作品タイトル不明
バルディアの名
屋敷に戻った僕と父上は、紹介したい者がいることを告げて陛下達を来賓室に案内した。
室内には僕達の他はカペラとティンクのみだ。陛下達の護衛は扉の外で待機してもらっている。
陛下達はソファーに腰掛けず、室内をぐるりと見渡した。
「最初に紹介せず、戻ってきてから紹介とはな。ライナーには珍しく勿体ぶるではないか。それで、その者はどちらにいるのだ」
アーウィン陛下が眉を顰めると、父上が咳払いをしてこちらに目配せしてきた。
頃合い、ということだろう。
僕はこくりと目で返事をすると、「それでは……」と切り出した。
「陛下にご紹介します。私が牢宮に誘われ、そこで出会ったフェイでございます」
「牢宮に誘われた、だと……?」
アーウィン陛下とマチルダ陛下が顔を見合わせたその時、僕の足下に黒い渦が現れ、渦の中心から蝶の翼を持ち、掌大のフェイが勢いよく飛び出てきた。
「牢宮から飛び出てじゃんじゃじゃーん。僕の名前はフェイ、悪い奴じゃないから安心して」
彼は目を細めながら白い歯を見せ、陛下達に向かって意気揚々と右手でVサインを繰り出した。
帝国でVサインは問題視されないジェスチャーだから、不敬罪には当たらないはず。
だけど問題はそこじゃない。
フェイ、あれだけ陛下達の前で失礼がないようにって念押しをしていたのに。
「妖精……?」
「あら、可愛いですね」
アーウィン陛下は眉を顰めて訝しみ、マチルダ陛下は物珍しそうに彼を見つめている。
何とも言えない緊張感が室内に走る中、僕は話を進めるべく咳払いをしてフェイと出会った経緯を丁寧に父上の補足と合わせて説明していった。
「……という訳でして。父と相談の上、彼にバルディアの名を与えたく存じます。よろしいでしょうか」
語り終えると、アーウィン陛下は「ふむ……」と難しい顔で唸った。
「牢宮核の化身と言える妖精、か。そのような者が存在していたとは初耳だ。それに牢宮を制御し、ある種の鉱山、資源として利用できるなど、古今東西聞いたことがない」
「そうですね。私も初めて聞きます。ですが、二人が私達に嘘をつく必要もありませんし、ここは牢宮核の化身という彼の力を見せてもらうのが手っ取り早いかと存じます」
マチルダ陛下はそう言ってフェイに視線を向けた。
「貴方の力。私達にも見せてもらえますか」
「えっと、マチルダ陛下だったね。僕はいいよ。でも……」
彼はそう言うと、こちらに振り返った。
「リッド、どうするの。この人達を牢宮内に案内していいの?」
「そうだね。僕も見てもらうのが一番早いと思う。父上も異存ありませんか」
「よかろう。では、ティンクを部屋に残し、残りでフェイが制御する牢宮に出向くとしよう」
父上の許可が取れるなり、フェイは「うん、わかった」と頷くやいなや「それじゃ、ご招待いたします」と指を鳴らした。
「あ、ちょっと待っ……⁉」
制止するも間に合わず、この場にいるティンク以外の足下に黒い渦が現れる。
「な……⁉」
「これは……⁉」
体が渦に落ちる感覚に陛下達が目を丸くする中、僕は誤解されないよう咄嗟に発した。
「ご安心ください。この渦は牢宮に通じているだけです。身を任せてください」
言い終えるとほぼ同時に、僕達は黒い渦に落ちるように吸い込まれていった。
「……このような光景を目の当たりにしては何も言えんな」
「えぇ、まるで別世界です」
黒い渦を通して牢宮に入った僕達は、様々な色合いの花が咲き乱れ、虹色に煌めく幻想的な花畑の中心に立っていた。
周囲からは小鳥のさえずりが聞こえ、時折優しく心地よい風が吹いて頬を撫で、遠目には大きな川も流れている。
