作品タイトル不明
第206話 製造業の苦悩
高速道路を下りてから30分ほど走り、リムジンは大きな工場の近くにある家の前に停まった。
静岡県にある地方都市近郊のこの場所は、大きなスーパーや路面店が建ち並び、それなりに開けた地域なのだが、心なしかどこか寂れたような雰囲気が感じられる。
到着した家は地方ということを差し引いてもかなり大きく、敷地も広い。一帯の地主を思わせる立派なものだ。
「到着しましたわね」
「うん。ここが宝田くんの実家?」
「はい。一応事前に連絡して確認してあります」
警備班班長の大山がリムジンのドアを開けると穂乃香と陽斗が興味深げに周囲を見回しながら車を降りる。
そしてふたりに続いて、
「やれやれ、老骨に長時間のドライブは少々堪えますね」
「和田さんはまだまだ若いじゃないですか。今でも週に数回、トレーニング施設で身体を動かしてるって聞いてますよ」
皇家の執事、和田と専属弁護士兼駄メイドの彩音が下りて固まった身体を伸ばす。
他に重斗の姿はなく、随分と珍しい組み合わせである。
普段と変わらない態度のふたりにクスリと陽斗が笑みをこぼしてから、門の呼び鈴を鳴らそうと手を伸ばしたところで、家の玄関が開いて年配の男女が慌てた様子で出てきた。
「あ、あの! さ、西蓮寺様と四条院様でしょうか」
「ようこそ、こんな場所までいらっしゃってくださいました。ど、どど、どうぞ、汚い家でございますが、お、お入りください」
夫婦と思われるふたりは陽斗たちの前まで小走りで来ると、米つきバッタのように何度もペコペコと頭を下げながら出迎えてくれる。
あまりに恐縮しすぎた歓待ぶりに、困惑した陽斗が穂乃香を見るが、彼女は苦笑を浮かべて肩をすくめるだけだ。
「本日は無理を言って申し訳ありません。皇家の執事、和田と申します」
「私は皇家の専属弁護士の渋沢です。お忙しいところお時間をいただきありがとうございます」
和田と彩音が一礼すると、ふたりは首が取れてしまうのではないかと心配になるほど左右にブンブンと振ってまたもやヘッドバンキングを披露する。
むち打ちにならないか不安すら感じる。
「あっ、陽斗。本当に来たんだ」
夫婦と陽斗たちが一向に次の行動に移すことができずに居ると、再び玄関が開き、陽斗のクラスメイトが顔を覗かせた。
「宝田くん、急に来ちゃってゴメンね」
「学園を休んでいると聞いて心配していましたわ」
陽斗と穂乃香の言葉に、宝田伸一は困ったように頬を掻いた。
この日は平日。
陽斗たちが学園を休んでまで宝田の家までやって来たのは、内部進学の合格発表のあった日に千場から持ちかけられた相談が切っ掛けである。
「悪いな、昼休みに」
ホームルーム前の短時間では落ち着いて話ができないということで、昼休みに食堂で改めて向かい合ったのは千場と多田宮、陽斗と穂乃香、それから壮史朗の5人だ。
「それで、相談って、どうしたの?」
先に食事を終え、あまり人の居ない隅の席に移動した陽斗たちだったが、千場がなにやら言い辛そうにしているのを見て陽斗が話を振った。
「ああ、えっと、一応言っておくけど、これは宝田の奴に頼まれたとかそういうのじゃなくて俺が余計なお節介を焼いてるだけだから、そこは誤解しないでくれよ」
「回りくどいな。休み時間はそんなに長くないんだ。本題を話す前にチャイムが鳴るぞ」
あえて厳しめに壮史朗が促すと、千場はひとつ息を吐いて口を開いた。
「陽斗には前に話したと思うんだけど、俺たちの家はそれぞれ会社を経営してるんだけど、宝田のところは自動車とか電化製品の部品を製造しているんだ。ほら、つい先日、国内の大手自動車メーカーが大規模なリストラを発表しただろ? 他にも取引先の何社かが海外の企業に買収されて、大幅に取り引きの見直しを迫られたらしいんだよ」
言葉は悪いがよくある話ではある。
「……それで、貴方は陽斗さんになにを頼もうと思っているのですか?」
「まさか、皇の力で宝田の会社を救済してくれとでも言うんじゃないだろうな」
千場の言葉に、穂乃香と壮史朗が険しい顔で睨む。
