軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マチルダ陛下のお願いと後悔

「へぇ、ここで様々な既存製品や新製品が実際に生み出されているのですね」

「帝都にも鍛冶職人を始めとする工房はあるが、これほどの規模を見たのは初めてだ」

マチルダ陛下とアーウィン陛下は目を蘭々と輝かせ、物珍しそうに製作技術開発部の工房現場をぐるりと見渡している。

闇歴史の本を確認後、マチルダ陛下からあったお願い。

それは『工房施設の作業場を案内させてほしい』というものだった。

ちょっと肩透かしだったけど、バルディア領内の視察に元々含まれていたから、僕と父上は快諾。

施設から移動して現在に至っている。

ちなみに工房地帯に入るにも受付と対化術、身体、持ち物検査が必須だ。

これは過去の襲撃によるもので、かなり厳しく管理されている。

一帯もぐるりと有刺鉄線が設置された大きな壁に覆われ、外から内部が覗けないし、入り込むことはほぼ不可能だ。

壁の上には弓矢を装備した警備者も配置している。

物々しいけど、バルディア発展の中枢だからね。

さっきの研究施設同様、厳重すぎるぐらいの警備が丁度良いぐらいだろう。

「既存品は日用品から貴族御用達の一品まで。新製品は先程の施設や技術開発部の面々が設計図を書き、ここで実際に製作しております」

僕が返事をすると、マチルダ陛下は研究施設の方角を見やった。

「さっきの施設から場所も近いですし、実に効率的な造りですね。ところで、以前に献上してくれた懐中時計は、こちらで製造されたと聞きましたが本当ですか?」

「はい。当家に仕えてくれているドワーフのエレンとアレックス。そして、二人を師とする狐人族の子達の手によって製造いたしました」

「なるほど。では、ぜひともお礼を直接伝えたいのですが、会わせてくれませんか」

「畏まりました」

僕は会釈すると、側にいたカペラを目配せした。

『皆の所へ先に行って、僕達の訪問を伝えて』という意味だ。

カペラはすぐに察してくれたらしく、ぺこりと軽く頭を下げて皆の居る場所に走って行った。

「では、ご案内いたします」

そう言って僕は陛下達を先導するべく、前に出て歩き出す。

皆の準備もあるだろうから、説明を交えて移動の足取りは少し遅めにした。

工房敷地内には鍛冶、魔石、木材、鉄などなどありとあらゆる製品の加工が行われている。

当初はエレン、アレックス、狐人族の子達がほとんどだったけど、今は狐人族領から職人の受け容れ。

身元調査で問題なしと判断されたバルディア領出身の人族、少ないけどレナルーテ王国からやってきたダークエルフの職人達もいる。

父上を通じて陛下達にも情報は入っているはずだけど、確認と時間稼ぎの意味を込めて案内していった。

程なく工房施設内の最奥、もっとも大きな建設物が見えてくる。

工房敷地内での宿泊施設、事務所、来賓対応も兼ねているため、施設というよりもバルディアの別邸に近いかもしれない。

バルディアに仕える給仕達も在駐していて、職人さん達のお世話もしてくれている。

エレンやアレックスを始めとする皆が住むところは外にちゃんとあるけど、納期や開発に没頭するときにこの屋敷に泊まっているわけだ。

皆が過ごす場所だからと、かなり力を入れて建造した結果、自宅よりも住み心地がよいとあえて宿泊する人もいるけどね。

ただし、宿泊には申請が必要だから、ただ泊まりたいだけとかの宿泊申請は駄目だと皆に告げている。

ここの管理を任されているのは第二騎士団。

現場の申請許可をするのはエレンやアレックスに任せているけど、申請書は回り回って僕とファラのところに最終的に届けられるわけだ。

屋敷の前に辿り着くと、カペラをはじめエレンとアレックス達が勢揃いしていた。

急な訪問だったから、彼らは揃いも揃って作業服姿だ。

エレンや一部の子の顔には黒すすがついている。

「陛下、それではご紹介します。彼らが当家に仕える優秀な職人とその弟子達です」

僕がそう言って皆に目配せすると、職人達を代表してエレンとアレックスが前に出て畏まった。

「え、えっと、アーウィン陛下、マチルダ陛下。お目にかかれて光栄でございます。ボク……じゃなかった。私はバルディア家もといリッド様に仕え、第二騎士団所属第一製作技術開発部を任されております、ドワーフのエレン・ヴァルターです」