ここが牢宮だと分かって入り込んだから良いけど、唐突にこの場に立ったらさしずめ三途の川に立ったと思うかもしれない。
「ここは一階層だから明るくしているんだ。下の階層にいけば行くほど、怖い雰囲気になっていくよ」
フェイが僕の肩に乗って誇らしげに胸を張った。
「なるほど。興味がないわけではないが、それは別の機会にさせてもらおう」
アーウィン陛下は苦笑すると、僕の前にやってきた。
「では、先程話していたある種の鉱山になるという証拠も見せてくれぬか」
「畏まりました。フェイ、魔石を出してくれるかな」
「はーい」
フェイが元気な返事をすると、足下の土が盛り上がって赤い魔石が浮き上がってきた。
大きさは僕の掌に収まるぐらいの大きさで、これは『火焔石【かえんせき】』と呼ばれる火の属性を宿している魔石だ。
魔石とは、何かしらの属性と魔力を宿した鉱石のことで大陸全土で産出されている。
地域によって属性の偏りは見られるものの、そこまで珍しいものではない。
価値と流通量もそこそこの代物だ。
理由は加工が少々難しいことに加えて、宿している魔力が無くなるとただの石になってしまうからだ。
現状だと魔石を用いた商品のほとんどは『使い捨て』なので、お金に余裕がある貴族、商人、冒険者が使うことが多いみたい。
「こちらです。どうぞ、その手で触れてみてください」
「うむ……」
浮き出てきた魔石を手に取って渡すと、受け取ったアーウィン陛下は興味深そうにしげしげと魔石を見つめた。
「間違いなく火焔石だ。しかし、牢宮の外に持ち出せるのか」
「はい。それもすでに確認済みで、エレン達にも試しで加工をしてもらっております。曰く、最高品質に近いそうです」
僕が答えると、フェイが「当たり前でしょ」と自信満々に告げた。
「長年蓄積していた魔力があるし、これぐらい簡単さ。ただし、僕はリッドのお願いしか聞かないからね」
彼はにやりと口元を緩め、僕の肩から宙に飛び上がった。
「皇帝、皇后陛下が人の中で偉い存在であることは理解したから敬意も払う。でも、僕はあくまで牢宮核の化身だからね。お願いは全部リッドを通さないと聞かないよ……と、どうぞ予めご承知ください」
フェイは楽しそうに語り終えると、わざとらしく畏まって深々と頭を下げた。
牢宮の可能性、帝国における陛下達の存在、魔石を意図的に生み出せる鉱脈としての利用、フェイが聞くのは僕のお願いのみ……これらは全て父上、僕、フェイの三人で事前に打ち合わせをして決めた内容だ。
やり取りの練習をした時の口調は、もっと丁寧な言い回しだったはずなのに。今のフェイは宙で腕を組み、ドヤ顔を浮かべている。
あれほど注意したのに、もう調子に乗ってるみたいだ。
「はは、面白いことを言う。私も人知の及ばぬ者に人の決まりを押しつけるつもりはない。最低限の礼儀さえ守ってくれればな」
「そうですね。ですが、郷に入っては郷に従うべき時もあります。状況に応じてお願いしますね」
有り難いことに陛下達は気にしていないようだ。
ほっと胸を撫で下ろしつつ、僕は改めて口火を切った。
「フェイの力はご覧の通りです。彼と協力すれば、よりバルディアは発展を遂げられるでしょう。しかし、いずれはフェイの存在が世に知られるはず。その時、私達が彼を守り、後ろ盾になれるよう『バルディア』の名を与え、当家に迎え入れたいのです」
「なるほど。フェイ当人もリッドの頼みしか聞かないということであれば、それが道理だろうな」
陛下は相槌を打つと、父上に視線を向けた。
「ライナーも同じ考えか。この場には私達しかおらん故、遠慮なく話してくれ」
