軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇女アディール・マグノリア

「……ほら、そうやって感情的になるところ。自ら器が小さいと証明したも同然」

「うぐ……⁉」

アディの鋭い指摘にデイビッドが顔を真っ赤にしたまま悔しそうに言い淀むと、コホンと彼の隣に座っているヴァレリが咳払いをした。

「アディ、貴女の仰ることもわかります。ですが、どんなに立場があって英才教育を受けていようと私達はまだ子供。デイビッド様は器が小さいのではありません、大きくなっている最中なのです。もちろん、私達も」

「ヴァレリ……」

デイビッドが目を瞬くと、彼女は懐から取り出した扇子で口元を隠してアディを見やった。

普通に見つめているだけなんだろうけど、ヴァレリが持つ雰囲気と鋭い目付きのせいか睨み付けているようだ。

「……一理ある。でも、負けず嫌いが強すぎて感情的になるのはどうかと思う」

「負けず嫌い、結構ではありませんか」

アディが淡々と返すも、ヴァレリはふっと目元を細めた。

「自分で考え何事も恐れず挑戦し、成功も失敗も体験すればいいのです。そこから学び、大きくなるでしょうから。そうですよね、デイビッド様」

「う、うむ。そうだな」

彼は嬉しそうに、でも、どこか戸惑った様子で相槌を打ったその時、「素晴らしいお考えと存じます」と澄んだ声が響いた。

声の主は、にこりと笑っているマローネだ。

「私の父も言っておりました。『人は成功よりも失敗から学ぶことのほうが多い。理由は手痛い記憶として刻まれ、教訓となるからだ』と。言葉こそ違えど、ヴァレリ様が仰ったのは、そういうことでございましょう?」

