作品タイトル不明
第四十七話 父親と娘、二度目の面会
リネリアがアルベルトとの二度目の面会を望んだのは、冬の初めだった。
きっかけは、ヴァルト家の白い小花の種だった。種は春まで植えられないが、リネリアは毎日のように袋を確認している。ある日、彼女はぽつりと言った。
「おとうさまに、おはなのこと、ききたい」
私は手を止めた。
「手紙で?」
「ううん。ちょっと、あう」
心臓が小さく跳ねた。
でも、私はすぐに反対しなかった。
「どうして会いたいと思ったの?」
「おはな、どこにうえたらいいか、しってるかなって。あと、リネ、もう、にげるだけじゃない」
四歳の言葉としては大きすぎる。
けれど、リネリアは本当に少しずつ変わっていた。父親への恐怖はまだあるが、名前を奪われる無力な子ではないと、自分で感じ始めているのだろう。
面会は北境名簿所で行われた。
同席者は私、イザベルの代理法務官、テオドール様は別室待機。アルベルトは約束の時間より早く来て、静かに座っていた。
リネリアは私の手を握り、部屋に入った。
アルベルトは立ち上がりかけたが、すぐに座り直した。急に動くと娘が驚くと学んだのだろう。
「リネリア。来てくれてありがとう」
「こんにちは」
「こんにちは」
沈黙。
リネリアは小さな袋を取り出した。
「おはな」
「ああ。白い小花の種だ」
「どこに、うえる?」
アルベルトは少し考えた。
「日当たりのよい場所がいい。けれど北境は寒いから、最初は鉢に植えて、暖かい窓辺で育てるといいかもしれない」
「おかあさま、できる?」
「ええ。春に鉢を用意しましょう」
リネリアはうなずいた。
会話はそれだけで終わるかと思ったが、アルベルトが小さな包みを出した。
「これは、見せるだけだ。受け取らなくてもいい」
中には、古い名札があった。
リネリアが赤ん坊の頃の産着につけられていたものだ。私は名綴り箱を持って出たが、予備として屋敷に残っていたらしい。
リネリア。
私の初期の縫い方だ。今見ると少し拙いが、当時の必死さがある。
「屋敷の保管箱にあった。君に渡すべきだと思った」
アルベルトはリネリアではなく、私を見た。
「今まで、こういうものを何も見ていなかった。エレノアがどれだけ縫っていたかも知らなかった」
私は名札を見た。
失われたものが戻ってくる時、嬉しさだけでなく怒りも湧く。なぜ今まで大切にしなかったのか。なぜ失ってから気づくのか。
でもリネリアは、そっと名札へ手を伸ばした。
「リネの、あかちゃん?」
「ああ」
「ちいさい」
「小さかった」
アルベルトの声が少し詰まった。
「私は、あまり抱かなかった。怖かったのかもしれない。どう抱けばいいか分からず、エレノアに任せきりにした」
「おとうさま、へた?」
リネリアの率直な問いに、私は思わず息を止めた。
アルベルトは苦笑した。
「とても下手だった」
「いまも?」
「たぶん。だから練習したい。ただ、リネリアが嫌ならしない」
娘は考えた。
「だっこは、まだ」
「分かった」
「おてがみ、れんしゅう」
「そうしよう」
そのやりとりは、不器用だが穏やかだった。
面会は半刻もかからず終わった。
リネリアは名札を受け取り、自分の箱に入れると言った。帰り道、娘は少し疲れた様子だったが、泣かなかった。
「おとうさま、へただった」
「そうね」
「でも、れんしゅうするって」
「ええ」
「リネも、おてがみ、れんしゅうする」
私は娘の手を握った。
許すことは、すべて元通りにすることではない。
距離を置いたまま、相手が変わるかを見ることもある。
リネリアとアルベルトの関係は、これからもゆっくりだろう。もしかしたら、近づかないままかもしれない。それでも、娘が自分で決めるなら、その道を支えたい。
夜、リネリアは赤ん坊の名札を箱にしまった。
「リネ、ちいさいときも、リネリアだった」
「ええ。ずっとリネリアよ」
娘は満足そうに箱を閉じた。