作品タイトル不明
第五十三話 名前の家の一年
名前の家が開いて、一年が過ぎた。
その間に、北境では多くの名前が整えられた。
リタは夜泣きをほとんどしなくなり、自分の赤い小鳥の印を下の子に自慢している。ヨハンとヨナは相変わらず喧嘩するが、月と星の名札を取り違えることはない。マイラは黒い紐の跡が薄くなり、王都分室で自分の経験を話す準備をしている。
ノルは、近くの鍛冶屋へ見習いに行くことになった。
正式に養子になるわけではない。まずは通いで働き、保護院へ帰る。彼は迷った末、迷子札に「ノル・ヘインズ/帰る場所:北境保護院、鍛冶屋ガレス工房」と二つ書くことを選んだ。
「帰る場所、二つでいいんだろ」
「ええ」
「じゃあ、黒パンは?」
「黒パンは保護院です」
「そっか」
少し寂しそうだったが、彼は前へ進んでいる。
リン・エイルは、名前の家で見習いを始めた。
まだ名綴り師ではない。鈴の子たちや白紙名の子どもの聞き取り補助をする。彼女は多くを話さないが、名を持たない怖さを知っている。だから、同じような子どもたちは彼女の沈黙を怖がらない。
リリは正式にリリ・ベルとして登録された。
大きい鈴は、まだ選んでいない。彼はそれでいいと言う。マリベルは「選ばない選択も、今は尊重します」と記録した。
セシリアは王都分室で補助員として働き、母親向けの名札講座を担当している。彼女の講座は評判になった。華やかな説教ではなく、自分が娘の名前を軽く扱いかけた話を、逃げずに語るからだ。
ミーナは刺繍が上達し、リネリアへ季節ごとに小さな図案を送ってくる。
アルベルトは、リネリアとの手紙を続けている。
会うのは数か月に一度、短時間だけ。彼はそれ以上を求めない。父親としては遅い歩みだが、リネリアはそれを自分の速度として受け入れている。
そして私は、エレノア・ハースト=グランヴィルとして、名前の家の責任者を続けている。
結婚後、社交界からはさまざまな噂が来た。
冷遇夫を捨てて辺境伯に乗り換えた女。
子どもの名前を盾にした強情な母親。
王妃殿下に取り入った名綴り師。
以前なら傷ついたかもしれない。
今も、まったく傷つかないわけではない。
けれどリネリアが、ある日こう言った。
「おかあさまは、おかあさま。うわさは、おかあさまじゃない」
それだけで十分だった。
一周年の日、名前の家で小さな祝いをした。
子どもたちは一年で自分ができるようになったことを紙に書いた。リネリアは、こう書いた。
リネリアって、じぶんでかける。
確かに、もうほとんど崩れない字になっている。
私はその紙を見て、娘を抱きしめた。
「上手になったわね」
「うん。リネ、おおきくなった」
「ええ」
「おかあさまも?」
「私も、少しは大きくなったかしら」
「うん。おかあさま、なかなくなった」
完全には泣かなくなっていない。
でも、泣く理由は変わった。
悲しみだけでなく、安心や嬉しさで泣くことが増えた。
テオドール様、いえテオドールは、私の隣でその紙を見た。
「リネリア様の字は、冬の道標に十分ですね」
「ながいから?」
「ええ。長くて、強い」
リネリアは得意そうに笑った。
名前の家の一年は、これで終わりではない。
これからも、ほどけた名札が来る。呼ばれたい名に迷う子が来る。親の都合で名前を動かされそうな子もいるだろう。
けれど、もう私は一人ではない。
ここには、名前を呼ぶ人たちがいる。