作品タイトル不明
リッドとフェイ、新たな魔法?2
「リッド様に一体何をしたのですか」
アスナは鬼の形相で鋭い眼光を放ち、腰に差していた刀を目にも止まらぬ速さで抜刀した。
同時に強い風が吹き荒れ、フェイの首元に刀の刃がぴたりと突き付けられた。
「な、なんだよ。僕は言われた通りにしただけじゃないか」
「言われた通りに、だと……?」
フェイは困惑したように慌てて頭を振るも、アスナは眉を顰めて訝しんだ。
「リッド様、リッド様。大丈夫ですか、リッド様⁉」
今にも泣きそうなファラの必死な呼びかけに、僕は激しく咳き込みながらゆっくり体を起こした。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「……⁉」
安心させるべく微笑んだところ、ファラは目を潤ませて僕を力強く抱きしめた。
「良かった、本当に良かったです」
「ごめん。びっくりさせちゃったね」
「いえ、良いのです。リッド様が無事ならそれで……」
彼女の背中に手を回し、優しく叩いて落ち着かせていると、「ほらほら」とフェイの意気揚々とした声が聞こえてきた。
「リッドは怪我一つしてないでしょ? 僕は魔力譲渡魔法を披露しただけなんだ。アスナ、この刀を早く降ろしてよ」
「……今のような真似は金輪際なしだぞ」
アスナは眉をぴくりとさせ、刀を鞘に収めた。
刀の鍔と鞘が合わさって冷たい鉄の音が響く。
「ふぅ……」
フェイのほっと胸を撫で下ろした息づかいが聞こえてくるなか、ファラが「……許せません」と僕の胸の中で静かに呟いた。
「え……?」
彼女らしからぬ、あまりにドスの利いた怖い声だった。
今の、本当にファラの声?
それとも聞き間違いだろうか。
首を傾げたその時、ファラは僕から離れて一瞬でフェイの間近に迫った。
そして、勢いのまま彼を片手で鷲づかみにして地面に押しつける。
同時に魔波が吹き荒れ、フェイの体を氷が覆っていった。
「な、なななな……⁉」
「どのような理由であれ、リッド様に害を為す真似は断じて許容できません。仮にリッド様は許しても、私は許せません」
目を見開いて恐れ戦くフェイ。
ファラは片手で懐から短刀を逆手で取り出し、振り上げた。
「ちょ、ちょっと待っ……⁉」
「待ちません」
フェイの呼びかけに応じず、ファラは短刀を振り下ろす。
呆気に取られていた僕とアスナはハッとし、彼女を止めるべく駆け出した。
「駄目だよ、ファラ⁉」
「姫様、いけません⁉」
僕達は必死に声を掛けるも、間に合わない。
ファラは短刀を勢いよく振り下ろし、ざくっと鈍い音が響きわたった。
しんと辺りに静寂と緊張が訪れるなか、ファラが突き刺さった短刀を見つめながらにこりと微笑んだ。
「ですが、今回はこれで許しましょう」
「……⁉」
びくりとフェイがすくみ上がった。
よく見れば、ファラの短刀は彼の顔の真横。
地面に深く突き刺さっていた。
「しかし、覚えていてください。フェイ・バルディア。もし、リッド様に仇なすことがあれば、貴方を地の果てまで追いかけます。私の寿命が尽きる、その時まで」
「わ、わかった。肝に銘じておくよ」
フェイは血の気が引いた真っ白な顔でこくりと頷いた。
「その言葉、お忘れなく」
ファラは目を細め、短刀を手に取って地面から引き抜いた。
短刀の切っ先に付いた土がぱらぱらと音を立てて落ちていく。
『私は貴方を地の果てまで追いかけます。寿命が尽きる、その時まで』
ダークエルフの寿命とファラの現年齢を考えれば、『寿命が尽きる、その時まで』という言葉は、人からすれば悠久とも言える時間だろう。
今までファラが怒った姿は何度か見たことはあったけど、ここまで感情を露わに激昂した姿を見たのは初めてだ。
絶対、彼女を怒らせる真似はしちゃ駄目だな……そう思う反面、僕の身を案じて怒ってくれたことがちょっと嬉しい。
ファラが短刀を懐の鞘に直して立ち上がると、フェイを拘束していた氷が溶けて消えていく。
僕はほっとしつつも、急いで駆け寄った。
「ファラ、無茶しちゃ駄目だよ」
「……申し訳ありません、リッド様。感情が高まって、つい……」
