軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第204話 小さくて大きな変化

陽斗が重斗の後継者として社交界に広まり始めた。とはいえ、彼の本業は今でも学生である。

重斗に連れられて企業や団体の主催するパーティーに参加するのはあくまで学園生活に支障のない範囲に限られている。

その学園生活だが、3年生の2学期ともなると結構な忙しさにもなる。

その内のひとつが部活動の引退であり、陽斗や穂乃香にとっては生徒会活動の引退だ。

「それでは、東条、これからの生徒会を頼んだ」

「はい! 諸先輩方の築いてきた伝統を守りつつ、より学園生に寄り添った生徒会にしていきたいと思います!」

壮史朗が微笑みをたたえながら激励すると、 東(とう) 条(じょう) 智(ち) 絵(え) 里(り) が緊張でガチガチに固まった表情で勢いよく頭を下げた。

「智絵里さん、頑張ってください」

彼女の様子に吹き出すのを堪えながら穂乃香が言うと、それを合図に生徒会室は拍手に包まれる。

「あの、ありがとうございます! そ、それでは新しい生徒会執行部の人事を発表します。副会長に2年の 大(おお) 隈(くま) 巌(いわお) 君、1年の……」

拍手が静まり、3年生の役員が部屋の隅に移動すると、智絵里が次の生徒会を担う役員を読み上げていく。

「なんだか不思議な感じ。これまでは見送る立場だったのに、今度は僕たちが見送られることになるなんて」

「そうですわね。色々なことがありましたけれど、本当にあっという間でしたわ。でも、沢山のことを学ばせていただきました」

「うん。僕も少しは成長できたんじゃないかって思ってる。……背はあんまり伸びなかったけど」

冗談か本気かわからない言葉と共に不満そうに唇を尖らせる陽斗に、穂乃香は微笑みを返す。

「少し意外だったのは、荒三門さんが会長選挙に出馬せずに東城さんを推したことですわね」

「俺よりアイツの方が会長に向いていますから」

穂乃香の呟きに答えたのは陽斗でなく、いつの間にか近くに来ていた 荒(あら) 三(み) 門(かど) 和(かず) 志(し) だった。

「そうですの? 貴方はリーダーシップがありますし、周囲を引っ張っていくのが好きだと思っていたのですが。副会長でもなく、庶務を担当するとは思いませんでした」

「で、でも、荒三門くんは周囲に目を配ってるし、細かいことに気がつくから東条さんも仕事をしやすいんじゃないかな」

釈然としないという表情の穂乃香に陽斗が言い添えると、和志は得たりとばかりに頷いてみせる。

「昔、ってそんなに前でもないんですけど、結局俺って口調が強かったから周りが反発できずに従ってくれてただけで、カリスマとか指導力があったわけじゃないんですよね。それで、一年間副会長させてもらって、天宮会長のサポートとか、各部活やクラス委員との調整とかをしてみて、俺はそっちの方が向いてるなって。逆に東条はあんまり周りのことは気にせずに突っ走るけど、いつの間にか周りも巻き込まれてるって感じのエネルギーがすごいんです。だからアイツが思いっきり動けるように俺がサポートできれば色々なことができるんじゃないかって思ったんです」

そう熱く語る和志の顔はスッキリした決意のこもったもので、そこにはかつての他人を見下したり自分を大きく見せようという虚栄心は微塵もなかった。

感心したように微笑む陽斗の視線に、途端に照れくさくなったらしい和志が頬を掻いて視線をずらすと、周囲が静まりかえり、視線が集まっていることに気付く。

「あ、えっと、こ、これは生徒会活動の話、だから!」

「いやいや、わかってるって。彼女が生き生きと仕事できるように支えるのが彼氏の役目だよな」

「きゃー! 智絵ちゃん愛されてるぅ!」

慌てて和志は言い訳するも、すっかり友人として気の置けない関係を築いている巨漢の巌がニヤニヤと笑いながら揶揄い、恋バナに目がない女子たちは黄色い歓声を上げる。

「この、馬鹿ぁ」

話題の中心だった智絵里はというと、真っ赤になった顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。

昨年の黎星祭で初々しくも甘酸っぱい関係から始まったふたりは少しずつ距離を縮めて、今年の春から交際を始めていたらしい。

一応学園内では秘密、というか公言はしていなかったのだが、陽斗と穂乃香の関係と同じく、周囲にはとっくに気付かれていて、生暖かく見守られていたりする。

ともかく、最後は彼ららしいほのぼのした雰囲気の中、生徒会の引き継ぎが終わった。

傲慢で尊大だった和志は陽斗と出会い、生徒会での経験を糧に自分を見つめ直した。そして周囲に気を配り、人を支える道を模索している。それは、相手が自分の恋人だからというだけではないだろう。

