軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇帝の問いかけ、リッドの返答

「……陛下、恐れながらリッドは優秀ながらまだ子供です。その質問は息子の分を超えるかと」

父上が呆れ顔で口火を切るも、その口調はやや軽い。

陛下と父上は学生時代からの顔馴染みで、今も親交が厚いと聞いている。

二人の間柄だからこそ、許される口調なんだろう。

「構わん、承知の上だ。帝国の未来の一端を担っていくであろうリッドの考えを聞いてみたい。ただ、それだけだ」

陛下はそう告げると、僕に視線を戻した。

その瞳には、興味と好奇心の色が宿っているように見受けられる。

言葉通り僕の意見を聞いてみたいのが半分、残りの半分は試されているといった感じかな。

「どのような答えでも許そう。気にせず申せ」

「畏まりました。それでは……」

僕は深呼吸をしながら考えを巡らせ、陛下を見据えて微笑んだ。

「現時点では、解読を最優先に行うべきでしょう。本の存在はここにいる者だけで隠匿し、解読に今後参加する者も可能な限り制限いたします。内容の解読はおろか信憑性の精査もできておりません。歴史的、政治的にも『利用価値』は未知数です。今のところ、どう扱うこともできないかと」

「ほう、リッドは意外と慎重だな」

陛下は机の前に移動し、箱の中にある本の表紙を撫でるように触った。

「しかし、だ。古代マーテル語で記載されている本なのだぞ? その時点で内容の信憑性は高いと考えるべきではないのか。故人グレアスが解読したと思われる『女神ミスティナ・マーテルは虚構である』……この一文だけでも、十分な『利用価値』があるのではないか」

「仰る通り、古代マーテル語で記載されている時点で信憑性は高いと思われます。現時点でも国の駆け引きに利用することは可能でしょう」

僕はそう答えると陛下の前に進み、本の表紙をちらりと見やった。

「ですが、その使い方はとても勿体ないと言わざるを得ません」

「勿体ない、か。いいだろう、続けてくれ」

「ありがとうございます」

陛下は興味深そうに身を乗り出しながら相槌を打った。

横目で周囲を見やれば、マチルダ陛下も口元を緩めている。

サンドラはにこにことしているが、よく見れば口元がひくついていた。

平静を装ってはいるが、僕と陛下のやり取りをさぞ喜び、楽しんでいるんだろう。

父上はやれやれとため息を吐いているが、目が一瞬合うと『やるなら、とことんやれ』という目配せをしてくれる。

僕はこくりと頷いて返事をすると、胸を張って陛下の目を見据えた。

「仮にこの本の内容が、グレアス氏の解読した『女神ミスティナ・マーテルは虚構である』という一文通りだったとすれば、それこそ大陸を揺るがし、後世語り継がれる歴史に名を残す大発見となるはずです。しかし、それだけの大発見となれば注目を浴びることは間違いありません。教国トーガは必ず本の内容を否定し、証拠隠滅を図ることでしょう。だからこそ……」

どんなに貴重な文書であったとしても、歴史問題で立場が危うくなることが記載されていれば処分されることは目に見えている。

僕はにこりと笑って続けた。

「解読した内容の信憑性を水面下で徹底的に調査し、動かぬ証拠を得てから使うのです」

「なるほど。確かに今すぐ利用するよりも、効果的な使い方ができそうだな。では、リッドは証拠が出そろい次第、本の存在を公表するということか」

「いいえ。証拠が出そろっても公表はいたしません。もっとも効果的な機会で表に出します」

「もっとも効果的な機会……?」

陛下が首を捻るなか、僕は「そうです」と頷いた。

「まずトーガに女神ミスティナ・マーテルの正当性を大陸全土に主張する機会を与え、思う存分主張してもらいます。その後、この本を確固たる証拠と共に表に出し、彼らの正当性を根本から否定して『神は死んだ』と宣言するのです。さすれば、二度と立ち上がれないような『強大なしっぺ返し』を与えることができましょう。準備は念入りに、刺すのは一瞬かつ確実に息の根を止めるのです」