こういった頼みはふたりもこれまでに幾度となく聞いてきた。というか、家柄も良く、国内屈指の大企業グループを有する四条院家と天宮家の人間に近づいてくる者など、旨い汁を吸いたいという下心を持つ人が圧倒的に多いのだ。
陽斗が一年の頃から親しくしているクラスメイトがそのような厚顔な申し出をしてきたという事実が腹立たしく、悲しさすら覚える。
「ち、違う! いや、まったく違うってわけじゃないけど、別に無条件で助けてほしいなんて言うつもりはないんだ」
「えっと、どういうこと?」
陽斗の目から見て、千場が友人である宝田を心配してなんとかしてやりたいと心から願っているように思えた。
「その、宝田のとこの会社は昔から堅実な経営としっかりとした技術力で定評があるんだ。これまでにも何度か危機があって、そのたびに親父さんの人柄と人望で乗り切ってきたらしい。まぁ、子供には甘いところもあってそのせいで俺ともども調子に乗っちゃったこともあるけど、本当に良い人なんだよ」
「いくら人柄が良くても救済する理由にはならんだろう」
壮史朗が冷徹に言うも、千場はわかっているとばかりに頷いてみせる。
「だからさ、アイツの会社の実情を見て、支援する価値があると思ったらアドバイスなり取引先の紹介なりを考えてもらえないだろうか」
「えっと、金銭的な援助とかじゃなくて?」
「直接の援助なんてしてもらったらそれこそ陽斗と友達じゃ居られなくなるじゃないか。そりゃあアドバイスや紹介だって大きすぎる借りにはなるだろうけど」
精一杯の想いを込めたのだろう。
陽斗を見る千場の目は真剣そのものだ。
「……肝心の宝田さんはどう考えていらっしゃるの?」
「そ、それは、聞いてない。完全に俺のお節介だよ。もしかしたら宝田はそんなこと望んでないかもしれないけど、でも、話だけでも聞いてやってもらえないか」
陽斗の祖父、皇重斗の経済界における影響力は絶大だ。
その孫にこんなことを頼むなど、会社経営者である千場の父親に知られれば叱責は免れないだろう。それがわかっていながらも陽斗を頼るのはそれだけ宝田のことが心配だからだ。
「わかったよ。一応お祖父ちゃんに相談してからになるけど、宝田くんとそのご家族に会ってみる。力になれるかどうかはわからないけど」
陽斗にとっても宝田や千場たちは大切な友人だと思っている相手だ。
軽々に祖父に頼るつもりはないが、自分にできる程度のことなら骨を折るのに躊躇いはない。
「陽斗さん、よろしいの?」
「うん。もちろん僕ひとりじゃなにもできないだろうけど、話を聞いて、他の人に相談するくらいはできると思うから」
陽斗の言葉に、穂乃香と壮史朗はそっと目配せをし、小さく溜め息を吐いた。
「四条院も一緒に行ってやれ。少なくとも西蓮寺よりは会社経営に詳しいし多少は経理も勉強してるだろう」
「そのつもりですわ」
「え、でも、あ、うん、お願いします」
穂乃香まで巻き込むことに躊躇して遠慮しようとした陽斗だったが、ふたりに強く見つめられて承知するしかなかった。
そんなわけで、陽斗たちはこうして宝田の実家を訪れることになったのだ。
陽斗と穂乃香だけでなく、彩音と和田までが同行することになったのは、重斗に事情を話したところ、自分は同行しない代わりに法律面でサポートができる彩音と、長年重斗の秘書として数多の会社経営に関わってきた和田を連れて行くようにと言われたからだ。
特に和田は重斗の指示で事業再生の経験も豊富だと言うことで、心強いサポートメンバーである。
ともかく、ガチガチに固まった宝田夫妻に案内されて陽斗たちは応接間に入る。
経営者ということで普段から来客があるのだろう。10畳ほどの広さの応接間は品の良い調度品が置かれ落ち着いた内装に纏められていた。
陽斗と穂乃香、和田が3人掛けの、彩音は右側の一人掛けソファーに座り、陽斗たちの対面に宝田夫妻と伸一がぎこちない仕草で座った。
「そ、それで、この度はどのようなお話なのでしょうか」
今日訪問することは事前にアポイントを取っているがまだ理由は話していないため、父親の方がおずおずと切り出す。
