作品タイトル不明
新魔法の報告3
「ん……? 皆、どうしたの。まるで鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してさ」
フェイはきょとんと小首を傾げながら皆の顔を見渡した。
唖然としていた僕は我に返り、「いやいや」と大きく頭を振った。
「魔力譲渡もやり過ぎたら相手の器が壊れちゃうって、初耳なんだけど⁉ どうしてそんな大事なことを教えてくれなかったんだ」
「え……? えっとそれは……」
僕が大声で尋ねると、彼は口元に手を充て思案する。
そして、少しの間を置き、満面の笑みで白い歯を見せた。
「だって、聞かれなかったから?」
その一言に『プチン』と僕の中で何かが切れ、机を挟んだ向かい側からも『ぶちり』と何かが捻じ切れたような音が部屋に響きわたる。
僕と父上は合図や目配せもしていないのに、息を合わせた如くスッと立ち上がってフェイをじろりと睨み付けた。
「だってぇ、聞かれなかったからぁ? それじゃあ、君は何かあってから言うつもりだったのかなぁ?」
「ほほう、どうやらまだバルディア家の一員になった認識が薄いようだな。フェイ・バルディア君?」
僕と父上が言葉を発して間もなく部屋の天井と壁がきしみはじめ、フェイが真っ青になってすくみ上がった。
「で、でも、普通に考えたらわかることじゃないか。人が保有できる魔力量には個人差があるんだよ。例えば、大きい器の水を小さい器に全部無理矢理いれたらどうなる? きっと小さな器は途中で罅が入って、最後は耐えきれずに爆散するでしょ。それと一緒だよ。リッドの想像力の欠如を、僕だけのせいにするのは違うんじゃないかな⁉」
「なるほど。確かにフェイの言うことにも一理あるねぇ」
「そうでしょ。だから、リッドと父君。二人揃って、そう目くじら立てなくてもいいじゃないか」
僕が相槌を打つ姿を見て、フェイはどこか安堵した様子で捲し立てた。
「ふふ、そうだね。魔力譲渡魔法の研究をしていたのは僕だ。責任の一端が僕にあることは間違いない。だけどね……」
「だ、だけど?」
フェイが口元を引きつらせると、僕は笑顔のままずいっと顔を寄せた。
「僕の想像力が足りないと気付いていたってことでしょ。つまり、君はファラや協力してくれた皆を危険に晒して黙っていたことになる。そういうのはとても、とてもよろしくない」
「そ、それは……」
知っていたのに言わなかった。
時にそれは多大な被害や人の生き死にまで関わってくる。
戦や謀略で『あえて知らせない』というならまだしも、普段の日常生活でそれをするのは『無為の悪意』に成りかねない。
「君の言うことが正しければ、最悪僕はファラや皆をこの手で殺め、失っていた可能性だってあるんだからね」
「でも、そんなことになりそうだったらさすがに僕だって止めたよ」
「そうだろうね。だけど、その危険性を知りつつ黙っていた以上、皆を危険に晒したことは事実でしょ?」
「う……」
諭すように告げたところ、ようやく僕と父上が怒っている真意を理解してくれたのか、フェイはしゅんと俯いた。
彼は牢宮でずっと一人で過ごしていたから他人や物事に対する『共感力』『感受性』『思いやり』が足りない部分がある。
結果、人の社会で必要な『倫理観』『道義』『人道』の認識が弱い。
これは僕だけではなく父上、母上も抱いた共通認識でもあった。
それを理解した上でバルディア家にフェイを迎え入れた以上、そうした道徳を説いて導くのも僕達の責任だろう。
加えてフェイは牢宮核の化身であり、人知を超えたとてつもない力を秘めている。
悪戯に力を使えば社会から敵視されるだろうし、かと言って自らの力を自覚しなければ知らず知らずのうちに悪用され、かといって力を誇示すれば世界は大混乱に陥る。
地上に出られて喜び浮かれているからこそ、彼には人の社会で生きる以上は『大いなる力には、大いなる責任が伴う』こともこの機会に学んでほしい。
「……ごめんなさい。次からは気付いたらすぐに言うよ」
フェイが反省した様子で頭を下げると、僕と父上は軽く息を吐いてソファーに腰を下ろした。
