軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第205話 推薦入試と友人の頼み

黎星学園の科目棟。

1階には陽斗も通い慣れた生徒会室があるが、2階と3階には実験室や音楽室、ダンスフロアなど、特定の科目で使用される教室がある。

いくつもある教室の内、ひとつの教室に陽斗を含む10人ほどの生徒が椅子に座っている。

良家の子女が数多く集まっている黎星学園ではあるが、普段なら同じ学年の生徒たちが集まれば学生らしく談笑したりしている。が、今は誰もが緊張した面持ちでただ座っているだけで話し声はまったく聞こえない。

それもそのはず。

この日は黎星学園大学の内部進学のための面接が行われているのだ。

附属高校からの内部進学は大学によって色々な方法がある。

在学中の学力を総合的に判断して無試験で決めるところもあれば、論文などの課題を与えるところ、入学試験などを実施する場合もある。

そして黎星学園の場合はというと、事前に指定された課題に基づいた論文の提出と、試験形式での小論文、それから大学の講師や職員による面接を行って合否が決まることになっている。

定員などはなく、年によって全員が進学できることもあれば複数の不合格者がでることもあるそうだ。

もちろん判定基準は生徒に知らされておらず、論文と小論文、面接の点数配分もわからない状態で生徒たちは試験に臨まなければならない。

内部進学だからといって、外部受験と比べて楽かといえばそうでもないのだ。

こうして控え室になっている教室で、見知った同級生と話をしようとしないのもどの時点から評定が始まっているかわからないからだ。

「次、西蓮寺陽斗くん。面接室へ」

「は、はい!」

数人の生徒が順に呼ばれていき、陽斗の番になる。

公平を期するため、面接が終わった生徒は控え室には戻らずに科目棟を出ることになっているようだ。

名前を呼ばれた陽斗は、一瞬不安そうな表情で控え室を見回すが、いつも一緒に居た穂乃香は別の控え室に居るはずだ。

内部進学は希望者が多いので複数の教室に分かれて同時進行で面接をうけている。

そのことを思い出した陽斗は、途端に自分の甘えを自覚して顔を赤らめる。

そして、自分の頬を叩いて気持ちを入れ替えると勢いよく立ち上がって控え室を後にする。

……両手両足が揃っていてギクシャクした歩き方だったがまったく自覚していない。

それを見た他の生徒たちは、思わず吹き出しそうになって慌てて顔を伏せる。

まぁ、それで肩の力が抜けたようなので、期せずして陽斗は同級生たちの受験を助けることになったわけだ。

「失礼します。西蓮寺です」

『入りなさい』

控え室からひとつ教室を挟んだ面接室の扉をノックして名乗ると、すぐに中から返事が返ってきた。

「よろしくお願いします」

一歩教室に入ったところで一礼し、落ち着いた声で挨拶。そして面接官の前に置かれた椅子まで歩く。もちろん手足の動きは揃ったまま。

年配と30代くらいのふたりの面接官は口元を手で押さえている。明らかに浮かんできた笑みを隠す仕草だったが陽斗に気付く余裕など無く、促されるまま椅子に座った。

「西蓮寺陽斗くん。わかっているとは思いますが一応念のため言っておきます。この面接、いえ、黎星学園大学の進学審査に関して、本人の家柄や経済力など、君自身の実績と関係のない一切は考慮されません」

年配の方の面接官がことさら厳しい顔で言うと、陽斗は一瞬なにを言っているのかわからなかったようだがすぐに重斗の社会的な立場を指していると気付いて頷いた。

「は、はい」

陽斗にとってそれは当たり前のことだと考えていたのがわかったのだろう。面接官は満足そうに微笑む。

「それではいくつか質問をしますので、深く考えずに思い浮かんだ言葉をそのまま言ってください」

若い方の面接官がそう言ってから、陽斗の成績の推移に関することや生徒会活動で感じたこと、力を入れていたこと。部活動についてや同級生との関わりなど、黎星学園で体験したことや感じたことなどを訊ねてくる。

「西蓮寺くんはこの学園でとても良い成長をすることができたようだね。学業でもそれ以外でも教師や他の生徒からの君の評価はとても高いよ」

「いえ、あの、僕は恩返しをしてるだけなんです」

面接官の褒め言葉に、陽斗は困ったように首を振って言うと、面接官ふたりは怪訝そうに見返した。

「恩返し、というと?」

「僕は、沢山の人に助けてもらいました。とても全部お返しできないくらいに。この学園でもみんなが親切にしてくれて、困っていたら手を差し伸べてくれて。だから僕も色々な人の役にたって、恩返しをしたいって思ったんです」

恩送り。

受けた恩をその相手だけでなく、出会った他の人にも返していく。

人間関係の理想でもあるそれを、陽斗は自然体でしてきた。

それが今の彼の評価に繋がっているのだろう。

もちろん必ずしも善意が善意で帰ってくるわけではないし、ただ悪意を向けられることもある。

陽斗自身、それは身をもって体験してきていて、ただ世間知らずの甘ちゃんというわけではない。それでも、陽斗が選んだのは善意にはそれ以上の善意で報いるという道だ。

「とても素晴らしい心がけだと思いますよ。ですが、残念なことに世の中は善意に対して善意を返してくれる人のほうがずっと少ない。理想は立派ですが、もっとズルくならなければ全てを失うことになるかもしれませんよ。西蓮寺くんはそれでも良いと思いますか?」

