作品タイトル不明
第四十五話 冬支度の名札
北境の冬支度は、王都のそれとはまるで違った。
王都では暖炉の掃除をし、厚いカーテンを出し、社交の季節に向けてドレスを整える。北境では、薪の量、屋根の補強、干し肉と豆の備蓄、雪道用の靴、子どもたちの手袋の紐まで確認する。
名前の家では、冬支度用の名札点検が始まった。
雪の中で落とした手袋は見つけにくい。吹雪の日に外套の名札がほどければ、子どもが誰のものか分からなくなることもある。冗談のように聞こえるが、北境では命に関わる。
私は子どもたちの冬外套を一枚ずつ確認した。
リネリアの外套には、うさぎの印と鈴。ノルには黒パン。ヨハンには月、ヨナには星。リン・エイルには鈴と風の線。ミーナは王都へ戻ったが、セシリアが練習用に送ってきた名札が棚にある。
ちいさい鈴と大きい鈴も、少し変わった。
女の子は最近、自分を「リリ」と呼んでほしいと言い始めた。鈴の音、ちりんのリ。まだ正式登録ではないが、本人が笑って返事をする。男の子は、まだ大きい鈴のままだ。焦らなくていい。
「リリ、手袋を見せてください」
私が言うと、女の子は嬉しそうに手を出した。
「リリ」
「ええ。リリの手袋」
彼女は返事のたびに、自分の名前を確かめるように笑う。
リネリアはその様子を見て、得意そうだった。
「リリ、かわいいね」
「リネリアも、ながくて、かわいい」
二人は笑い合った。
大人が何年もかけてこじらせた名前の問題を、子どもたちは時々、まっすぐほどいてしまう。
冬支度の最中、アルベルトから荷物が届いた。
中には、リネリアのための羊毛の膝掛けと、ヴァルト家の庭で採れた白い小花の種が入っていた。手紙には、北境でも咲くか分からないが、よければ試してほしい、とある。
リネリアは種の袋を見つめた。
「おとうさまの、おはな?」
「ヴァルト家の庭の花ね」
「ここで、さく?」
「北境は寒いから、すぐには分からないわ。春に植えてみましょう」
娘は袋を大事に箱へ入れた。
「リネ、ここで、さかせる」
その言葉に、私は少し胸が痛んだ。
ヴァルト家の花を北境で咲かせる。
それは、過去を捨てるのではなく、別の土地で自分のものにする行為かもしれない。
夜、リネリアはアルベルトへ返事を書いた。
おとうさまへ。
ひざかけ、ありがとう。おはなは、はるに、うえます。リネリアより。
短い。
でも、返事だ。
私は封をしながら、娘の変化を感じた。恐怖だけだった父親との関係に、慎重なやりとりが生まれている。会うことはまだ先だが、手紙と押し花と種が、細い糸になっている。
翌日、テオドール様が冬支度の確認で名前の家へ来た。
彼の外套にも、袖の裏に小さな名札があるのに気づいた。
「それは」
「祖母が縫ったものです。かなり古いので、そろそろ補修が必要かもしれません」
「見せていただけますか」
彼は少し照れたように袖を差し出した。
テオドール・グランヴィル。
文字はしっかりしているが、端が少し擦れている。領主としての名ではなく、祖母に呼ばれていた孫の名前だ。
「よい名綴りです」
「祖母に言ったら喜びます」
「ご存命なのですか」
「ええ。領都から少し離れた屋敷で暮らしています。冬前に会いに行く予定です」
彼は少し間を置いた。
「よろしければ、あなたとリネリア様も一緒に」
私は手を止めた。
彼の祖母に会う。
それは単なる訪問ではない。彼の家族の中へ招かれることだ。
テオドール様はすぐに続けた。
「急がなくて構いません。祖母は名綴りに詳しいので、名前の家の話を聞きたがっている、という理由もあります」
彼は私が怖がらないよう、道を広くしてくれる。
私はリネリアを見た。
娘はリリの手袋に鈴をつける手伝いをしている。
「リネリアに聞いてみます」
「はい」
その夜、娘に話すと、リネリアは首を傾げた。
「テオドールさまの、おばあさま?」
「ええ」
「エリスさまの、おばあさま?」
「そうね」
リネリアは少し考えた。
「いく。エリスさまのこと、おぼえてるって、いう」
その答えに、私は目頭が熱くなった。
娘は、誰かの悲しみを怖がるのではなく、そっと名前を持っていこうとしている。
冬が来る前に、私たちはグランヴィル家の祖母を訪ねることになった。