「ありがとう、フェイ。でも、僕も好奇心に負けてことを急ぎ過ぎたと思う。こちらこそ、ごめんね」
「いや、リッドが謝ることないよ。魔力譲渡魔法の仕組みを伝えたのは僕なんだ。考えられる危険性は伝えておくべきだったんだと思う。ファラ、君にもちゃんと伝えずにごめんね」
彼が視線を向けて会釈したところ、「いえいえ、気にされないでください」と彼女は目を細めた。
「フェイのおかげでリッド様は魔力譲渡魔法を得られましたし、私もリッド様のお力に慣れて嬉しかったですから。あ、でも……」
ファラは何か思い出したように自らの口元に指先を当て、首を傾げた。
「私が魔力過多で火照って力が抜けたというのは、その器に影響があったということなのでしょうか」
「あぁ、あれはちょっと違うね」
彼は頭を振って答えた。
「あの状態は器に入りきらない魔力が溢れ出していたんだ。一杯になった器から水が溢れるようにね。器が壊れるとすれば、溢れる間もないくらいの勢いで器が一杯になった時だよ。まぁ、そういうことは早々ないと思うけどね」
「ほう、興味深い話だな」
今まで黙っていた父上がそう言って、フェイに視線を向けた。
「ならば、仮にその器に罅が入っている状態で魔力譲渡をした場合、何が起こりえることが想定されるのだ」
「うー……ん。そうだなぁ」
フェイは腕を組み、思考を巡らせながら唸った。
父上の言った『器に罅が入っている状態』というのは、間違いなく母上のことだろう。
「多分、ゆっくり丁寧に魔力譲渡すれば影響はないんじゃないかな。でも、罅が入っている状態なら壊れやすいことは間違いないと思うよ」
「なるほど、な。聞いての通りだ、リッド」
合点がいったらしい父上は、こちらを見やった。
「お前はやはり修練に集中しろ。ナナリーに魔力譲渡魔法を施すのはそれからだ」
「畏まりました」
僕は力強い声で答えると、気落ちしている様子のフェイに視線を向けた。
「これからもっと色んなことを一緒に学んでいこうよ。フェイ、君はもうバルディアの一員なんだ。言ったでしょ? 僕の『家族』で弟なんだから」
「え、僕ってリッドの弟なの?」
彼は目を瞬いて首を傾げるが、その言葉に「まぁ、そうだな……」と父上が呟いた。
「バルディアの名を与えた以上、世間的にはそうなるだろう。後はフェイ、君がどう思うかだがな」
「リッドが僕の兄……お兄ちゃんか。へへ、それって何かいいな。あ、でも、そうなるとリッド兄さんって呼ばないといけないの?」
フェイがそう言って僕に視線を向けてきた。
「そこは任せるよ。フェイの好きに呼んでくれていいよ」
「そっか。じゃあ、呼び慣れたこれまでどおりのリッドでいくね」
「うん、よろしくね」
僕がにこりと微笑むと、フェイは嬉し恥ずかしそうに「えへへ……」と照れくさそうに頬を掻いた。
魔力譲渡魔法を母上にすぐ施せないのは残念だけど、この修練でより使いこなせるようになれば僕の魔力を安全に渡せるようになる。
母上の完治に向け、また新たな一歩になるはずだ。
獣王戦の勝利に向けた修練が母上の治療にも役立つかもしれない、そう思うと胸が自然と熱くなる。
「さて、魔力譲渡魔法の件はまた追って話すとして、次は私から話がある」
父上が話頭を転じたことで、部屋の空気がまた張り詰める。
僕達が威儀を正したところ、父上はゆっくりと口火を切った。
「リッド直属となる独立遊撃部隊の件だが、かねてからお前と話し合っていた部隊名が決まった」
「本当ですか⁉ ありがとうございます」
部隊名が決まった。
それはつまり部隊予算をはじめ、様々な補助が正式にバルディア家から受けられるということだ。
独立遊撃部隊立ち上げは父上に承認されていたけど、正式な部隊名と予算が決まってなかったんだよね。
部隊名はいくつか候補を出していたんだけど、一体どれが採用されたんだろうか。
「……父上、よろしければ決定した部隊名を伺ってもよろしいでしょうか」
僕が身を乗り出して尋ねると、父上は口元を緩ませた。
「よかろう。リッド、お前の直属となる独立遊撃部隊の名称は……」