「姫様、お気持ちは分かります。しかし、フェイも一応はバルディア家の一員でございます故、どうかお心をお鎮めください」
「そうですね。アスナにも心配を掛けてごめんなさい」
僕とアスナに宥められ、ファラはしゅんとして耳を落としてしまう。
「でも……」
僕はすかさずファラの耳元に顔を寄せた。
「心配してくれて凄く嬉しかった。それに格好良かったよ」
「……⁉ あ、えっと、その、ありがとうございます。そう言っていただけて嬉しいです」
ファラは顔を赤らめて俯いた。
だけど、さっきみたいに落ち込んだ様子はない。
「ふふ、お二人ともご馳走様です」
アスナが笑みを溢すなか、僕は「ところで……」と切り出した。
「さっきの短刀の使い方、誰に習ったの? まるで暗器みたいな使い方だったけど……」
咄嗟にファラが見せた動き、思い返せば暗殺術のような素早い流れだった。
「もしかして、カペラやカーティスに教わったのかな?」
もしそうなら、二人には物騒なことをファラに教え込まないよう注意しなければならない。
バルディアで文武の才が花開いたことは良いことだけど、一国の元王女が暗殺術まで使いこなせるようになったとあれば、さすがにやり過ぎな気がする。
ファラの父であるエリアス陛下や兄のレイシスに知られたら、『何を教え込んだんだ』と烈火の如く怒られそうだ。
エルティア義母様は意外と平然としてそうだけど。
「いえ、短刀による奇襲はディアナさんに教わりました。他にも暗器の使い方もこっそり習っているんですよ」
「あぁ、なるほど」
合点がいった。
言われてみれば、ディアナが過去に猫人族のミアを押さえ込むのに使った動きとそっくりだ……って、ディアナ⁉
なんでそんな物騒な動きをファラに教えているんだよ。
心の中で突っ込んでいると、アスナが咳払いをした。
「……姫様、その件は秘密のはずでは?」
「あ、そうでした。申し訳ありません、リッド様。私が無理に頼み込んだのです。どうかディアナさんを許してください」
ファラの瞳に上目遣いで見つめられ、僕は「う……」とたじろいだ。
これをされると、僕は強く言えなくなっちゃうんだよなぁ。
「あ、あはは。ファラが頼み込んだならしょうがないね。でも、本当に無理はしちゃ駄目だよ」
「はい、ありがとうございます」
彼女が嬉しそうに微笑むなか、「……ねぇねぇ」と不満そうな声が頭上から聞こえてくる。
見上げれば、フェイが頬を膨らませて僕達を睨んでいた。
「リッド。僕の心配はしてくれないのかよ」
「フェイ、君は自業自得でしょ。急にあんなことされたら、誰だってびっくりするに決まっているじゃないか」
「だって、僕はリッドみたいにあれこれ説明するのは苦手なんだ。だから、体験してもらったほうが手っ取り早いと思ったんだよ」
彼は口を尖らせて鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。
「……まぁ、ほんの少し驚かそうって出来心もあったけどさ」
「あら。いま何か仰いましたか?」
フェイが小声で何か呟いたらしく、ファラが笑顔で聞き返した。
「いえいえ、何にも言ってません。それよりも、リッド。僕が打ち込んだ魔力は君の中でどうなってる? 感覚を研ぎ澄ましてみて」
「え、うん。ちょっと待ってね」
彼に勢いよく捲し立てられ、僕は言われるがまま自分の中に意識を集中した。
特段、何か変わった印象はないけどな……そう思った時、フェイに打ち込まれた鳩尾部分に暖かい光を強く感じてハッとする。
「……⁉ これがフェイの魔力なのかな」
自分の手でお腹を撫でると、フェイがにこっと笑った。
「さすがリッド。飲み込みが早いね。それが僕が分け与えた魔力だよ。本当はすぐ相手の魔力と混ざって消えちゃうんだけど、今回はあえて溶けないようにしたんだ。さぁ、それを自分の魔力で取り込んでみて。そうすればどういうことか理解しやすいと思う」
「わかった。やってみるよ」
フェイの魔力が僕の中に溶け込む感覚、か。
どうしよう、新しい魔法に胸のわくわくが止まらない。
今にも溢れ出しそうな好奇心を抑えつつ、僕は心を落ち着かせて集中していった。