作品タイトル不明
第五十二話 リネリアの選択
結婚後も、生活は急に変わらなかった。
私は名前の家で働き、リネリアは保護院の読み書き教室へ通う。テオドール様は領主の仕事をし、時々工房へ顔を出す。違うのは、夕食を一緒に取る日が増えたことと、リネリアが彼を「テオさま」と呼ぶ頻度が増えたことだった。
ある夜、リネリアが真剣な顔で言った。
「テオさま、おとうさまじゃない」
食卓が一瞬静かになった。
私は娘を見る。
テオドール様は落ち着いて答えた。
「はい。私はリネリア様のお父様ではありません」
「でも、かぞく?」
「あなたがそう思ってくれるなら」
リネリアは少し考えた。
「テオさまは、テオさま」
「はい」
「おとうさまは、おとうさま。おかあさまは、おかあさま」
「その通りです」
「リネ、これがいい」
テオドール様は深くうなずいた。
「私も、それがいいと思います」
娘は安心したようにスープを飲み始めた。
私は胸を撫で下ろした。
大人はつい、関係に既存の名前を当てはめたがる。父親、継父、義理の娘。けれどリネリアにとって、テオドール様はテオさまだ。その名前で関係を作ればいい。
数週間後、アルベルトから面会の打診があった。
リネリアは以前より落ち着いていたが、まだ長時間は望まなかった。そこで、名前の家の庭で短時間会うことにした。テオドール様は離れた場所で待機し、私は同席する。
アルベルトは、結婚祝いとしてリネリアに小さな園芸道具を持ってきた。
「白い花を育てるのに使えると思って」
リネリアは受け取り、礼を言った。
「ありがとう」
それから、テオドール様の方を見て言った。
「テオさまにも、みせる」
アルベルトの顔が一瞬こわばった。
だがすぐに、彼はうなずいた。
「そうか」
その一言だけだった。
嫉妬や後悔がないわけではないだろう。けれど、彼はそれを娘へぶつけなかった。
面会の最後、リネリアは言った。
「おとうさま、おはな、さいたら、えをかく」
「楽しみにしている」
「おとうさまも、げんきで」
アルベルトは目を伏せた。
「ああ。リネリアも」
面会後、彼は私に短く言った。
「彼女は、強くなったな」
「ええ」
「君が守ったからだ」
「リネリア自身も、自分で守りました」
「そうだな」
彼は静かに帰っていった。
その背中を見ながら、私はようやく、怒りの熱が少し別のものへ変わるのを感じた。
許しではない。
忘却でもない。
ただ、彼を私の物語の中心から下ろすことができた。
今の中心は、名前の家であり、リネリアであり、私自身の選んだ暮らしだ。
夏になると、白い小花が咲いた。
王都の庭で咲いていた花より少し小さく、北境の風で茎が曲がっている。けれど、確かに白く咲いた。
リネリアは絵を描き、アルベルトへ送った。
花の横には、こう書かれていた。
リネリアの花。
ヴァルトの花でも、ハーストの花でも、グランヴィルの花でもなく。
リネリア自身が育てた花。