作品タイトル不明
完結後番外編十三 ミーナからリネリアへ
リネリアが王都分室へ戻る前夜、ミーナから手紙が届いた。
封筒は分厚い。仕事の報告書かと思うほど紙が入っている。表には、王都分室のきっちりした字で宛名が書かれていた。
リネリア・エレノア・グランヴィル様。
その下に、小さく追記がある。
帰省中に読むこと。王都へ戻ってから読むと、私が照れます。
リネリアは笑って、寝台の上で封を開けた。
中には手紙と、古い青い糸が一巻き入っていた。
手紙は、ミーナらしく整った文章で始まっていた。
リネリア様へ。
あなたが王都分室に正式勤務を希望していると、エレノア様から聞きました。本人より先に母親から聞くのはどうかと思いましたが、エレノア様は嬉しいことを隠すのが下手なので仕方ありません。
まず、歓迎します。
次に、覚悟してください。
王都分室は、北境の名前の家より書類が多く、人の噂も早く、貴族の相談者は遠回しに厄介で、平民の相談者は遠回しにする余裕がありません。泣く人、怒る人、黙る人、話しすぎる人、名札だけ欲しい人、名簿局への不満を三時間話す人、王妃陛下の講座を見て急に針仕事へ目覚めた父親たち。毎日違います。
同じ展開はありません。
だから、疲れます。
でも、退屈はしません。
リネリアはそこで声を出して笑った。
ミーナは昔から、真面目な顔で少し辛辣なことを書く。
手紙は続く。
私は、あなたに一つだけ先に伝えたいことがあります。
あなたは、名前を奪われかけた子として有名です。本人が望まなくても、人はあなたを物語にします。母に守られた娘。冷遇夫から逃げた侯爵夫人の子。名前の家の象徴。王都であなたを見る人の中には、あなたを励ましの印として見る人もいれば、自分の悲しみを重ねる人もいます。
それは悪いことばかりではありません。
でも、あなた自身が疲れることがあります。
誰かの希望でいることは、時々重いです。
私は、少しだけそれを知っています。
ミーナは一度、侯爵家にふさわしい名を与えられそうになった子です。その後、ミーナという名を守った子として講座に立つようになりました。今では、相談者の中に「ミーナ先生のように強くなりたい」と言う人もいる。
けれど私は、いつも強いわけではありません。
田舎臭いと言われた昔の名を、今でも思い出します。
母を許したのかと聞かれると、日によって答えが違います。
セシリア様は良い人になったのですか、と聞かれると、良い人という言葉で終わらせないでほしいと思います。母は間違えた人で、今も直し続けている人です。それで十分です。
だからリネリア様。
あなたも、象徴でいる必要はありません。
名前を守られた子として立派に振る舞わなければと、毎日思う必要もありません。
失敗してください。
怒ってください。
相談者に言いすぎたら謝ってください。
疲れたら早退してください。
自分の名札の糸がほどけたら、誰かに縫ってもらってください。
名前を守る人は、自分で自分の名前を完璧に守れる人ではありません。
守ってもらうことを知っている人です。
リネリアは、青い糸を手に取った。
手紙の次の行で、その糸について説明があった。
同封した青い糸は、私が最初にリタ様の講座で使った糸の残りです。名前を消さずに、増やすための相談。その言葉を思いついた日の糸です。
あなたが王都分室で最初に迷ったとき、この糸を使ってください。
布に縫う必要はありません。
引き出しに入れておくだけでもいい。
余白のための糸です。
ミーナ・ローウェル。
追伸。
王都分室の奥の棚、左から二番目の箱に、泣いた相談者用の甘い茶葉があります。マリベル様には内緒で増量しました。エレノア様に似て、リネリア様も仕事を詰めすぎる傾向があります。お茶を飲ませる側だけでなく、自分でも飲んでください。
読み終えて、リネリアはしばらく青い糸を見つめた。
象徴でいる必要はありません。
その言葉が、胸の中で静かにほどけていく。
王都へ戻ると決めたとき、リネリアは少し気負っていた。
母が守った名前を、今度は自分が誰かのために使う。
それは本当だ。
でも、その本当の中に、無理をしなければならない義務が混じっていたのかもしれない。
リネリアは机に向かい、返事を書いた。
ミーナ先生へ。
手紙と青い糸をありがとうございます。
私は、名前を守られた子として、ちゃんとしなければと思っていました。たぶん、かなり思っていました。今、気づきました。
でも、ミーナ先生の手紙を読んで、少し楽になりました。
私は失敗すると思います。
相談者に言いすぎる日もあると思います。
お茶を飲ませるのを忘れて、自分も飲み忘れると思います。
そのときは、青い糸を見ます。
余白のための糸。
とても良い言葉です。
私も、誰かに余白を渡せる相談員になりたいです。
それから、甘い茶葉の場所は覚えました。マリベルにはたぶんばれます。
リネリアより。
書き終えると、リネリアは青い糸を小さな袋に入れた。
袋の表には、何も縫わなかった。
余白のための糸だからだ。
翌朝、王都へ向かう馬車の中で、リネリアはその袋を鞄にしまった。
北境の門が遠ざかる。
母の声がまだ耳に残っている。
いってらっしゃい、リネリア。
王都には、ユウがいる。ヘレンがいる。ミーナがいる。セシリアがいる。名を変えたい人、守りたい人、捨てたい人、足したい人がいる。
その全員に完璧な答えを出すことはできない。
でも、余白を一緒に探すことはできる。
リネリアは窓の外を見た。
春の道が続いている。
鞄の中で、青い糸が静かに揺れた。
それは、名前のように小さく、けれど確かな目印だった。