作品タイトル不明
牢宮での座学
「えぇ、座学もあるんですか⁉」
「当たり前でしょ。何も考えずに体を動かせば良いってわけじゃない。君達は僕の直属になるんだからね。言ったでしょ、今まで以上に大変だよって」
講堂に移動するなり、オヴェリアをはじめとした座学が苦手な子達が目を丸くした。
座学の目的は、高負荷修練における効果、特に身体強化を常時発動し続ける理由を皆に理解してもらうことだ。
初日から今日までの基礎訓練で体もある程度慣れただろうし、理解が深まればおのずと効果も高まる。
頭も回転させないとね。
皆が席に着くと、ティンクとジェシカが教材を配ってもらった。
座学に驚いていた子達も、渡された教材を興味深そうに見つめてくれている。
この場にいる全員、基本的に根が真面目な良い子だからね。
まぁ、彼らがバルディアに来た当初、徹底的にディアナが教育したとも言えるかもだけど。
僕は左手に皆と同じ教材、右手に白墨【はくぼく:チョーク】を掴み、講堂に備え付けられた黒板に書き記していく。
黒板の手の届かないところに書き記す作業は、カーティスとカペラにも協力してもらう。
黒板と白墨で『かつかつ』と小気味の良い音を立てつつ、僕は教材に沿って説明を始めた。
大前提、身体強化を初めとする魔法の魔力消費量には個人差がある。
生まれ持っての才能、感覚、経験、慣れ、熟練度……色んな要素が複雑に絡み合っているけど、一番大きいのは『熟練度』だ。
魔力密度を高くし、魔圧による負荷を体に掛ける高負荷修練。
その負荷に対抗するべく身体強化を常時使用することは、身体強化の感覚に慣れ、熟練度を高めることにも繋がっていく。
術者の持つ魔力量は、消費すればするほど鍛えられるという点も見逃せない。
身体能力、最大魔力量、魔力調整力、魔力制御力、身体強化を初めとする魔法の熟練度……様々な要素をまとめて鍛えることができる修練、それこそが『高負荷修練』というわけだ。
簡単な図解を大きな黒板に書きながら粗方の説明を終えた僕は「つまり……」と切り出し、講堂の席に着いている皆をぐるりと見回した。
「高負荷修練中はずっと身体強化を使い続けるわけだから、いずれは身体強化に使用する魔力を可能な限り減らせるようになるはずなんだ。魔法学に詳しいサンドラ達も理論上は間違ってないって、ちゃんと裏も取れているよ」
『これはあくまで極論ですけどね。こんなこと考えて実行するなんて、大陸広しといえどリッド様ぐらいですよ』と、彼女は肩を竦めて付け加えていたけど。
「へぇ。じゃあ、高負荷修練の環境でも、別に身体強化を常時発動しなくても過ごすことはできるんですね」
興味深そうに相槌を打って質問をしてきたのは猫人族のミアだ。
「うん、可能だよ。ただ、修練の効率と効果が悪くなるからしないけどね」
身体強化を使用しない高負荷修練は、基礎的な身体能力強化だけで見れば高い効果を期待できるかもしれない。
でも、身体強化を発動すれば身体能力だけでなく、術者の魔力全般も鍛えることが可能だ。
総合的に考えれば、高負荷修練は身体強化常時発動が最適解だろう。
講堂の皆から感嘆した声が漏れ聞こえる中、僕は皆をゆっくり見渡した。
「ところで、皆は日常を過ごすなかで呼吸を意識したことはあるかな?」
「え……?」
皆がきょとんと首をかしげるなか、僕は「もちろん……」と続けた。
「深呼吸とかなら意識するだろうけどね。特別な理由がない限り、呼吸を意識することなんてないと思う。それに無意識下ですることだから疲れることもなければ、疲労することもない。そして、もし……」
あえて含みのある言い方をして、僕はにやりと口元を緩めた。
「息をする如く、無意識に近い状態で身体強化を扱えるようになったらどうなるのかな?」
「どうなるって。うー……ん」
狐人族のラガードが腕を組んでひとしきり悩んでから、「わかりません、どうなるんですか」と開き直った笑顔で聞き返してきた。
その言動と仕草に僕が「ふふ」と噴き出すと、この場にいる皆からも笑みが溢れた。
ラガードの隣には、狐人族のノワールがいる。彼女は肩を竦めて「もう、ラガードったら……」と呆れている。
「はは、実は彼の答えが正解なんだ。そう、どうなるかまだわからない。多分、試されたことも、試そうとした人もいなかっただろうからね。でも、どうなるかの想像はついているよ」
僕の言葉を聞き、皆が困惑した様子でどよめいた。
「息をする如く、無意識に近い状態で身体強化を扱えるようになった時、術者の魔力消費量は限りなく低くなる。ゼロになることはないけど、極限までそこに近づける」