変わる切っ掛けは確かに陽斗との出会いだったかもしれない。だが変わることを選んだのは和志自身。

それは、確かな成長の証だった。

都内の予備校。

小綺麗な雑居ビルの中にあるそこから幾人もの若者と一緒に出てきた門倉光輝は、外に出た途端、大きな伸びをしながら深呼吸をする。

周囲にはまだ多くの人が行き交っているし、飲食店の看板や外灯で明るいのだが、実際の時刻は結構遅い時間だ。

「予備校選び失敗したかなぁ。これから地下鉄で帰るの面倒くせぇ。バイクで通えるところにすりゃ良かったかも」

普段の光輝は移動にオートバイを使うことが多い。のだが、実はバイクは東京では結構不便だったりする。

移動そのものは車より手軽で速いのだが、駐められるところが極端に少ないのだ。

今通っている予備校のビルには駐輪場が無く、月極めのものも離れた場所にしか無い。

なので、予備校に通うためにわざわざ地下鉄の定期券を買って通っているのだ。

光輝が家族と住んでいるマンションは静かで利便性が高く、都心にも乗り換え無しでいけるという人気のエリアにあることも手伝って、地下鉄はこの時間でも座れない程度に乗客がいる。

バイク移動という気楽さを知っている光輝としては通学にうんざりしているのも無理はないのだ。

とはいえ、愚痴をこぼしても状況が変わるわけではないし、予備校の入学金や授業料も親が一括で払ってくれているので今更どうしようもない。

進学実績や授業内容を主眼に選んだため、あまり立地を気にしなかったのが悔やまれる。

とりあえず自動販売機でペットボトルの炭酸飲料を買い、地下鉄の駅に歩き始めた光輝だったが、クラクションの音に足を止める。

「Hi Koki!」

立ち止まった光輝の少し先に車を寄せたのはジャネット・フォレッドだ。

「送るわよ」

「悪ぃな。頼むわ」

以前とは違い素直に乗り込む光輝。

「車変えたのか? 前に乗ってた派手なのはどうしたんだよ」

彼女が乗っていたのは国産のコンパクトカーで、前に見たアメリカ製のスポーツカーから様変わりしている。

「アレは大きくてウルサいから。燃費も悪いし。TOKYOのガソリンってなんであんなに高いのよ!」

「全部輸入だからじゃね? っつか、むしろジャネットの爺さんに言って日本政府にガソリン税を安くするように圧力掛けてくれ」

不満たらたらなジャネットだが、バイクに乗る光輝だって馬鹿みたいに高いガソリン代にはうんざりしている。

アメリカだとガソリン代は平均で1ガロン(3.785リットル)がおよそ3.25$(日本円にして約475円)リットル換算で86円だ。

それに対して東京のガソリン平均価格は1リットルで170円前後。倍である。もっともカリフォルニア州は同じくらい高いらしいのだが。

それは置いておくとして、ジャネットも日本で動き回るのに車があった方が良いのだが、アメリカ車は車体が大きくて不便なので買い換えたらしい。

今では結構気に入っていて、休みを取って母親とドライブに出かけることも多いのだとか。

「でも、こんなに遅くまでスクールに通うなんて、日本の学生は大変ね」

ジャネットが感心とも呆れとも取れない顔で言うと、光輝は苦笑を返すしかない。

アメリカの大学は日本のような入試制度がなく、ハイスクールからの評定や論文、課外活動の実績などで入学が決まる。なので、日本のような塾や予備校はほとんど存在しない。

逆に、よく言われるように入学してからしっかりとカリキュラムをこなさなければ卒業できないようになっている。

日本の場合は入試で大部分が決まってしまうため、受験生ともなれば必死に勉強しなきゃならないわけだ。

「それなりの大学に行かなきゃならないからな。今の偏差値じゃ結構ギリギリだから手を抜けないんだよ」

「てっきりプリンスと同じ大学に行くつもりだと思ってたんだけど、違うの?」

光輝の志望校が都内有数の名門校と聞いて驚いた声を上げるジャネット。

彼女の言うプリンス、つまり陽斗は黎星学園系列の大学を志望しているため、光輝とは違う大学生活になる。

「たっちゃんと同じ大学に行ったらそりゃ楽しいだろうけどさ。そうなると大学時代の人脈が完全に被っちゃうだろ? 俺はたっちゃんと爺さんに返しきれない恩がある。まぁ向こうもそう思ってるみたいだけど。けど、そんなことは関係無しにたっちゃんと一緒に居られるようになりたいんだよ。だから俺は俺でたっちゃんとは違う人脈を作る。そのために必要な大学に行って、色んな奴と知り合って、経験を積みたいんだ」

どこか恥ずかしそうに吐露する光輝に、ジャネットは笑みを深くする。

「素敵よコーキ! やっぱりアナタ最高!」

「うわぁっ! テメェ、前見ろ! 前!」

光輝は歓喜しながら不意に抱きついてきたジャネットを必死に押し退ける。

フラフラとする車に後ろから激しくクラクションが鳴らされる。

「ゴメンナサイ。でも、私は本気よ。絶対に私を振り向かせてみせるから」

「ハンッ! 無駄な努力ごくろーさん。ってか、俺みたいなガキじゃなくアメリカでイケメンでも捕まえろよ」

「嫌よ。能力があっても中身がない男ばっかりだもの。とりあえず、大学に合格したらお祝いするからね」

「はいはい。そん時ぁ回らない寿司でもご馳走してもらうよ」

「合点承知よ! とりあえず銀座の名店予約しておくわね」

「気が早ぇ! ってか、変な日本語覚えてんじゃねぇ!」

若者はいつまでも子供ではない。

経験が少ないなりに必死に考え、変えよう、変わろうと努力する。

それがどれほど小さな努力で、どれほど小さな変化だったとしても、いずれ大きな成果を得る成長となる。

それが良いものでも悪いものでも、小さくても大きくても、自分たちの育てた果実を得るのもまた自分たちだ。