「そうだな、私もリッドと同じ考えだ。今後、フェイの協力を得て牢宮の一部を冒険者達に解放する計画もある。いずれ、国内外にフェイの存在が知られていくはずだ。その時になって名を与えるとなれば、色んな輩が手を挙げてきそうだからな」
「ふふ、それもそうだな」
父上がため息を吐いて肩を竦めると、陛下は口元を緩めた。
「よかろう。では、バルディアの名を与えることを許可しよう。フェイ、貴殿は今後、フェイ・バルディアと名乗るがよい」
「本当⁉ ありがとうございます、陛下。よ、この太っ腹。粋でいなせな色男はやっぱ懐が深くないとねぇ」
フェイは満面の笑みを浮かべて飛び回るが、僕は慌てて彼を取り押さえた。
「こら、調子に乗ったら駄目だと言ったでしょ」
「ご、ごめん。つい、嬉しくて。え、えへへ……」
「申し訳ありません、陛下。フェイはまだ地上の決まりに疎い部分があります故、どうかお許しください」
僕が頭を下げると、フェイも「えっと、申し訳ありません」と見よう見まねで頭を下げた。
「はは、構わん。気にするな」
豪快に陛下が笑い飛ばしてくれてほっとしていると、「陛下の仰るとおりです」とマチルダ陛下が僕達の前にやってきて顔を寄せてきた。
「知らないことは、これから学んでいけば良いことですからね。ですが……」
彼女は笑顔だけど、瞳は全く笑っていない。
背筋にぞくりと寒いものが走る。
「フェイ。貴方はバルディアの名を授かりました。つまり、帝国貴族の一員となったのです。例え妖精であっても、公共の場ではその点を考えた上で私達に接してください。そうでなければ、貴方の言動がバルディア家の名誉を傷つけることになります。いいですね」
「う……⁉ か、畏まりました」
フェイがびくりと体を震わせると、マチルダ陛下は満足したかのようにふっと表情を崩した。
「いまの言葉、しかと聞きましたよ。今後、気を付けてくださいね」
彼女が背を向けて陛下の横に戻っていくと、フェイが「ねぇ、リッド」と耳打ちをしてきた。
「帝国の女性って怖い人ばっかりだね。僕、驚いちゃった」
「あ、あはは……」
僕は苦笑しつつも「でもね、フェイ」と続けた。
「言われるうちが華って、言葉もあるんだよ」
「いわれるうちがはな……?」
彼がきょとんと首を傾げた。
彼はまだまだ学ぶべきことが多いからね。
僕はこくりと頷くと、丁寧な口調で語った。
「本当に優しい人は、成長できるように厳しくも指摘をしてくれる。逆に何も言わず、指摘してくれない人は優しいように見えるけど、本当は無関心なだけなんだ。とはいえ指摘してくれる人だって、言っても成長しないとなれば無関心になってしまう。だから……」
「なるほど。だから、言われているうちに学べってことだね」
「うん、そういうことだね。まぁ、中にはただ無理難題を言ってくる人もいるから、そこは人と付き合っていくなかで学んでいくしかないね」
「わかった。じゃあ、僕はリッドとの付き合いで学んでいくよ」
「そうだね。改めてよろしくね、フェイ・バルディア」
「……⁉ フェイ・バルディア。フェイ・バルディアかぁ。えへへ、えへへへ……」
彼は名前を呼ばれると、両頬に手を充てて体をくねらせながらにやつき始めた。
よっぽど嬉しいらしい。
色んな事はあったけど、フェイをバルディアに迎え入れられて良かった。
「……おい、リッド」
「はい。どうされましたか、父上」
感慨に耽っていると、父上が何やら神妙な顔をして背後に立っていた。
「フェイに人の付き合い方を教えるとき、お前の基準で物事を考えさせるなよ。型破りは一人で十分だからな」
「え……?」
父上の指摘に呆気に取られていると、陛下達が急に噴き出して笑い始めた。
皆様、ちょっと失礼じゃないかな。