「同じく、第二騎士団所属第二製作技術開発部を任されております。アレックス・ヴァルターでございます」

二人が深々と頭を下げると、マチルダ陛下が「皆さん、楽にしてください」と目を細めた。

「バルディアの職人が作る製品はどれも一級品ばかりだと、帝都ではいつも大人気です。

何より、皇室にバルディア家から献上された懐中時計は皆さんがお作りになったと聞いております。

ぜひ、直接会ってお礼をお伝えしたいと思っておりました。

皆さん、素晴らしい時計を作ってくださりありがとうございます」

「マチルダの言うとおりだ。貴殿達の製品は帝都において、貴族御用達と言っても過言ではあるまい。もっと胸を張ってくれたまえ」

陛下達が優しくも自信に満ちた口調で発すると、エレンとアレックスの緊張していた表情が緩み、集まっていた皆もほっと安堵した顔色が浮かんだ。

「ありがとうございます。いやぁ、帝国の頂点に立つお二人にそう仰っていただけるとドワーフ冥利に尽きます」

「姉さん。口調が普段みたくなってるよ」

「あ……⁉ 申し訳ありません、つい」

エレンの緩んだ口調をアレックスが注意するも、マチルダ陛下は首を軽く横に振った。

「いえいえ、気にされないでください。それよりも、エレンやアレックスは素晴らしい技術を持っていると聞いております。もし、私がお願いしても何か作ってくれますか?」

「え、あぁ、それはもちろん……」

エレンがうっかり答えようとしたその時、マチルダ陛下の瞳が鋭い眼光を放ったことを僕は見逃さなかった。

会話を遮るようにあえて大きな咳払いをしながら、僕はエレンに目配せする。

彼女は意図を察したらしく、慌てて「も、申し訳ありません」と陛下に向かって頭を下げた。

「私達はバルディア家に仕える身ですので、お手数ですが製作の依頼はライナー様やリッド様にお願いいたします」

「それは残念。でも、それが筋というものね。急に無理を言ってごめんなさい」

「い、いえ……」

微笑みながら謝罪するマチルダ陛下の目は笑っておらず、エレンとアレックスは青ざめてたじろいでいる。

陛下のことだ、あわよくばエレンに直接製作依頼できる伝手を作るつもりだったんだろう。

本当に油断も隙もあったものじゃない。

「陛下、お戯れはお止めください。皆が返答に困っております」

「あら、私はいつだって大真面目ですよ」

父上の指摘にマチルダ陛下が笑みを浮かべておどけると、エレンが僕の側にやってきて耳打ちしてきた。

「……リッド様、マチルダ陛下って怖い方ですね。

気付いたら、あの人の掌で躍らされていそうです」

「そうだね。

僕も父上もそうならないよう、いつも気を張り詰めているよ」

商会を率いて様々な修羅場を潜り抜いてきた百戦錬磨のクリスすら『マチルダ陛下は絶対敵に回したら駄目な人』と言い切っている。

敵対する考えなんてないけど、かといって油断すればあっという間に言いくるめられてしまう。

逆に言えば、帝国の頂点に立つ人はそれぐらい強かで丁度良いのかもしれない。

エレン達の紹介と工房の案内が終わると、僕と父上は陛下達を連れだって屋敷に一度戻ることにした。

実は陛下達の訪問で、どうしても許可を得たいことがあったからだ。

工房から屋敷に戻る被牽引車の中、「それにしても……」とアーウィン陛下が思い出したように口火を切った。

「ナナリーの体調は大分良くなったようだな。マチルダとエルティア殿を前に、一歩も引かずに発するとはなかなかできることではない」

「恐縮です。気を抜くことはできませんが、魔力回復薬と根絶治療の治験にて、快復に向かっていることは間違いありません」

父上の答えを聞くなり、アーウィン陛下は不満げに眉をぴくりとさせた。

「ライナー、ここにいるのは私達だけだぞ。いつもどおり、もっと気楽に話してくれ」

「……そうしたいのは山々ですが、屋敷での一件は私なりに思うところがありますので」

「やれやれ。先程の一件、私も後でナナリーに謝罪して感謝せねばならんな」

父上がわざとらしく目を細めると、アーウィン陛下は肩を竦めた。

「母上に謝罪と感謝、ですか?」

僕が聞き返すと、陛下はこくりと頷いた。

「あの場でバルディア家の当主であるライナーが反発すれば、角が立ちすぎる。故に、ナナリーが気を利かせてあえて発言したのだ。まぁ、我らに向けた怒りの感情も本心だろうがな。なぁ、マチルダ」

「……あれは私が言い過ぎでした。屋敷に戻ったらナナリーと話しますから、その時にきちんと謝罪するつもりです」

マチルダ陛下はそう答えると、決まりが悪そうに小声で『ナナリー、怒らせると本当に怖いのよね……』と呟いていた。

なるほど、だから母上はあそこまで強く出ていたのか。

それにしても、マチルダ陛下に『怒らせると本当に怖い』って言わせるなんて、母上は過去に何をしたんだろう。