作品タイトル不明
ファラの叱責、リッドの想い
「リッド様が自ら行ってくださっている講義中なのですよ。少々騒ぎすぎではありませんか?」
ファラの笑顔と冷たい声から、とんでもない圧が感じられる。
皆は蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまった。
「どうしよう。ファラお姉ちゃんがすっごく怒ってるよ」
「……大丈夫、私達は比較的静かにしてた」
「そうです。騒がしくしていたのは主にオヴェリア達ですから」
怯えるアリアの言葉に、彼女の妹エリアとシリアが続いた。
その声が聞こえたのか「うぐ……」と、オヴェリアが決まりの悪い顔を浮かべてファラに振り向いて頭を下げた。
「姫姐様、すいませんでした」
「ぼ、僕達も謝ります。申し訳ありません」
「ごめんなさい」
「申し訳ありませんでした」
彼女に続きダン、ザブ、ロウの三人も一礼する。
ファラは溜飲が下がったのか「いえいえ」と笑顔のまま首を横に振った。
「分かってくだされば良いのです。しかし……」
彼女はそう言って講堂をぐるりと見渡した。
「ここにいる皆さんは、いずれリッド様直属の部隊に所属するのですよ? この場では許されますが、地上に戻れば許されないこともあります。どうか、今から立場に合った礼節は身に着けてくださいね」
「は、はい……」
ファラの凍てつく視線、氷結するような声に皆はすくみ上がって首を勢いよく縦に何度も振っている。
僕も何度か身を以て体験したことがあるけど、彼女のあの視線に射貫かれると生きた心地がしないんだよね。
「ほう。血気盛んな皆を一喝でこうも容易くまとめなさるとは。なぁ、カペラ」
「えぇ、カーティス様の仰る通りです。あの佇まい、皆を一声で凍りつかせるお姿。ご結婚される前、リバートン家で務めていたエルティア様とよく似ておられます」
「当たり前でございます」
畏まりつつも、強い口調で二人に続いたのはジェシカだ。
いつの間にか彼女とアスナがこちらにやってきていた。
「ファラ様はエリアス陛下とエルティア様、王家とリバートン家の血を引くお方でございます。その身に秘める才覚たるや常人の及ぶところではございません。貴女もそう思うでしょう、アスナ」
「私は武に一筋だった故、血筋のことはわかりません。しかし、姫様が多方面で高い才覚をお持ちなことは間違いないでしょう」
アスナはにやりと笑い、こちらに振り向いた。
「リッド様、姫様に追い抜かれるようお気を付けください」
「わ、わかっているよ」
僕は頷きながら皆を見渡し、こちらに背を向けているファラを横目で見やった。
実際、ファラの才覚はとんでもない。
僕には『前世の記憶』という圧倒的な強みがあって、今に至っている。
一方、彼女はそうした強みを持たず、自らの才覚だけで躍進を続けているのだ。
それも、文武両道で、だ。
世間じゃ、僕のことを『型破りな風雲児』なんてもてはやしている。
でも、本当に『型破りな風雲児』がいるとすればそれは彼女に違いない。
王家という生まれ持った地位、僕を含めた色んな人との出会い、バルディアという制限無しに己の才覚が発揮できる場所……様々な要因と環境が重なった結果なんだろう。
だけど、同じ要因に巡り会い、環境に身を置いたとして、誰でもファラの様に躍進できるわけじゃない。
「……僕には勿体ないぐらいの素敵な奥さんだからね。格好付けられるよう気を引き締めて頑張るよ」
「はい。姫様のこと、どうかよろしくお願いいたします」
「うん、任せて」
僕の返事を聞き、アスナが嬉しそうに目を細めて会釈した。
すると、「ふふ」と僕の側に控えていたティンクが微笑んだ。
「リッド様とファラ様がいればバルディアは安泰ですね」
「あ、あはは。その期待に添えられるよう頑張るよ」
照れ隠しに頬を掻きながら苦笑していると、「ふむ……」とジェシカが何やら難しい顔で唸った。
