せられたジジイがいて、他にもテレビや雑誌で見たことのある偉そうな連中が何人もアイツを囲んでいる。

ギリッ!!

まるでそこだけに光が当たっているように感じる場所に、かつて俺の足許に這いつくばっていた奴が楽しそうに笑っている。

一瞬で頭が沸騰したように熱くなり、思わず衝動的に叫び声を上げて飛びかかってしまいそうになった。

「落ち着け」

「! せ、センセ」

青山に肩を掴まれて我に返る。

危ねぇ。

こんなところで襲いかかったってすぐに止められるし逃げることもできない。

我を忘れて計画を台無しにするところだった。

俺はアイツから目を逸らし、何度か深呼吸をして気持ちを抑え込む。

そして、できるだけ目立たないように会場の隅に移動して、時間を見計らって会場を出る。

「あっ」

廊下に出ると、入れ替わりに給仕の女がワゴンを押して会場に入ろうとしているところだった。

その女の頭に青い髪飾りが見えて声を掛けようとした。が、女は素早く俺に小さな紙を押しつけるように手渡した。

そしてそのまま何も言わず、バッグも渡さずに会場に入っていってしまう。

(廊下の奥、リネン室)

「……ここに行けってか?」

俺は青山と顔を見合わせ、書かれていた場所に行く。

リネン室と表示された扉を開けると、すぐ先にスポーツバッグが置かれていた。

それを持ってトイレの個室に入る。

青山も一緒だ。

男同士でトイレの個室に入るなんてぞっとしないが、これも命令だから仕方がない。

バッグを開けると、中にはどこにでもありそうな安物のデニムとシャツ。それからツナギが二人分。

俺たちはまずデニムとシャツに着替え、その上からツナギを重ね着する。逃走の際に変装するためだ。そして帽子も被る。

それが終わると、バッグの底にあった大振りなナイフを二本ずつ、腰に引っかけた。

脱いだ服はバッグに詰めて、イヤホンを装着してからスマホで指定された電話に掛けた。

『準備はできたようだな。バッグはトイレの天井にある配管口に入れておけ。こちらで回収しておく』

電話の向こうから聞こえてきたのはあの無愛想な運転手の男の声だ。

「このままここで待てば良いんだろ?」

『そうだ。む? ターゲットがそちらに向かい始めた。どうやら女の付き添いのようだ。そっちには入らないかもしれん。合図したら廊下に出て仕留めろ』

どうやら待つまでもなくチャンスが訪れたらしい。

やっぱり俺は運を持っているようだ。

俺は青山と頷き合い、個室を出てトイレの入り口で合図を待つ。

『……今だ。行け』

その言葉に、俺はトイレの入り口から廊下に躍り出た。

「っ!?」

息を呑むような気配を感じた。

そして、

「井上ぇぇぇ!!」

俺の口から、雄叫びのような声が響いた。