「おぉ……⁉」
皆の目が好奇心で輝くなか、僕は「そして……」と声を低くした。
「それだけの熟練度を持ってして身体強化弐式、身体属性強化を行い、魔力出力を上げればきっとまだ誰も知らない新たな境地にたどりつける」
「……新たな境地、か」
「まぁまぁ、リッド様の着眼点にはいつも驚かされますねぇ」
「お兄ちゃん、すっごーい。よくそんなこと思いついたね」
熊人族のカルアが腕を組んで唸り、牛人族のベルカランが目を細め、鳥人族のアリアが目をきらきらさせて身を乗り出した。
「……かもしれない、という話なんだけどね」
僕が破顔してそう切り出した瞬間、皆の目が点となって静寂が訪れる。
少し間を置いて、講堂内の彼方此方から『がたん』と椅子が揺れる音が響いた。
皆が椅子から転げ落ちたのだ。
「引っ張るだけ引っ張って『かもしれない』話かよ⁉」
起き上がりながら怒号を発したのはオヴェリアだ。
彼女は強くなることに貪欲だから、期待値が高かったのかもしれない。
「落ち着いてください、オヴェリア。『かもしれない』ということは『そうなる』ことだって十分考えられるんですから」
「あぁ、マローネの言うとおりだ。他でもないリッド様が『想像がついている』と、俺たちに教材まで用意してくださったんだ。十中八九『そうなる』ということだろう」
鼠人族のマローネがオヴェリアを宥め、馬人族のゲディングが補足してくれた。
彼らのやり取りを横目に、狸人族のダンが頭の後ろで両手を組み「まぁ、しょうがないよ」と呟いた。
「オヴェリアは頭の中、ほぼ筋肉しかないからさ」
「うんうん」
「そうそう」
即座に相槌を打ったのは、ダンの弟、ザブとロウだ。
「考えるよりも、体が先に動いちゃう人」
「考えなしに動いて、後で泣きをみる人でもあるよね」
「んだと、てめぇら⁉ 喧嘩売ってんのか⁉」
オヴェリアが青筋を走らせ、ダン達をぎろりと睨んだ。
マローネだけでは抑えられないと、猿人族のスキャラがすかさず間に入った。
「やめてください、オヴェリア。そういう発言をするから『はい』か『いいえ』の二択脳筋扱いされるんですよ」
「あぁ……⁉」
オヴェリアが眉をぴくりとさせ、スキャラの声が響きわたるなかで「ねぇ、スキャラ」とダンが目を細めた。
「僕達はそこまで言ってないよ」
「うんうん。体が先に動いて、後で泣きをみることはある……とはいったけどねぇ」
「そうそう。二択脳筋扱いは言い過ぎだよねぇ」
彼らの言葉にハッとして青ざめたスキャラは、オヴェリアに振り向いて「あ、いや、これはその……」と慌てて言葉を切り出した。
「オヴェリアが何も考えていないという意味ではなくてですね」
「……⁉ てめぇら、揃いも揃ってあたしを馬鹿にしてんだろ⁉」
オヴェリアが今にも襲い掛かろうとしたその時、「もうやめなよ」と兎人族のラムルが彼女の肩に優しく手を置いた。
「考えるよりも先に体が動くというのは、それだけ頭の回転が速いってことさ。オヴェリア、君の良さは僕が一番よく知っているよ」
「お、おう……」
間近に迫る彼を前に、オヴェリアはたじろぎながら頷いて大人しくなった。
ラムルは垂れたうさ耳、茶色の長髪を後ろでまとめている。
少し目尻の下がった目には黒い瞳が浮かんでいて、総じて可愛らしくて優しい雰囲気を纏った男の子だ。
でも、彼は第二騎士団の辺境特務機関の特務実行第一分隊に所属し、分隊長として様々な裏方任務を実行していた。
ちなみに彼を特務機関へ配属させたのは、カペラの強い推薦があったからだ。
当時のカペラ曰く『ラムルは暗部の資質を持っています。間違いありません』ということだった。
暗部の資質が如何なるものかわからないけど、任務を全て成功させているからカペラの言葉は本当だったということだろう。
まぁ、それはそれとして、だ。
ついさっきまで真面目な雰囲気だったのに、いつの間にか講堂内が少し緩んだ空気感になってしまった。
期待感からか雑談を始めちゃった子もいるみたい。
まいったなぁ。
まだ、大切な話が残っているのに。
しょうがない。
ここは皆の注目を浴びるべく、魔力を少し解き放つか。
そう思って深呼吸をしたその時、「皆さん」と恐ろしく冷たい声が聞こえ、講堂内の空気が一瞬で凍てついた。というか『彼女』の居る場所が本当に凍てついているじゃないか。
大変だ……ファラが怒っている。
誰も彼もが緊張で身動きが取れず、ごくりと喉を鳴らして息を飲むなか、講堂の一番前の席に座っていた彼女はゆっくりと立ち上がって皆を一瞥し、目を細めた。