「……リッド様の今のお言葉、エルティア様にお伝えしなくては。さぞお喜びになられましょう」
「……? ジェシカ、何か言った?」
「いえ、何も」
声が小さくてよく聞こえず問いかけるも、彼女は首を横に振った。
「いや、でも……」
彼女、何やら不穏なことを言った気がするんだけどな。
首を捻って訝しんでいるなか、「リッド様」と可愛らしい声が聞こえてきた。
「何をお話されていたのですか?」
「あ、えっと……」
ファラが小首を傾げていた。
彼女にはまだ冷たさが少し残っているし、凍てつく視線、圧も完全には消えていない。
どう答えようかと考えを巡らせていたところ「はは」とカーティスが微笑んだ。
「いやはや。姫様が良い奥方になりそうだと、皆で話しておりました」
「……私が良い奥方?」
彼女はきょとんとするも、すぐに「え、えぇ⁉」と頬を赤く染めた。
耳も少し上下に動いている。
好意的に捉えてくれている証だ。
とても嬉しいけど、ちょっと気恥ずかしい。
「な、なんで、どうしてそんなお話になるんですか。私にも詳しく聞かせてくだ……って、今は講義の時間ではありませんか」
ファラは興味津々に身を乗り出すも、すぐにハッとして目の前の机を両手で『バン』と力強く叩いた。
でも、凍てつく視線や声に冷たさはない。
可愛らしい彼女に戻ってくれたみたいだ。
「リッド様、姫姐様。惚気は程々でお願いしますよ」
「お願いしますねぇ~」
牛人族のトルーバがやれやれと肩を竦め、ベルカランがにこにこしながら相槌を入れてきた。
トルーバとベルカランは両思いであり、それを理解して互いに接している。
二人に惚気と言われると、ちょっともやっとするなぁ。
それにしても、他の皆もにやにやしながら僕達を見ているようだ。
「ほ、ほら。さっき皆さんに注意したばかりなのに、これでは示しがつかないではありませんか」
ファラが気恥ずかしさを誤魔化すように大声を発した。
真っ赤になった耳を上下している姿は、とても可愛らしい。
「ごめんね、折角、ファラがまとめてくれたのに」
「も、もう良いです。それよりも早く講義を進めてください」
「うん、わかった」
僕が頷くと、彼女はためらいがちに「あ、でも……」と呟いて、来てほしいと手招きしてきた。
どうしたんだろうと思い、歩み寄ったところ彼女は顔を寄せてきた。
「そ、その、あとでどんなお話をされたのか。聞かせてくださいね」
「了解だよ。じゃあ、またあとでね」
「は、はい。ありがとうございます」
ファラとの会話を終えた僕は、黒板の前に戻って皆を見つめた。
「さて、続きを話そうか。まだ重要な部分が残っているんだ。特に君達にとってはね」
声を低くして『重要な部分』と告げた瞬間、皆の顔付きが真剣なものに変わった。
「高負荷修練に身体強化を用いることで心身と最大魔力量、熟練度を鍛え上げる。そして、まだ見ぬ身体強化の境地を目指す。でも、獣人族である君達には更に上を求めたいんだ。さぁ、もうわかるでしょ」
僕が満面の笑みを浮かべると、皆は少し考える素振りを見せてからハッと察したようで目を見開いた。
「そう、君達には高負荷修練で『獣化』も使用してもらうつもりなんだ。無理のないよう段階を踏んで、だけどね」
「おぉ⁉」
皆が一斉にどよめき、彼らの瞳には好奇心と期待の色が満ちている。
ズベーラ外遊で皆が各部族長達から教わった獣化。
その経験、コツ、知識をこの場で共有し、研究すれば獣化の仕組み、修練方法、更なる上を目指す方法が必ず見つかるだろう。
未来に起こりえる断罪から家族とバルディアを守るためには、僕だけが強くなるだけじゃ駄目なんだ。
志を同じくし、一緒に戦ってくれる皆の力が絶対に必要になる。
これは獣王戦に向けた、ただの訓練じゃない。
未来を見据えた、新しい一歩であり試みなんだ。
『何人であろうと僕の家族、バルディアには手を出させない。いや、出させるものか』
僕は心中で自らを鼓舞するように決意を発しつつ、皆の好奇心と期待に応えるべく説明を続けた。