科学が未発達で、自然現象が神の御業と思われていた前世の時代。

神を崇める宗教の価値観と道徳は絶対的な力を持っていたそうだ。

でも、科学の発展によって自然現象の理解が深まるにつれ、神の御業の見方が変わっていった。

やがて、権力者が人を支配し、都合良く操るために使われ、利用されていた『神は死んだ』と語る人が現れたという。

人の生きる道、道徳を学ぶための宗教は一つの選択肢としてありかもしれないけど、盲目的に神を信じることを強要する宗教は危険でしかない。

ミスティナ教の教え全てを否定するつもりはないけどね。

ただ、残念ながら様々な方向から得た情報をまとめたところ、トーガの教えは『神を利用している』ようにしか思えなかった。

布教している人の中には、本当に心の根の優しい人もいるかもしれないけど、全体で見ればそれは少数派なんだろう。

この手の輩と対峙するとなれば徹底的にやるしかない。

中途半端に事を構えれば、必ず泥沼化するからだ。

それは前世の世界における様々な歴史が証明している。

世界を救いたい、なんて大それたことは考えていない。

でも、家族とバルディアを守るためなら、神が相手であろうと僕は一歩も引くつもりはない。

静かに、でも力強い口調で僕が語り終えると部屋がしんとしてしまった。

あ、あれ? どうしたんだろう。

少し戸惑っていると、アーウィン陛下が俯いて肩を小刻みに震わせはじめた。

「陛下、大丈夫ですか?」

「……くっくく。あっははは」

恐る恐る尋ねたところ、陛下は顔を上げて大声で高らかに笑い始めた。

唐突な笑い声にびくりとすると、「陛下、リッドがびっくりしておりますよ」とマチルダ陛下がたしなめた。

「はは、許せ。こちらの想像を超える考えだったのでな。いやはや、『神は死んだ』か。リッドは改めて末恐ろしいな。参考にさせてもらおう」

「恐縮でございます」

畏まって頭を下げると、「それにしても……」と陛下が自らの口元に手を充てながら唸った。

「しかし、リッドの考え方は、貴族間の派閥で言えば中立や保守よりも革新に近いかもしれんな。バルディアが更なる発展を遂げた際、大陸支配を狙えるとすればどうする?」

口調こそ軽い感じだけど、陛下の瞳が放つ光は真剣だ。

僕はきょとんとして小首を傾げた。

「大陸支配ですか。恐れながら、可能だとしてもそのようなものに興味はありません。先祖代々受け継いできた領地を守り、帝国もとい陛下の信頼に応えるのみでございます」

「ほう、これはまた嬉しいことを言ってくれるな。しかし、何故に大陸支配に興味がないと言い切れるのだ。リッドが声を上げれば、革新派の貴族達がすぐ後ろ盾になってくれるはずだぞ。私も勝ち馬に乗らぬほど愚かではないつもりだ」

これはつまり、もっとバルディアが発展した数年後、大陸に覇を唱えるのであれば皇帝陛下も『後ろ盾になるぞ』と言ってくれているんだろう。

とても評価してくれているのかもしれないけど、正直これはありがた迷惑な話だ。

僕はゆっくりと首を横に振った。

「……人ひとりが守れる人や土地にも限度がございますし、革新派のベルルッティ公爵やベルガモット卿の御輿や玩具になるのはまっぴら御免被ります」

「ぶは……⁉」

名前を出したことが笑いのツボを押したのか、真顔だった陛下は噴き出して再び笑い始めてしまった。

父上が咳払いをしてこちらに目配せしてくる。

『特定の名前を出すな。言い過ぎだ』ということらしい。

ハッとした僕は畏まって頭を下げた。

「私は一貴族、それも爵位も持たない嫡男に過ぎません。お言葉は有り難いですが、そのような判断は私の分を超えます」

「よかろう。面白い問答であったぞ、子狸め」

陛下はにやりと口元を緩めると、父上に振り向いた。

「ライナー、この本の解読を任せる。だが、時がくるまで存在は伏せよ。もっとも効果的な機会が訪れるまで、な」

「畏まりました」

父上が会釈すると、「さて……」とマチルダ陛下が切り出した。

「闇歴史の書の件はこれで良いでしょう。ところでライナー、リッド。私からもお願いがあるのですけれど、聞いてもらえますか」

彼女の言葉に、僕と父上は顔を見合わせてから「もちろんでございます」と畏まって頷いた。

だけど、ここにきてお願いって、今度は一体何を言い出すつもりだろうか。

平静を装いつつも、内心で僕はヒヤヒヤしながら身構えていた。