現実を踏まえた意地悪な指摘に、陽斗は少し考える素振りを見せてから、それでも頷いてみせた。

「多分、今のままの僕ではそうなってしまうと思います。なので、僕はもっと勉強をしたいと考えています。そしてもっと沢山の人と接して、色々な経験をして、自分の思いを貫ける力をつけたいです。それに、僕には僕を心配したり励ましてくれたり、力を貸してくれる人が沢山居ます。僕が及ばないときはその人たちを頼って、その人たちが困ったときは力になれるようにしたい。だから、大学でもっともっと頑張ります」

具体的なものは何も無い。

ただ愚直な思いを口にしただけなのに、面接官が思わず気圧され、目を逸らしそうになるほど真っ直ぐな陽斗の瞳。

「そうですか。よくわかりました。それではこれで面接を終わります」

「面接の結果は来月初めに通知しますので待っていてください。そうそう、論文も読ませてもらいましたが、とても良くできていましたよ」

ふたりの面接官は微笑みながら陽斗の退出を見送った。

陽斗が退出した教室で、面接官のふたりが顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。

「なんか、凄いですね彼は。言っていることは青臭い理想論でしかないはずなのに、まるで全部理解した上で、悟りを開いているみたいに見えましたよ」

「離れて暮らしていたとはいえ、やはり皇翁の血筋ということなのだろうね。方向性は随分違うようだけど」

若い方の面接官の言葉に、年配の男がことさら皮肉っぽく返す。

だがその言葉とは裏腹に、どこか期待しているかのように陽斗が出ていった扉に目を向けつつ、手の汗をハンカチで拭う。

いつしか面接をしている彼らのほうも緊張してしまっていたようだ。

「なんにしても、将来が楽しみだよ」

「そうですね。教える教授たちは大変かもしれませんが」

言いながらふたりは口元を綻ばせ、次の生徒を呼ぶように係員に声を掛けたのだった。

2週間後。

面接官の言葉どおり、月が変わってすぐに黎星学園大学からの通知を受け取った陽斗はどこかフワフワとした様子で登校してきたためにすぐにクラスメイトたちに合格したことを知られてしまった。

「おめでとうございます、陽斗さん。これで春からも一緒に大学へ通えますわね」

「ってことは穂乃香さんも?」

陽斗の顔を一目見ただけで察した穂乃香が労うと、陽斗は嬉しそうに笑みを浮かべる。特に、穂乃香も順当に合格していたことでさらにその表情を輝かせた。

陽斗のクラスにも黎星学園大学へ内部進学する生徒は多く、教室のあちこちで喜びの声が聞こえていた。

「どうやらこのクラスの方たちは皆さん合格されたようですわね」

「毎年何人かは選考を漏れる奴がいるらしいが、今年はかなり良かったらしいな。進路指導の先生が喜んでたぞ」

穂乃香の言葉に、壮史朗が苦笑しつつ教えてくれた。

朝一で職員室に寄ったときにそんなことを言っていたらしい。

「逆に外部の大学、それも海外や難関大学に挑戦する生徒も増えていると聞きましたが」

「ふん、ちびっ子が必死に背伸びして頑張ってる姿を見て、負けていられないと奮起した奴も居るんだろうさ」

壮史朗は陽斗の方をチラリと見ながら言い、ちびっ子呼ばわりされた陽斗は頬を膨らませて抗議する。

最近の陽斗の変化として、自然に笑ったり拗ねたり、ムキになったりと、友人たちに対して気安い態度がよく見られるようになった。

親しい友人たちとの関係が深まるにつれ、極端に嫌われるのを恐れたりする必要が無いのだと頭ではなく心で理解できたからだろう。

「天宮さんも負けていられないと感じたひとりというわけですね」

「なんのことだ? 僕が外部受験するのはずっと前から決めていたことだ。兄も付属ではなく都内の大学に通っているだろう」

口では否定するも、ことさら仏頂面で反論するところを見れば、それだけでないことは明らかだ。

以前聞いたところ、壮史朗の志望大学はかなりの難関大学らしい。

ちなみに、セラも同じ大学を志望しているらしく、大学でも一緒に居られると思っていた陽斗はかなり残念がっていた。

もうひとりの友人、賢弥は黎星学園大学の内部進学だ。

「陽斗も合格したんだろ? おめでとうさん」

「あ、千場くん、多田宮くん。えっと、宝田くんは?」

和気藹々という雰囲気の中、陽斗たちに別のクラスメイトが近づいてきて、陽斗は笑顔で応じる。

「俺たちは地元の大学を受験する予定だから。まぁ、指定校推薦に選んでもらえたからそれほど心配してないぜ」

入学当初は意地の悪い3人組だった千場たちも、陽斗と接するようになってから学業も生活態度もかなり良くなり、教師からの評価も高い。

おかげで無事推薦枠を得ることができたらしい。

「えっと、進学のことはとりあえず置いておいて、宝田が休んでいることにも関係があるんだけどさ。ちょっと陽斗たちに相談に乗ってもらえないかな」

表情を改めてそう言ってきた千場に、陽斗は穂乃香や壮史朗と顔を見合わせた。