「えぇ、そうね。でも、意外だわ。ベルルッティ様は決して失敗せぬよう、どこまでも用意周到な人物です。一方、マローネ達には失敗から学べと教えておられるのですね」

「はい。父が用意周到になったのは、過去に手痛い失敗を何度もした経験からだそうです。ね、ベルゼ」

マローネがベルゼリアに視線を向けると、「ほう……」とデイビッドが興味深そうに見やった。

「そうなのか、ベルゼリア」

「は、はい。祖父は自身の失敗を語ることはありませんが、失敗はできるうちにしておいたほうが良いと、よく言われております」

彼の言葉に皆が「へぇ……」と意外そうな声を漏らした。

ベルルッティ侯爵は貴族の革新派をまとめている。

さっきヴァレリが答えたように用意周到かつ用心深い人物で有名だ。

父上も警戒しているけど、それはつまり『油断ならない相手』として認識され、一目置かれているということでもある。

僕も何度か対峙しているけど、かなり強かな曲者だ。年齢も相まって経験豊富な老獪であることは間違いない。

「……そうなのね。でも、ベルゼリア。それよりも気になることができた」

アディはそう告げると、虚ろな瞳で彼をじっと見つめた。

「ベルゼリア、愛称はベルゼ?」

「え、あ、はい、そうですが……」

「私も、そう呼びたい」

「え……?」

唐突な申し出にベルゼリアがきょとんとする中、僕は「それ、いいですね」と切り出した。

ベルルッティ侯爵は曲者だし、ジャンポール侯爵家は警戒しなければならない相手だ。

でも、だからこそ、ベルゼリアとは親交を深めておきたい。

ただ単に、もっと仲良くなりたいという想いもある。

「ベルゼリアさえ、よければなんだけど。許してもらえるなら、僕も『ベルゼ』って呼んでいいかな。『友人』として」

「あ、えっと……」

彼は気恥ずかしそうに少し俯くと、こくりと頷いた。

「はい、アディール様とリッドがそう呼びたいなら構いません」

「……ありがとう。じゃあ、ベルゼって呼ぶ。それから、公式の場でなければ私のことはアディと呼んでくれて構わない」

アディがふんすと嬉しそうに鼻を鳴らす。

その姿に僕はくすりと笑いながら、彼を見やった。

「ありがとう、ベルゼ。改めてこれからもよろしくね」

「うん、こちらこそ」

彼が嬉しそうに返事をくれると、アディが「それと……」と切り出した。

「マローネとデーヴィドも、アディと呼んでくれて構わない」

「ありがとうございます。でも、よろしいのですか?」

マローネが首を傾げるも、アディは「……うん」と即答した。

「二人とは帝都でもよく会う。いつか言おうと思っていたけど、機会がなかっただけだから」

彼女の答えを聞き、「わかりました」とデーヴィドがにこりと頷く。

「では、これからよろしくお願いします。アディ様」

「皆、よろしくね」

虚ろな瞳でほんわかした雰囲気なのに、アディはちゃっかり場の主導権を握って流れを掴んでいる。

素でやっているのか、計算高いのか。

何にしても、彼女のことはちっちゃいマチルダ陛下と思ったほうがいいかもしれない。

「ところで、兄上」

アディは話頭を転じ、デイビッドに視線を向けた。

「……国を出て各地を回るときは私も一緒に行く。私も興味がある」

「いいぞ、数が多ければ旅路も楽しくなるだろうからな」

彼はそう答えると、横目でちらりとヴァレリを見やった。

「その、君はどうだ。旅に興味はあるか」

「あら、私も連れていってくれるのですか。でしたら、喜んでお供いたします」

「そ、そうか」

彼女の嬉しそうな返事を聞き、デイビッドは少し頬を赤く染めた。

ヴァレリ達と出会った当時、二人の関係性はあまりよくなかった。

今は大分改善されつつあるみたい。どうかこのまま良い方向に関係が進んでほしいものだ。

まぁ、そうなるように色々と手を回してはいるんだけどね。

「……それにしても、リッちゃんの雰囲気は大分変わってきた」

「そうでしょうか。自分では変わった気がしませんけど」

アディの急な指摘に頬を掻いて答えると、彼女は「間違いなく変わった」と続けた。

「リッちゃん。帝都で出会った時よりもすごく自信を持っているし、逞しい。ファラが嬉しそうなのもわかる。きっと惚れ直した。そうでしょ」

彼女は表情を変えず、ちらりとファラを見やった。

「え……?」

「え、えぇ……⁉」

僕は呆気に取られるも、隣の席に座っていたファラは顔を赤らめてたじろいだ。

アディは僕達の反応を見て、「やっぱり……」としたり顔で口元を緩めた。

「男子、三日会わざれば刮目して見よ、という。リッドがいなかった期間はもっと長いはず。惚れているなら、惚れ直すのは、これ必然」

「ほ、惚れ直すって。アディ様、揶揄うのはおやめください」

ファラが顔を赤くすると、デイビッドまで「はは、確かにな」と笑い始めた。

「リッドが以前よりも逞しい雰囲気を持っていることは間違いない。何せ、私達と一緒にやってきた令嬢達が揃いも揃って見蕩れていたではないか」

「デイビッド、茶化さないでよ」

「事実だから良いじゃないか。存外、良い気分だったのではないか」

「あのね。僕だって……」

怒るよ、そう言おうとした直後、隣から「デイビッド様」と冷たい圧を感じ、僕の背筋にぞくりと寒気が走る。

恐る恐る隣を見やれば、ファラは笑顔だった。

ただし、目が笑っておらず、瞳の光が消えている。

「ど、どうしたんだ。ファラ殿」

彼女に一瞥され、デイビッドがごくりと喉を鳴らしてたじろいだ。

きっと、生きた心地がしないのだろう。

「私とリッド様はレナルーテで式を挙げて結婚した身でございます。今のお言葉は少々悪ふざけが過ぎるかと」

ぴしりと、部屋の空気が凍てついた。

ファラは怒っても声を荒らげるような真似はしない。

ただ、圧と凄みでその場を支配してしまう。

目の前にした時の恐ろしさは怒った母上に匹敵するか、それ以上だ。

「そ、そうだったな。すまない、リッド。今のは私の言葉が過ぎたようだ」

「い、いえ。あまりお気になさらず」

デイビッドの言葉に僕が首を振って答えたその時、ヴァレリの小さな咳払いが聞こえた。

「リッド。まだ、ズベーラのヨハン・ベスティア王子のことをあまり聞いておりませんでしたね。どのような人物だったのか、聞かせてくれませんか」

「う、うん。わかった」

僕は彼女の助け船に乗っかり、話頭を転じてヨハンのことを皆に話し始めた。