作品タイトル不明
リッドの修練
「さて、あと十周だよ。皆、頑張ろう」
牢宮内に建てられた屋敷前。大きな楕円の線が引かれた約400mの走路を、僕はファラをはじめとする皆を引き連れて走っている。
「……なぁ、リッド様。一つ、聞いてもいいか?」
「どうしたの。オヴェリア」
後方からやってきたオヴェリアが、僕の横に並んだ。
足を止めずに正面を向いたまま僕が答えると、彼女は併走したまま切り出した。
「ここに来て数日。身体強化を発動したままランニング、走り込み、腹筋、腕立て、柔軟体操と基本的なことばっかりしてるけどよ。これが本当に効率的で効果的な修練なのか?」
「何事も一朝一夕には成らず、だよ。何事も地道なことの積み上げが大事だからね」
獣王戦に向けた修練を積むため、牢宮に入り込んで数日が経過した。
僕達は寝る時以外は常に身体強化を発動し、魔力密度が高い二魔圧の中で過ごし続けている。
「でも、オヴェリアだって初日の夜には肩が上がってへとへとになっていたのに、今はそうでもないでしょ。考えてみれば、それって凄いことじゃない?」
「まぁ、そうかもしれねぇですけど。あたしはもっと暴れるのを期待していたんですがね」
「それはもうちょっとこの魔圧に慣れたら、だね」
魔力密度を濃くし、体に負荷を掛けることで効率的かつ高い効果を期待できる高負荷修練。
その負荷に対抗すべく身体強化を発動し続けることは、日常だと有り得ない。
オヴェリアの言う暴れるような激しい訓練とは、組み手の類いのことだろう。
だけど、高い魔圧の状況下でいきなり激しい動きをすれば、体が適応できずに頭痛、吐き気、めまい、全身のだるさに襲われる。
これは僕自身が体験済みで、治療にあたってくれたサンドラ曰く『高山病みたいなものでしょう。高魔病【こうまびょう】とでも言いましょうか。何にしても、重症化すれば命にも関わるかもしれません。気を付けてください』と凄い剣幕で釘を刺された。
「へぇ、そりゃ楽しみだ。ちなみに、あとどれぐらいなんですか?」
オヴェリアの声が期待に満ちて明るくなった。
「そうだなぁ。通常は二~三日だけど、早ければ一日でもいけるけどね。今回は皆初めてだし、念のため一週間程度を考えてるよ」
「ってことは、あと数日の辛抱か。へへ、楽しみだな」
彼女が不敵に笑って噴き出したその時、僕の背後を走っていたティンクが少し強い口調で「オヴェリア」と発した。
「リッド様がお許しになったとはいえ、もう少し丁寧な言葉遣いを心がけなさい」
「はーい、畏まりましたよ」
オヴェリアは肩を竦め、面倒臭そうに答えながら走るペースを落として後方に下がっていった。
「全く、あの子は……」
「はは、あんまり怒らないであげて。僕が言い出したことだからさ」
牢宮にきた初日。
地上と時間の流れが違う牢宮で行う高負荷修練の内容と危険性、参加した場合には第二騎士団から外れて僕直属の独立遊撃部隊に異動してもらうことを告げている。
修練参加は辞退してくれてもいいと伝えたんだけど、皆は参加と異動を快諾してくれた。
皆が僕直属の部隊になることが決定したし、より効果的な修練と建設的な意見を出し合うため、牢宮内での修練中は口調を好きに崩してくれて構わないと伝えたのだ。
ティンクとカペラ、ファラの侍女であるジェシカは渋ったけどね。
体面を気にして意見が出ない、出せないなんて無駄なことこの上ない。
今は基礎修練のやり直しだけど、日が経つにつれて内容は過酷になっていくし、皆からの意見を聞くためにも少しでも壁は取り払っておくべきだろう。
口調を崩しても良い……そうは言っても、口調を崩す子ばかりじゃないからね。
「ふふ、心配せずとも大丈夫ですよ。ティンク」
笑みを溢したのは、僕の隣を走っていたファラだ。
ちなみに彼女はいつもの服装ではなく、以前、僕と立ち合った時に着ていた武道着で髪は後ろでまとめている。
「オヴェリアも心中ではリッド様に敬意を払っていますし、他の皆もそうでしょうから」
「姫様の言うとおりです。場に合った言葉遣いも大切ですが、もっとも重要なのは行動。皆の言動を見る限り、バルディアを、いえリッド様を大切に想っていることは間違いありません」
ファラの言葉を補足するように、彼女の背後を走っていたアスナが切り出した。
次いで、ジェシカが「はぁ……」と小さなため息を吐いた。
「……私はティンク様に同意いたします」
「ジェシカ、お主はまだまだ若いのにお堅いのう。もっと柔軟な思考をした方が良いぞ」
「カーティス様は柔軟過ぎましょう。自由奔放過ぎるのも如何かと存じます」
「はは、それもそうかもしれん。これは一本取られたのう」
ジェシカから指摘を受け、カーティスは楽しそうに笑い出した。
「皆様、恐れながら申し上げます」
淡々と畏まった口調を発したのは、僕の側を走るカペラだ。
「走りながら話すのは事故の元になりますし、後続に示しがつかないかと」
「え……?」
彼がちらりと後ろを一瞥した。
振り返ってみれば、皆は揃いも揃って談笑しながら走っている。
最初は揃っていた足並みも、今は乱れて走る速度も距離もばらばらになりつつあった。
「あはは、これはよくないね」
僕は苦笑して頬を掻くと、すーっと息を吸い込み、足を止めずに後ろに振り返った。
「これからペースを上げるよ。もし周回遅れになったら、ご飯の量を減らすからね」
「え、えぇええええ⁉」
皆はぎょっとして目を見開いた。
日中、常に身体強化を発動しているから通常の倍、あるいはそれ以上に体力は消耗されている。
つまり、訓練後は全員もれなくめちゃくちゃにお腹が空いているのだ。
ちなみにここでの料理はティンクとジェシカが作ってくれている。
彼女達が調理してくれているから、僕達は修練に集中できるというわけだ。
「ファラ、少し早く走るけど付いて来られそう?」
「はい、ご心配には及びません。リッド様がバルディアを留守にしている間、毎日欠かさず鍛錬していましたから」
「それは頼もしいね。じゃあ……」
併走する彼女の返事を聞いた僕は、深呼吸をして身体強化の出力を上げて走り出した。
「行こうか」
「はい、リッド様」
ファラは笑顔で頷きながら身体強化の出力を上げ、僕の横にぴったり併走してくる。
僕達の背後ではカーティス、アスナ、カペラ、ジェシカ、ティンクが付いてきていた。
少し離れた子達は、慌てた様子で身体強化の出力を上げて追いつこうと走り出している。
さすがに周回遅れになる子はでなさそうだ。
それからしばらく基礎的な修練を積んで昼食を取った僕達は、屋敷内にある講堂を模した会議室に移動した。