なので、陽斗が訪問の経緯を話すことにした。
宝田家は祖父の代から工場を経営していて、地域でも重要な産業となっている。それだけに当然ながら重斗のことは知っていて、息子の友人が皇家の孫に直談判したと聞いて真っ青になったりしたが、話を聞き終えて気持ちを落ち着けるために大きな溜め息を吐いた。
「伸一、良い友達を持ったなぁ。ただ、ちょぉ~っと相手が大物過ぎやしないか?」
「ほ、本当に、この度は愚息のためにわざわざ来ていただきありがとうございます」
「い、いえ、宝田くんが学園を休んでいたので僕も心配だったから」
「なんか、すまん。千場の奴に勘違いさせちまったみたいだ」
伸一はどこか困惑というか、曖昧な表情で頭を掻く。
「勘違い、ですの?」
穂乃香が聞き返すが、それに答えたのは父親の方だ。
「その、取引先の不振や事業撤退などで経営が厳しいのは確かなのですが、息子に一時的に帰ってきてもらったのは別の理由でして」
聞けば、実際に宝田家が経営する工場の売上はかなり減少し、取り引きが大幅に縮小しているという。
ただ、外注していた部品などを内製化することで働いている人の雇用や給与は維持できる見込みで、目減りはするもののある程度の利益も確保できるそうだ。
だがそうなればこの工場からの仕事に依存していたいくつもの下請けの会社が立ち行かなくなってしまう。
「会社を守るためとはいえ、これまで私たちに力を貸してくれた取引先ばかりです。それに我が社の厳しい品質基準に対応出来る十分な技術力も持っています。なので、その会社を回って説明したり、知り合いの伝手をたどって他の取引先を紹介したりと夫婦で飛び回っていて」
「俺、下に弟と妹が居るんだけどまだ小学生低学年なんだよな。内部進学の試験が終わってたし、父さんたちが忙しいから少しの間帰って面倒見てくれっていわれて」
父親に続いて伸一が理由を説明する。
日本の製造業の品質基準は世界的に見てもかなり厳しい。そしてそれを支えているのは多くの中小零細企業の工場だ。
莫大な研究費や設備投資が必要な素材系などは大手企業の独占状態だが、実際にそれらを加工し、部品を作っているのは小規模な工場がほとんどだ。中には社員が数人しか居ないような零細企業も少なくない。
ミクロン単位で製造し、最先端の計測器ですら判別できないような微細な不具合を見抜く数多くの職人たち。
それらの工場は、世界情勢や景気、流行廃りに振り回されながら懸命に仕事を行っているのである。
宝田の家は、そういった下請け企業と一緒になって製品を作り、大手の自動車メーカーや家電メーカー、設備メーカーに納入してきた。
自社が生き残るだけならなんとかなっても、支えてくれる下請け企業が破綻すればいずれは限界が来る。
それに、この先、再び生産が戻ったときに、切り捨てられた下請けとは二度と同じだけの信頼関係は築けないだろう。
もっとも、宝田の両親はそういった打算ではなく、義理とこれまでの信頼によってなんとかしたいと考えていたようだ。
「こちらの工場と取り引きされている納入企業は40社ほどでしたか?」
ここまで黙って話を聞いていた和田が穏やかな口調で訊ねる。
その具体的な数を聞いて宝田父は一瞬驚いた顔をするが、特に隠す必要も無いことなので頷く。
「はい。ほとんどは県内の中小企業で、こちらの要望や我が儘を快く引き受けてくれたパートナーたちです」
「地域を支えてきたそれらの会社が倒産すれば、周辺への影響は大きいでしょうね」
「その通りです。私の会社以外にも何千人も働いていますし、その人たちを相手に商売されている方も多くいらっしゃいますから」
たったひとつの工場が撤退したことで地域全体があっという間に寂れてしまうなんてことも珍しい話ではない。
ひとしきり話を聞いた後、和田が陽斗に向き直る。
「ご友人の実家はとりあえず大丈夫ということですが、陽斗さまはどうしたいですか?」
「あ、えっと……」
投げかけられた質問に、陽斗は言葉を詰まらせた。